もしも家から追い出した蜘蛛が女の子になったら
「また出たな……どうしようかなぁ」
俺は一之瀬タカシ。インターネット好きで節操なしの高校3年生だ。
これはある日、部屋でカタカタ、とキーボードを打っていたときに起こったのだが――
壁を伝っていた一匹のクモが、パソコンの画面にまでその8本足を進めていたのだ。
おれの部屋――というか、この家ではちょくちょく虫が壁を這っていたりする。
きっとよそのお宅だってそういうことはあるはず。俺んちだけだったら泣くぞ。
「とりあえず様子見るか……」
クモというのは益虫らしいが、世の中じゃ『クモの巣が顔に当たるから』とか『気持ち悪いから嫌』とかいう理由で害虫扱いされていることが多い。
俺もクモの巣が張り付いて気持ち悪い思いをした事は何度かあるが、嫌いかどうかを問われると嫌いとは言えない。
そりゃあ見かけたら驚いたりはするが、殺してやるとまではいかない。
どちらかといえば好きなほうだ。とくにコガネグモという種類のやつは、あの虎みたいなしましま模様がたまらなくカッコいい。
それに海の向こうには、クモ男もいるしな。しかも彼は悪と戦う立派なヒーローだ。
――話がズレたな。とにかく一概に嫌いとは言わない、ってことだけは確かである。
「あ、いなくなった」
放っておいてネットをやっていたらクモはどこぞへと行ってしまったようだ。
そりゃあ、この部屋にはとくにめぼしい物はないからな。飽きるのも分かる。
「寝るか……」
~翌日~
「またかよ……」
また部屋にクモが出た。
とくに何をされたわけでもないので、再び様子見とする。
「でもクモの巣張られたらヤだしなぁ」
やることもないので、パソコンの裏の壁の隅っこに溜まっていたホコリをティッシュで拭き取り、ゴミ箱へ入れる。
いっそこのクモもつまみ出してしまおうか? 母さんなら速攻でそうするだろうし――。
「名もなきクモよ。お前に怨みは無いが……」
そう洒落たことを言いながら、クモをティッシュでつまみ網戸を開ける。
そしてこのクモを――外へ追い出す。
「さらばだ!」
これでもう懲りてこの家には入らなくなるだろう。
少し悪いことした気がしたが――まあ、いっか。
~次の日~
「ぐごー、ぐごー」
この日は日曜だ。やることないから、とりあえず朝のヒーローものがはじまるまで爆睡してやろう。
「タカシー! お客さんよー!!」
――母さんの叫び声で目が覚めてしまった。
どんなアラームよりも効き目は抜群だ。
やはり、母は強い。ついでに俺はそんなお母さんが好きなマザコンだ。
「なんだい母さん……眠いよー」
「おはよう。お客さんなら今玄関にいるから、着替えたら会いに行きなさい」
「はーい」
うちの母さんは若い。年齢的にも外見的にも。そして、美人である。
お隣の旦那が密かに狙っているという噂があるのだが、まあこんなにきれいな人なら仕方ないわな。
うちの父さんも母さんと結婚した時、さぞや嬉しい気分だっただろうなぁ。
父さんならニヤニヤしかねない。この辺でも指折りのスケベだしなぁ――。
「着替えたよー」
「じゃ、玄関行ってみなさい。きっとビックリするわよぉ、うふふ」
口に手をそえて母さんが笑った。思わず胸がドキッとするほど、妖艶な雰囲気を漂わせていた。
これがもし未亡人だったら、余計にエロティックになっていたはず。
仮にそうだったら、俺は今以上に興奮して昇天していただろう。
そのぐらいたまらなかった。
「どうもお待たせしま……」
そして玄関へ向かう。
このとき、思わず我が目を疑った。
「昨日はよくも追い出してくれたわね……お兄ちゃん」
待っていたのは、ふわふわとした紫色の髪に赤い瞳と、色素が落ちたような白い肌をした小さな女の子だった。
妖精のように可憐だがどこか浮世離れしているような、この世のものではないような――そんな、異質な雰囲気を醸し出していた。
「お、追い出したって……俺、君と会うのは今日がはじめてだよ。それにお嬢ちゃんみたいな子を追い出すなんてできな……」
「ウソつき。ティッシュでつままれた事、覚えてるんだからね」
「え……?」
――そう言われてようやく気付いた。
そうだ、この謎の少女は昨日俺が窓から追い出した……
「もうっ」
――あのクモだったのだ! ありえないこと、かもしれないが――これは事実。
こうして目の前にクモだった女の子がいる以上は、受け入れざるを得ない。
それからはというと、俺は先日追い出したクモが化身した姿である女の子を部屋に入れておしゃべりしたり、遊んだりしていた。
「甘い物ばっかり食べてたら太るぞー」
「いいもん。いっぱい食べて、お兄ちゃん好みの女になってやるんだもん」
今は二人で何かをするのにピッタリなサイズの机を出して、一緒におやつを食べたりジュースを飲んだりしていた。
一応食事を偏らせないように警告したんだが、意地っ張りな彼女は俺の言うことなんか聞かずに俺が持ってきたおやつを次々に食べ尽くしてしまう。
お兄ちゃん好みの女になりたいから、とは言われても……栄養のバランスが悪いと、ちゃんと成長できないぞ。
「俺好みの女って? どういうことだい」
「あたし、見てたわよ。お兄ちゃんがパソコンやケータイでエッチな画像見て、いやらしい笑い声上げてるところを何度も……」
「ワーッ!」
なんと、俺がニヤつきながら必死に自慰をしている姿を見ていたというのか?!
