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第一話  魔王と勇者と王子様

後先考えず見切り発車で連載開始。三人称に初挑戦です。

誤字脱字、おかしな文脈など、ご指摘下さるとありがたいです。

宜しくお願い致します。




 ――――あ、これは死んだかも。




 目の前に広がる青空が見る見るうちに遠くなる。全身で感じる浮遊感と共にナナミは死を覚悟した。

 ナナミが今も落下しているのは底がないと言われる谷。底がない訳ではないだろう、とツッコミを入れたいところだが此処に限ってはそうとも言えない。此処はナナミが産まれた日本ではない。地球ですらない――――異世界。魔法あり魔物ありの所謂ファンタジーな世界なのだ。

 ナナミはチラリと隣を見た。今、正にファンタジー代表と言える西洋風の竜が自分と仲良く落下中なのである。しかもこの竜、この世界で魔王と呼ばれている存在だったりする。現在閉じられている瞳は開けばナナミの身長と同じくらいの大きさだ。兎に角デカイ。

 もうかなりの距離を落下し、上から降り注ぐ光は遮られ周りは真っ暗なはずなのだがナナミには鱗一枚一枚までその姿をハッキリ捉える事が出来た。3ヶ月前、こちらへ来たときに授かった地味なスキルが発動しているのである。その他にもあるにはあるが、『俊足』だとか『幸運』だとか戦力の足しにもならないものばかりだった。勇者として召喚されたというのに。


 ――――そう、ナナミは曲がりなりにも勇者なのである。


 いくら降下しても底が見えない。やはり此処は底無しのようだ。

 落下しながらナナミはゆるりと瞳を閉じ、ここ3ヶ月の記憶を思い起こした。






 こちらの世界に喚ばれたのは確か高2の期末テスト最終日。テストから解放されたナナミが妙なテンションで友達と遊んでいる時だった。

 誘拐とも言える召喚を行ったのはこの国の王。ナナミをこの世界へ勝手に召喚したその王は初めこそ手厚い待遇で彼女を迎えたのだが、役立たずだという事実を知ると憤慨し、態度を180度変えてきた。手厚くしろとまでは思わないが、勝手に喚んだくせに待遇が悪すぎる。それはあまりにも勝手な所業だ。

 勿論ナナミも憤慨した。しかし王はお約束といわんばかりに最低な人物であった。有り得ない事に、この誘拐犯は役立たずだと知った途端ナナミを始末しようとしたのだ。ナナミは即座に屑野郎の称号を王に与えた。

 ナナミは今まで女子高生を(まっと)うしていた只の16歳の女の子である。プリクラのフラッシュと共にこちらへ喚ばれた事を除き、至って普通。武道など(かじ)った事もない。そんなナナミが戦闘のプロに敵うはずがない。幾つも向けられた剣から逃げ出せる訳もない。その時、出来損ないの勇者に出来た事はこの腐った権力者に罵詈雑言を目一杯浴びせる事、そして向けられた刃をその身に受ける事だけだった。

 しかしナナミは此処にいる。只今進行形で死に近づいているが生きている。絶体絶命だったあの時、たった一人ナナミを助けた人がいたのだ。その命の恩人の名前はクラトス――――この国の第二王子である。正式な名前はもっと長いのだがナナミの残念なおつむでは覚え切れなかった。王族の名前はお決まりとばかりにどいつもこいつも長ったらしい。

 彼は心の腐った王とは似ても似つかない優しい心を持った青年であった。因み彼は綺麗な紅の髪と瞳を持った爽やかな男性だ。醜い心を体現化したようなあの王とは正に正反対な存在だった。

 命の危機をクラトスに助けられたのは良いが、右も左もわからないこの世界でナナミは自分で生きていけるとは思えず途方にくれた。そんなナナミに救いの手を差し伸べたのはまたもやクラトスだった。彼はその後、律儀にもナナミの面倒を一切引き受けたのだ。ナナミはこちらの人の言葉は理解できたが喋ることは出来ない。一方的にだったとしても言葉が通じないのは厄介なものである。それでもクラトスは投げ出さずにナナミの保護者となり、衣食住を与えて彼女の生活を援助した。ナナミはこんなに出来た人間がいるのかと感謝どころか感動すら覚えた。最初に見た人間が腐った王だったものだからその感動もひとしおである。

 それから数日後、召喚陣の意思疏通に関わる部分に欠陥があったことが分かった。宮廷魔導師、ちゃんと仕事しろ。ナナミは怒りを募らせた。それが原因で唯一慕っているクラトスにも苦労をかけているだけにその怒りは計り知れない。宮廷魔導師、禿げ上がれ。ナナミは心のなかでそう毒づいた。すると何と1週間後には本当に禿げ上がり、嘆く宮廷魔導師の姿を目撃した。ナナミはすかさず同じ呪いを王にもかけた。王はその1週間後に明らかにカツラを装着し、少しやつれていた。ナナミはほくそ笑んだ。彼女の隠れたスキルが一つ発覚した瞬間である。

