「見える化と教え1」
山口総一は10年前、当時職場で起きていたトラブルを回想してこう話した。
「あまりにも属人的で数値化が全くできていなかったです。それで実態を調査すれば調査するほどそれが正しい判断になっていなかったどころか何の根拠も無かった。もう我慢できなかったですね。それなら私がレールを敷くしかない。今思えば若気の至り、というのもあったのかもしれませんが、それで損をしても大野さんに教えてもらった内容に比べれば瑣末なことでしたね。」
山口総一は控えめでコミュ障気味な人間である。ただ、技術のことや正しいかどうかについては一定のこだわりがあり、それを見つけてしまうとどうしても、それを自分が損しても解こうとしてしまうような癖があった。
「例えば排水処理設備でよく測定するものにCODというものがあるのですが、これは平たく言うと「水に溶けている汚れ」なんです。この数値を設備に1日に入る未処理水の量をかけてざっくり処理する汚れの量として出して、同様の計算をして出した微生物の量で割って比を出して、それが一定範囲内に収まっているか確認し、それによって微生物の量を調整する判断の基準として、脱水汚泥(不要な微生物をゴミとして出す)計画を立てて運用していく、というのが大雑把な流れなのですが、、、。あの職場の人達は、CODを測定してもしただけで終わり、データ活用はしない。それだけで俺たちは仕事をちゃんとやっている、と考えていたんですよ。正直、胃が痛くなりましたよ。こんなんじゃいつかこの人達、不正行為をしてもシラを切り続け、いつか捕まってしまう。それに私まで捕まってしまうのはまっぴらごめんですからね。で、当時の私でも何とかできそうだったので、やってみた次第です。」
山口はその職場で排水処理のOJTを受け、どういう作業を普段しているか把握し、3ヶ月後、自身の水処理工学の知識を応用し、「排水処理の水質の見える化」と称して当時の上司であった課長に、エクセルによる水質計算シートと対応マニュアルを提出した。しかし、その課長は職場で頻発しているトラブルは知っていてそのことに心を痛めていたが、山口のやったことは理解したいが理解できない状態だった。
「それで提出した「見える化」の内容の説明を、と頼まれたのですが、正直これ以上わかりやすく説明することができなかったんですよね。工学の入門書に載っている内容ですからね。口は悪いですが、「自分で勉強してくれ」と内心思いましたね。今はクライアントに説明する必要がある立場なので、そんなことは口が裂けても言えないですが。」
悩んでいた山口はふと大野に相談した。すると大野は「小学生レベルで噛み砕く必要がある」とアドバイスし、「君の言うことは正しいしやっていることは十分評価に値するが、そこまでやらないと話は通らないよ」と言った。
「今考えれば当然のことなんですけどね。私は相手の立場に立って説明する癖がついてなかった。それを大野さんは伝えたかったんだと思います。」
大野宗治は10年前の山口のトラブル対応の姿勢をこう見ていた。
「こいつ、やっていることはすごいけど内容が高度過ぎて降りられないんだ。いつかこいつは結果的に職場を追い出されることになっちまう。いろいろあったが、俺もこの職場を良くしたい、という気持ちはこいつと同じだ。「ちょっとアドバイスするか」という気持ちだったね。」と少し照れ臭そうに大野は言う。
「ただ今振り返ると「こいつは優秀だが組織にとってかなりの問題児だった」、ということに気付かなかったんだよな。まあそんな問題児を引き受けて、こいつが一人前になるまで面倒を見た俺も俺、なんだけどな。当時は気づかなかったんだが、どことなく昔の俺を無意識に重ねてしまってついつい拾っちまったのよ。」




