「見える化と教え3」
「やはりというか何というか。私は説明できなかったです。」
山口総一は当時を振り返って話す。
「仕事の難しさとそれを理解してもらえる説明の難易度は比例する、ということを理解していなかったんですね。難しい問題を解くほどにそれを理解してもらえる説明をするのは大変で、私は難しい問題を解いたが、それを理解してもらえる説明にする努力を怠ってしまったんです。」
「見える化」について説明する会議の場は設けられたが、私や大野さんは末席でフォローするポジションであり、実質説明は課長がメインだった。どことなく組織の闇を感じたが、それでもフォローに徹しようと努めた。しかし、理解できていない課長が説明する、というのはやはり荷が重かったようで、会議はぐだぐだな状態で進んでいった。
本社の人が、
「この見える化、というのは導入するとどういうメリットがあるのでしょうか?」
と聞くと、課長がそれだけでしどろもどろになる。やむを得ず私が、
「見える化、は導入することで排水処理設備の状態を数値で客観的にみることができ、結果として属人化を防げます。」
と答えた。それに合わせて質問が、
「なるほど。それならば、具体的にどのように実施していくのかプランについて教えていただけますか?」
と来たので、その返答をしようとしたところ、職場の古株の社員が急に、
「いえ、あくまで参考にする程度です。我々は我々のやり方でこれまでやってきたので、そう簡単に導入はできないと考えています。」
カチンと来た。しかし、私は技術者としての正しさを追求する前に1人の大人だ。さすがにここで怒るわけにはいかないだろう。
私が怒りを押し殺して黙っていると、大野さんが、
「仰る通りです。しかし、この「見える化」は将来性が大きくあります。なぜなら山口が話していたように、適切に運用する方法が確立できれば、誰もが排水処理設備を運用管理できるようになるからです。」
ふと見ると、古株の社員があからさまに顔を歪めていた。それで少し私は冷静になって以降の話を聞くことができた。
会議が終わった後、私は大野さんにフォローの礼を伝えに行った。
「大野さん、ありがとうございました。」
大野さんはなぜかとても落ち着いていた。普通、自分が関わった仕事が妨害されて、会議も失敗に終わってしまったのに、どうして冷静でいられるのだろう。
「山口さん。」
大野さんは少し間を作った後、
「お疲れさん。少し話をしていいかな?」
と、落ち着いてはいたが、どことなく強い意志のようなものを感じ、真剣に聞かないといけないやつだな、と私は身を引き締めた。
「はい。」
「わかった。今回のことはわかってると思うけど、残念ながら上手くいかなかった。俺も手を尽くしたが、上手くいかなくてごめんな。」
私は驚いて、すぐに手を振って否定した。
「そんな、とんでもないです。大野さんがいなかったら会議はもっと悪い方向へ行ってましたよ。」
「ありがとう。山口さんはよくやっていたと思う。ただその上で言うと、もう少し立ち回りの仕方を勉強したらもっとよくなる。」
「はい?」
「君は技術的に正しいか、を重視し過ぎ、説明することや人に簡潔に伝えることを軽視していた、ということだな。」
一瞬理解できなかったが、少し遅れて、「ああ、そうか」と腑に落ちた。
「全部説明しなくてもいいんだよ。極端な話、ああいう輩は目に見えるメリットとすぐに実践できるやり方だけ示して、後は結果で殴ればいい。要は使い方なんだ。」
「わかりました。」
「それだけ。」
と言うと大野さんの雰囲気が元に戻り、そのあとは普通に仕事等の雑談をしていた。
「まあ、彼の場合、こうなるだろうな、と思っていたよ。」
当時を振り返り、大野宗治は少し暗い表情で淡々と言い、
「まあ、最低限の線は守れたし、彼にとってもいい経験になったと思う。」
会議はやはり体裁を気にして、課長がメインとなり、本社や工場長のような重役に説明会をする形となった。概ね予想通りだったが、まだ油断できない。今回は山口さんに失敗に近い経験をしてもらうことだ。発言するタイミングはよく考えないといけない。
「お、発言したか。」
内心少しヒヤヒヤしながら行方を見守っていたが、古株の社員が発言した後、
「このタイミングだな。」
と思って、
「仰る通りです。しかし、この「見える化」は将来性が大きくあります。なぜなら山口が話していたように、適切に運用する方法が確立できれば、誰もが排水処理設備を運用管理できるようになるからです。」
と発言した。ま、あとはなるようになるだろ。これで会議の流れは決まったし、俺もこれ以上発言せずに済みそうだな。
会議が終わった後、案の定、彼は浮かない顔をしていた。このタイミングなら少しは入りそうだな。簡潔に伝えて、あとは彼に任せていこう。ま、長い付き合いになりそうだし、気長にやっていくかな。
「わかりました。」
彼の顔を見る限り、少し自覚はついただろうが、まだ難しい状況を切り抜けるのは難しそうだな。ま、いいや。あまり強く言うのは彼にとって逆効果だ。とりあえず、あとは普通に話して緊張を取っていくか。
「いや、なかなかに育て甲斐があるな。」
彼が帰った後、そう思い、なぜか少し楽しくなっている自分がいた。