 ナナミはいても立ってもいられず、彼女の持てるボディランゲージを駆使してクラトスにその事を暴露した。この爽快感を誰かと共有したかったのだ。しかし、彼はいくら似ていなくても王の息子。父親に害を与えた事実を知られれば嫌われてしまうのではないだろうか。ナナミは全て暴露した後でその可能性に気が付いた。この世界に来てからの唯一の味方であるクラトス。彼を失ってしまうのではないかとナナミは真っ青になったのだが、その心配は杞憂に終わった。彼は腹を抱えて大爆笑したのだ。爽やかなお兄さんが大口を開け、豪快に笑い声を上げるのは違和感だらけだったが、ナナミはそのように笑うクラトスに益々好感度を上げた。自分を何度も助けてくれたこの人に何がなんでも恩返しをする。ナナミはその時自分の中で固く誓った。




 ――――そしてその誓いは今果たされたのだ。




『――――ナナァアァァアアアッ!!』


 落下する際に聞こえたナナミの名を叫ぶクラトスの声。普段の優しいものではなく、それは悲痛なものだった。

 ナナミが恩返しにした行動は『身代わり』。これは数ある地味なスキルの中で唯一ナナミが使えると思ったものだ。

 つい先程、クラトスが魔王に止めの一撃を下したところでその場の地面がごっそり崩れた。長い死闘を繰り広げた両者に回避する力は残っていなかった。落ちたらまず助からない。クラトスが死んでしまう――――それはナナミにとって耐え難い事だった。

 『身代わり』は相手と自分の位置を入れ換えるだけという他の地味スキルと同程度で地味なものだ。だが今はこれでクラトスを救える。

 使えば自分は死ぬかもしれない――――しかしナナミは一瞬たりとも迷わずこのスキルを発動させ、クラトスの代わりに落ちた。もしかしたらまだ開花していないスキルが発動して助かるかもしれないと淡い期待を抱きつつ。……まぁ実際落ちてみてその可能性は限りなくゼロに近づいた訳だが。


 そもそも何故ナナミがこのような危険な場所にいるのか。その答えはナナミが役立たずな勇者と知りながら、結局王の命令によって魔王退治へ派遣させられたからである。魔王まで辿り着けたのは決して奇跡ではない。見かねたクラトスが付いてきてくれたのだが、この人こそチートだったのだ。迫り来る魔物を剣一つでバッサバッサと切り捨てる。彼がいたからこそナナミという荷物が有りながらも旅を順調に進める事が出来た。王子が危険地帯に向かうという事で一応他の実力者も数人付いてきたのだが、正直不要に思えた。戦いの場はクラトスの独壇場、正にクラトス無双なのである。そもそも隙を付いてナナミに嫌がらせをする彼らをナナミは嫌っていたのだ。まぁクラトス以外の連中は揃いも揃ってそんな輩ばかりだったが。

 サクサク進む旅はあっという間に終わりに差し掛かる。魔王の元へと辿り着いたのだ。対峙した者はナナミとクラトスだけではない。勿論同行した実力者達もいた。その中には谷に落ちそうになったクラトスを魔法で助けられただろう魔導師もいた……が、クラトス以外は虫の息だった。竜は魔王と呼ばれるだけあって桁違いに強かった。いくらチートなクラトスといえども相討ちに持ち込んだのは奇跡だと言えるだろう。

 しかし彼を死なせる訳にはいかない。もし死ぬなら自分のような役立たずが死んだ方が良い。恩返しの件を除いてもナナミはそう思った。






 ――――ナナミは目を開け、改めて隣の竜を眺める。


 艶々とした黒い鱗に覆われているそれは魔王だというのに何処か神々しさがあった。見惚れる程に。

 ナナミは徐に竜へと手を伸ばした。クラトスと死闘を繰り広げていたときはただただ怖かったが今は動く様子がない。恐怖より好奇心が勝ち、このファンタジーな生き物に触ってみたくなったのだ。ナナミはこの世界へ呼ばれてから竜を見るのは初めてだった。

 綺麗な鱗にそっと触れる。色が与える印象もあり冷たそうだと思っていたそれは予想を外れてとても暖かかった。自分は死へ向かっているというのにとても気持ちが凪いでいる。こんな綺麗な生き物と一緒ならば、良いかもしれない。

