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五十八話

 ディーパ神聖王国。

 聖人ディーパが興した国であり、そこに住む者は皆ディーパを神として崇めて日々をすごしている。

 国民は敬虔なディーパ教の信者であり、さらに聖都に住む者は清貧を尊び、日夜厳しい修行に励む。

 その聖都の中央に立てられた、荘厳極まる神殿の最奥の神の間。

 そこに一際豪華な法衣の男を囲むように円卓に座る十名の男達。それこそが神聖王国に君臨している教皇とそれを補佐する枢機卿であった。


 といっても彼等が円卓で行っているのは、戦場や国を見据える会議などではない。

 円卓の上にあるのは酒や肉、各国のパーティーで使われるような高級な食材を使った趣向を凝らした料理など。早い話が宴会中である。


「帝国も存外脆い。こんなことならディーパ様に頼らずとも落とせていたのではないか」

「これもディーパ様の思し召しかと。神聖王国が人を支配することをディーパ様がお望みなのであろう」

「然り」

「この肉焼きすぎではないか。柔らかな赤身が無くては…」


 彼等は一足早い勝戦祝いに明け暮れ、思い思いに過ごしていた。


「む、ワインが少なくなったな。オイ、酒が足りないぞ!」


 一人の枢機卿が飲んでいたワインの瓶を逆さにして、落ちてきた一滴を舌で受け止める。

 飲み足りない彼は部屋の外に居る従者に声をかけ酒の追加を頼んだ。

 すぐに追加のワインが齎されるはず…であったが、入口からは誰も入ってくる様子が無い。


「誰か!………誰もおらんのか。けしからん」


 空になったワインの瓶を片手に入り口の扉から顔を出して従者を呼ぶ。

 しかし、その声は奥の廊下に響くだけで声は帰ってこない。

 静寂。

 警備の兵すら居ない状況に気がつき、異常を感じて円卓を振り返った。


「皆、神殿の様子がおかしい。従者だけでなく人の気配すら―――」


 振り返った円卓の間も静寂に包まれている。

 今しがた共に酒を飲み、未来を祝っていた残りの十人が血を流し倒れていた。

 部屋の中に立っている者は自分以外誰も居ない。


 いや、彼には見えていないが、彼の後ろには五人の人影があった。

 その一人が彼の口を後ろから塞ぎ、肋骨の中を避けて刺すかのように下からナイフを突き入れる。

 ビクンと身体が痛みに跳ねるより早く、首をあらぬ方向へ曲げてしまう。

 彼の身体の力が抜け、手から瓶が床に落ちる前に、その瓶は首を曲げた人影によって受け止められた。


『このフロアの129名全員を殺害。ミッション終了です』

『反魔王派と思わしき監禁された者を二名開放一名殺害』

『進入より8分経過しました。回収まであと6分47秒』

『B班、焼却剤の散布完了』

『撤収開始』


 五人の一人が円卓に向けて火を放つと、炎は一瞬にして部屋を包む。

 だが、その時部屋には物言わぬ躯以外に何も残されてはいなかった。


               ◆


 燃え上がる炎が神殿を赤と黒に染め上げている同じ時。


「進めー進めー者共、邪魔な敵を蹴散らせー」


 王国へと攻め込まんとしている神聖王国軍の兵、その中にあって一際目立つ旗印。

 神聖王国の軍は教会ごとに統率されている。

 その姿は貴族の諸侯軍と何も代わりは無く、むしろ内部にすら派閥が存在する分まとまりが悪い。

 指揮官は一応教会のトップであり、枢機卿の信任厚いものが受け持っているが、別に軍事に秀でているわけではなく、先ほどから妙な歌を唄い突撃を指示していた。


 その男の副官となった者はため息をつき、王国の塀へと飛んでゆく岩石を眺める。


(高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応してこそ、軍とは楽曲のように美しさを奏でるというに)


 この戦で大功を上げたあかつきには、この男を引き摺り下ろして私が司祭となろう。

 その為にもフィン王国にはがんばって彼の足を引っ張ってもらいたいものだ。

 と、そう考えて一人ほくそ笑んでいると、頭の上から声が落ちてきた。


「どうした?攻城魔術の追撃は?」


 言われて気付く。

 先ほど着弾し、ここまで音を響かせた魔術の追撃が無い。

 自分が蔑んでいた男に指摘された屈辱に顔を歪ませながら、彼は魔術師への指示を出そうとしたところ、ぱしゃりと顔に何かが降り注いだ。

 もう一度見上げたそこには、頭を矢に貫かれた指揮官が、今まさに馬から転げ落ちるところだった。


 思わず矢の飛んできたであろう方角を振り向く。

 そこには神聖王国軍が並び、さらに奥には牧歌的ともいえる平原が続いていた。

 誰が。何処から。

 矢の範囲に居るのは同じ神聖王国軍だけ。

 恐らく自分と同じ考えをした教会の人間の仕業ではないか。そう、彼が判断した時には同じ銀の矢に眼孔を貫かれていた。



 実際には彼の判断は間違っていた。

 死んでしまった彼が見た方角の神聖王国軍、その6キルほど向こうの丘にある森の中。

 そこには百名程の人間が二人ずつに別れるように組み、一人が弓を構えていた。


 彼等は風除けの魔術が刻まれた矢を放ち、一際目立つ旗印の下に居る神聖王国の兵を一人ずつ片付けて行く。


『精霊よ私の手と指に戦う力を与えたまへ』


 音も無く矢が放たれる。また一人の頭が貫かれた。


『山は我が恵み、我が砦、我が櫓、我が救い、我が盾』


 淡々と、矢を放つ。


『精霊よ、人とは、人の子とは何者でありますか』


 そこには憎しみも悲しみも無く、あえて言うなら作業の目をした男が矢を放っていた。


『皆命中、次の目標へ…ミック、何か嫌な事でもあったのか?』

『いえ、私の心は平穏に満ちております。そして世にも平穏のあらんことを』


 虚ろな目をしたまま、また祈りを込めて矢を放つ。

 記憶にある彼とは何か違う気がするが、少なくとも仕事はこなしているので問題は無い。

 昔、町でフられて自暴自棄になっていた彼の療養のために、麓の村への出向の任務へと推薦したこともあったが、何か変な落ち着き方をしてしまったようだ。


『この戦いが終わったら、誰か良い子を紹介してやるからな。…エイム』

『…稲妻のような矢となりて、彼等を打ち払いたまへっ!』


 最後のその一射は何かしら感情が篭っていた気がする。


終わりが近いので長さが適当になりました

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