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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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追放前の脱出者――Aランク冒険者アレン

掲載日:2026/02/01

酒場の奥。

夜の喧騒から切り離された円卓には、重たい沈黙が落ちていた。


木製の卓には酒杯が並び、だが誰も口をつけていない。

代わりに、苛立ちと不満だけが溜まっていく。


「……で?」


リーダーの男が、低い声で切り出した。


「今回の依頼、失敗だ。報酬は減額。ギルドの評価も下がった」


誰も反応しない。

それでも、視線だけが一斉に動く。


集まった先は、一人の男だった。


アレン。


無表情。

背筋を伸ばし、椅子に深く腰掛けている。


Aランク冒険者。

このパーティーの前衛であり、実質的な判断役。

魔物との交戦位置、撤退のタイミング、仲間の生存率――

そのすべてを、無言で支えてきた存在。


「……なあ、アレン」


リーダーが名を呼ぶ。


アレンは、視線を上げない。


「今回さ、お前ちょっと前に出すぎたよな?」 「結果的に、全体がバラけた」


別の男が続く。


「そうそう。お前が突っ込むから、俺たちがフォローに回る羽目になった」 「正直、やりづらいんだよ」


さらに一人。


「Aランクだからって、好き勝手動かれると困るんだよな」


言葉は、柔らかい。

だが中身は、責任転嫁と嫉妬だった。


アレンは、黙っていた。


怒りはない。

反論も、弁明も、浮かばない。


(……理解した)


この円卓に、もう自分の居場所はない。


彼らは、自分を“仲間”としてではなく、

“便利な切り札”として扱っていた。


切り札が目立つと、

使う側の無能さが浮き彫りになる。


だから疎まれる。


「お前さ」


リーダーが、わざとらしく咳払いをした。


「正直言うわ」 「お前がいると、俺たちの評価が伸びない」


その瞬間、誰かが笑った。

誰かが視線を逸らした。

誰かが、安心した顔をした。


アレンは、静かに立ち上がった。


椅子が、床を擦る音がした。

その音だけが、やけに大きく響く。


「……そうか」


短い一言。


感情は、乗っていない。


「え?」 「それだけ?」


アレンは、円卓を見回した。

一人ひとりの顔を、順番に。


そこに、信頼はなかった。

期待もなかった。


あるのは、恐れと依存と、嫉妬だけ。


「俺は、抜ける」


一瞬、空気が凍った。


「は?」 「ちょ、待てよ」 「それ、冗談だろ?」


誰かが慌てて立ち上がる。


「一人でどうするつもりだよ」 「パーティーいなきゃ、Aランクでも――」


アレンは、首を横に振った。


「Aランクだから、強いわけじゃない」


淡々とした声。


「強いから、Aランクなんだ」


誰も、言い返せなかった。


「追放の話をする前に、決断できて助かったな」


そう言い残し、

アレンは酒場を出た。


背後で、誰かが叫んだ。


「後悔するぞ!」


アレンは、足を止めなかった。


夜風が、冷たく頬を打つ。

だが胸の奥は、妙に静かだった。


(……これでいい)