 ナナミはもう一度撫で、手を離した――――その直後、硬直する。


 ――――竜の目が開いたのだ。


 その透き通った金色の瞳がナナミを射抜く。


「え…………、……死ん、で……ない?」

『たかが人間ごときの攻撃で我を倒せると思うたか?』


 頭に直接響く声。ナナミは驚愕し、目を見開いた。信じられないが目の前にいる竜から発されたものに違いない。

 竜の表情なんて分かるわけがないのに、ナナミには目の前のそれがニヤリと笑ったように見えた。


『――あの剣士が邪魔だったのだ』

「え?」


 竜が言うあの剣士とはクラトスの事だろう。剣士は彼しかいない。しかし何故今彼が出てくるのか分からなかった。ナナミは首を傾げる。


『……身を呈して守る程あの男を好いておるのか?』


 続く言葉にナナミは更に首を傾げた。近頃色々有り過ぎてぼんやりする頭を叱咤しながら聞かれた事に答える。


「え…………いや、まぁ大事な人ではありますけど……って、何でそんなこと聞くんですか?」

『今は我が聞いている――――――答えよ』


 ギラリと光るその金眼はナナミの身体を強張らせるには十分だった。怖い。怖すぎる。

 ナナミは恐怖のあまりに半べそになった。よくこんな怖い生き物に戦いを挑めたものだと改めてクラトスの凄さを知る。


「クラトスは……その、保護者というか…………兄……そう、兄みたいな存在で」


 取り敢えず答えなければと出した答えに竜は暫し黙って考え始めた。ナナミが言ったのは本心だ。これ以上何も答えられるものはない。言う事がなくなったので彼女は口をつぐむ。


『……兄、か』


 ナナミの様子を見てそう呟いた竜の纏う雰囲気がふと柔らかくなった。よくわからないが答えは正解だったらしい。ナナミは身体の強張りを解き、安堵の溜め息を吐いた。

 ――しかし次の竜の言葉で彼女は度肝を抜かれる。


『ナナミ、我はそなたを気に入った。嫁になれ』

「はぁ、ヨメに………………嫁?」


 聞き返すナナミに竜は頭を縦へと動かしウンウンと肯定の意を表す。その仕草が思いの外可愛らしく、ナナミは先程の恐怖を忘れてキュンと胸をときめかせた。実はナナミ、大抵の女の子が苦手とする爬虫類を好む。

 その心境の変化を正確に汲み取った竜は目を細めた。そして今なら大丈夫だろうと初めて見たときから触りたくて仕方がなかったナナミの柔らかな頬へ舌を這わせる。その感触にハッと現実に帰ってきたナナミは急いでかぶりを振った。


「いやいやいやいや、私人間ですけど。竜と人間って色々無理がありますよね?」

『問題ない』


 いや、ありまくりでしょう。

 ナナミがそう返す前に竜の姿が消えた。

 ――――そして代わりに現れたのは一人の美しい青年。

 髪はぬばたま、瞳は金色……配色が同じ故、先程の竜が人になったのは明らかであった。

 ポカンと見つめるナナミに竜だった男は目を細め、ゆるりと口が弧を描く。


「そこそこ魔力を消費するがこれで子を成せる……愛してやれる」

「あ、あい、ああいああああい、あい――」

「そうだ、目一杯愛してやる。我はしつこいぞ? ――――覚悟するのだな、ナナミ」


 そう言うやいなや、男は姿を消し、竜の姿になった。再度現れた巨大な竜にナナミは呆気に取られる。

 竜は放心するナナミを牙で傷付けないよう慎重に咥え、巨大な翼を羽ばたき、弾丸のようなスピードで上昇した。ジェットコースターは平気なナナミである。だがそんなもの生易しいと言える程の強烈な浮遊感に襲われてはいくらナナミといえどもたまったものではない。


「うひゃああぁあああ!!」

「――ナナ!?」


 物凄い勢いで遠ざかる景色の中、驚愕するクラトスの声を聞いた気がするがナナミはそれどころではなかった。




 ――――魔王に拐われた囚われの少女を助ける為に王子様が旅に出るのは、また別の話である。



■ 判明しているナナミの地味スキル一覧


【 夜目 】

 暗くてもくっきりはっきりよく見える。


【 俊足 】

 速さはボ●トくらい。この世界ではまぁ速いな、程度。


【 幸運 】

 たまに良い事がある。といっても100円拾ったとかその程度。


【 細やかな呪い 】

 呪った相手の毛根を死滅させる。全然細やかじゃないかもしれない。


【 食いしん坊 】

 毒でも何でもござれ。胃に入れば浄化しつつ消化しちゃう。


【 身代わり 】

 思い描いた相手と身体の位置が入れ代わる。1日1回のみ使用可。発動範囲はおよそ100メートル以内。


【 竜の寵愛 】←NEW!

 無条件で竜という竜に愛される。竜から見れば存在そのものが愛しくなる。常に発動し、ナナミにどうこうできるものではない。

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