十四話
向かってきたナイフを指先で摘む。
動きが鈍くて助かったですよ。
「大丈夫ですか?」
驚かせてしまったのかもしれないと思ってできるだけ静かに話かけます。
男性は驚いた顔をしていましたが、思いのほか元気に立ち上がると再びナイフを…。
「死ねぇ!」
…私にナイフを無茶苦茶に振り回してきますが、幸い疲れているのか動きが鈍くて当たりません。
しかし、彼は何故私に攻撃をしているのでしょうか。
剃ってないであろう伸びた髭に汚い髪。
ぼろぼろに汚れた服。あちこちに泥や血らしきものもついていて、血走った目で罵声らしきものを叫びながらナイフを振るってきます。
このような人どこかで見たことが。
あれは…いつの戦いだったでしょうか…。
私達の山や森は夏に雨が降ることはほとんどありません。
ですが、その年は異常が相次ぎ、長い雨に森が濡れていました。
視界不良の中、おそらくコボルトも匂いが消えて私達を見失っていたのでしょう。遭遇戦が相次ぐ事態となりました。
ロクな作戦を立てる間も無く戦闘が続いた為、部隊を一度撤退させ体制を立て直す決定が下りました。
私は殿を勤める一団に居ましたが、地滑りが発生し数人の仲間と共に土砂に流されてしまったのです。
流れ落ちた先はゴブリンの縄張り。この時は私も己の悪運を呪いましたよ。
絶え間ない雨に濡れ、森の獣やゴブリンの魔法により人数を減らして行く仲間達。
最終的に私達は4人になっていました。
目の良さと気配察知が得意な私は4人の最後尾にいました。追跡がないか、周りに異常がないか警戒をして、問題があった時には残りの3人それを伝える重要な役割です。
といっても、そのときの私達は気力体力が尽きかけていたので警戒なんて大してできていませんでしたけどね。
「ロカ、大丈夫か?」
「問題…ありません」
私が一番最年少だったからでしょう。前を歩くローレルさんはたびたび私を励ましてくれます。
その前にいるのがニール。私の一つ上の友人でした。
先頭を行くのがケビンさん。一緒に流された時からずっとリーダーをしてくれた機転の利く頼れる人です。
「ケビン、少し休める所はないか?」
「…そうだな、あの岩陰で小休止しよう」
明らかに私が足を引っ張っていました。
あの頃の私は体力が足りていません。年齢相応だったともいえますが、戦場に立ったら大人も子供もありません。
生きている私が捨てられる事はありませんが、私自身が潰れてしまいそうでした。
「はぁ…」
「ロカ、そんなおっきなため息ついてると、背も胸もおっきくならないぞ」
「なぁ!」
なんてときになんちゅうことを言うんでしょう。この人。
ローレルさんなんか私を気の毒な目で見ています。それを見てケビンさんは更に笑って…
「…くくく」
「もー なによ!ニールまで…」
「ははは…はははは…ひひはははははははははは」
その笑い声を聞いた時、背筋にゾクっと寒気が走ったのを覚えています。
ここのところずっと静かにしていたニールが森を見て笑っているんです。
「ふふははひひひひひいひ…お…俺…死ぬんだ…ふふは…」
「ニール?おい、しっかりしろ!」
「っ俺に触るなぁ!」
ケビンさんの手を払ったニールはこちらに剣を向けます。
口をいびつに曲げて血走った目でぶつぶつと意味の分からない事を言っていました。
「殺される…殺すんだ…死ね…俺は死なない!」
「ニール!落ち着け!落ち着くんだ…」
「いやだ!殺される…ははは…殺してやる!殺してやる!」
ニールの剣が私達に振り下ろされる…という事もなく、森を振り返ったニールはそのまま駆け出しました。
暗い森の闇に笑いながら消えて行ったのです。
「ニール!」
「…ケビンさん!…ローレルさん!」
「…っ」
誰も後を追う事はできませんでした。
極限下が続くと人は精神の均衡を崩してしまいます。
”そう”なってしまった人を元に戻すにはすごい時間がかかるそうです。
ましてや、戦場や私達のような状況では…。
…あの後に運良く本隊の光を見つけた私達は、無事に合流することができました。
ですが、ニールは行方不明のままです。
あの時のニールと同じ姿…この人は…。
戦場神経症です!
ロカは残念な子です。