恥ずかしい、これは恥ずかしい! こんな小さな女の子に――とはいってもクモだが、まさかそんなみっともない姿を見られていたなんて。
「しかも、こぞっておっぱいが大きい人ばっかり……」
「そ、それ以上は言わないで」
「鼻息荒くしてたじゃん」
なんというか、この子は幼いながらに小悪魔的だ。
将来はきっと、男を食い物にする悪女になるだろう。
でもいいや、貢いでやろう。可愛いし、大人になったらきっと美人だろうしね。
「お野菜も摂りやさい!」
「うるさいー! 野菜ぐらい別にいいじゃない、あたし肉食だったしさぁ」
「そんなの言い訳になると…ふがふがっ」
やがて俺が彼女に行儀のことなどで注意しようとして騒ぎだせば、彼女は俺の口にさるぐつわを噛ませるように糸を巻きつけて口を封じてきたりした。
他にも鬼ごっこをしていたら糸で縛られたり、いないと思ったら天井に張り付いていたり。
外に出れば壁に張り付いたりもしていた。一番驚いたのは、いつの間にか蜘蛛の巣のハンモックを俺の部屋に作っていたことだ。
それも、天井の付近に。落っこちたら危ないぞ。
「ねーねー、お兄ちゃんってカノジョいないの?」
「うん、いない歴17年なんだ……」
「じゃあ、あたしがカノジョになってあげる!」
「えー」
それからも、クモの女の子はちょくちょく家に遊びに来るようになった。
やがて母さんや俺だけではなく、父さんにもその顔を知られるようになり、
時折父さんから俺と彼女の関係をちょくちょく話題に出されては、イビられるようになった。
「君、おっぱいを大きくしたいのか?」
「うん」
「それなら牛乳をたくさん飲むか、手術してもらうか……だな」
「牛乳の方がいいなぁ」
「そっか……なら仕方ないなぁ」
冗談交じりに『胸を揉んでもらうと膨らむよ』と言ってみたが、あいにく彼女はまな板。
しかもそのことを言うと『エッチ』と呼ばれ、こっぴどくお叱りを受けてしまった。
なんだ、この年頃にしちゃよくできた女の子じゃないか。わがままだけど可愛らしいし。
こりゃあ、成長したらどうなるか楽しみだなー。
「じゃあねー。バイバイ!」
「またいつでも遊びに来て! 待ってるよ!」
この日から更に数日後――。
俺の度肝を抜くような、予想外の事態が起きた。
「タカシ、タカシ! お客さんよー!」
美人人妻であることに定評のある母さんに起こされ、着替えて玄関に向かう。
お客さんの前でパジャマ姿は失礼極まりないからだ。
そして、玄関のドアを開ける。ここまではよかったのだ、ここまでは。
――いや、ここからが良かったと言うべきだったかな?
「どうも、おはようござ……いっ!?」
俺の目が霞んだのか?
ドアを開けると、そこには妖艶でグラマーな大人の女性が立っていた。
しかも絶世の美女と称賛したくなるような美人だった。
俺とほぼ同じぐらいの長身に、透き通るような白い肌に真紅の瞳。
足首まで伸びた背中を覆う藤色の長髪。
極めつけは、彼女が着ているワンピースの襟元から覗いた豊かな胸と、ドレスのすそから見える太もも。すらりとしたおみ足。
――完璧だ。完璧な……えーと。美人さんだ。久しぶりって言われた気がしたけど――こんなにきれいな人は見たことがない。
「……お、おお。美しい……この世のものとは思えない。あなたは翼を失った天使様、いや女神様でしょうか? あの、こんなチンケな僕の家でよろしければ、どうぞおあがり下さい……」
「うふふ」
妖艶に微笑む女性を連れて、俺は2階の部屋へと上がる。
「……見違えたでしょ」
何故彼女からそういわれたのか、俺にはまだ分からなかった。
「え? 何のことですか?」
「あれ、忘れちゃったの? もぉ~、物覚えが悪いのね」
「え、え……? どうなってんの?」
戸惑う俺を前に、藤色の髪の女性が妖艶に笑いながら呟く。
「こんなに大きくなっちゃったもの。誰なのかわからなくてもしょうがないよね」
「だ、誰なの……?」
少し呆れるように、彼女は続けてこう言った。
「本当になにも覚えてないのね? 私よ、お兄ちゃん」
「俺に妹はいない。ってことは……!!」
「やっと気がついたのね」
――ようやく思い出した。
彼女はあの時のクモの少女が立派に成長した姿だったのだ。
短い期間でこんなに大きくなるなんて――。
「大きくなったなぁ! 俺、嬉しいぞぅ」
思わずそう叫んで彼女の胸に飛び込み、抱きついた。
そのくらい嬉しかったからだ。
手塩にかけて育てたあの女の子が大人のお姉さんになって帰ってきたのだ。
感動も喜びもひとしお。
ここで泣かずにどこで泣くというのか。
「や、やめてよぉ。くすぐったい。お兄ちゃんったら子どもみたいよ~」
「君だってこの前までそうだっただろぉ」
「もーっ」
彼女は何故、どのようにしてここまで大きくなったのか?
それはわからない。ただ、これだけは言える。
こうなってまでも、彼女は俺に振り向いてほしかったのかもしれない――と。
以前活動報告に載せていたものを、少しいじって投稿してみました。
少々粗いですが、楽しんでいただけたなら光栄です。