切り捨てられたのではない。

価値のない場所を、切り捨てただけだ。


アレンが去った翌日。

元パーティーは、予定通り依頼を受けていた。


中級魔物討伐。

数も少なく、地形も単純。

本来なら、問題なく終わるはずの仕事だった。


「……楽勝だな」 リーダーが笑う。


「アレンがいなくても、余裕だろ」 「むしろ、やりやすいよな」


誰も異を唱えなかった。

あの沈黙が支えていた事実を、誰も理解していなかったからだ。


森に入って、十分。


魔物が現れた。


数は三。

だが、動きが早い。


「前衛、前出ろ!」 リーダーが叫ぶ。


前衛役の男が、慌てて盾を構えた。

だが、遅い。


爪が掠り、血が飛ぶ。


「な、なんでこんなに速いんだよ!」 「おい、援護は!?」


後衛が詠唱を始める。

だが詠唱が長い。

位置取りが甘い。


――本来なら。


ここで、アレンが前に出ていた。

敵の動きを止め、

攻撃を引き受け、

全体を一段階“楽な状況”に落としていた。


だが、今はいない。


「くそっ! 囲まれ――」


一体が、側面から飛び込む。

前衛の盾が弾かれ、地面に転がった。


「誰かフォローしろ!」 「無理だ、距離が――」


判断が、遅れる。

声が、重なる。

命令が、ぶつかる。


連携は、崩壊した。


数分後。


魔物は倒れた。

だが、三人が負傷。

一人は、歩けない。


「……おかしいだろ」 リーダーが、震える声で言った。


「前は、こんなことなかった」


誰も答えない。


街に戻った彼らを待っていたのは、

治療費と、依頼失敗扱いの通知だった。


「減額!?」 「ふざけんな!」


ギルド職員は、淡々としている。


「討伐は完了していますが、負傷率が高すぎます」 「以前と比べて、明らかに成績が落ちていますね」


その言葉が、胸に刺さる。


「……前は?」 誰かが、無意識に呟いた。


「前は、Aランクの方がいましたから」


沈黙。


その日の夜。


酒場で、誰かが言った。


「……アレン、呼び戻さねえか?」 「一時的に、な?」


リーダーは、唇を噛んだ。


「……連絡、取れるか?」


数日後。


アレンの名は、街に広がっていた。


単独での高難度依頼達成。

負傷なし。

討伐数更新。


「……一人で、あれかよ」 「嘘だろ……」


ギルドの掲示板に貼られた報告書を、

彼らは黙って見つめるしかなかった。


その頃。


アレンは、別の街で依頼書を外していた。


無表情。

無言。


受付嬢が、恐る恐る声をかける。


「……お一人で、行かれるんですか?」


アレンは、短く答えた。


「それが、一番速い」


誰かを守る必要はない。

誰かの失敗を、背負う必要もない。


足を引っ張る存在が、いない。


――結果だけが、残る。


元パーティーは、気づき始めていた。


自分たちが追い出したのは、

仲間ではない。


生き残るための、判断そのものだったと。


立場の逆転


元パーティーの名は、完全に落ちた。


失敗依頼が続き、負傷者が増え、

ついには中級依頼すら敬遠されるようになる。


「……最近、あいつら危ないらしいぞ」 「前は安定してたのにな」


冒険者の評価は、結果がすべてだ。

理由など、誰も気にしない。


彼らは、理解し始めていた。


――アレンが、いかに異常だったかを。


「判断が早すぎる」 「魔物の癖を、見ただけで読んでる」 「被害が出る前に、全部終わってる」


それは才能ではない。

積み重ねた経験と、冷徹な最適解の選択。


そして、それを当然のようにやっていた男を、

彼らは「邪魔」だと切り捨てた。


酒場の隅。


「……頼む」 リーダーが、頭を下げていた。


向かいに座るのは、アレンだった。


無表情。

杯にも手をつけない。


「戻ってくれ」 「条件は、なんでもいい」


沈黙。


アレンは、しばらく相手を見てから、短く言った。


「無理だ」


それだけ。


「な、なんでだよ!」 「俺たち、仲間だっただろ!」


アレンの視線が、一瞬だけ動く。


「違う」


声は低く、淡々としている。


「俺は、使われていただけだ」 「仲間なら、判断を任せる」 「失敗を押しつけない」


リーダーは、言葉に詰まった。


「……今なら、分かる」 「お前がいなきゃ、何もできないって」


アレンは、立ち上がる。


「遅い」


その一言が、すべてだった。


「俺が必要だったのは、結果を出す場所だ」 「お前たちは、俺の時間を消費するだけだった」


誰も、反論できない。


数日後。


ギルドに、通達が出た。


元パーティーは、

危険管理不足、判断遅延を理由に、

ランクを一段階降格。


一方で。


「Aランク冒険者・アレン」 「単独討伐記録、正式認定」


掲示板の中央に、彼の名が貼られた。


依頼は、殺到した。


だがアレンは、必要なものしか受けない。

高難度。

短期。

確実に結果が残るものだけ。


誰かと組む話もあった。


だが彼は、首を振る。


「一人でいい」


感情は、ない。

復讐心も、ない。


ただ――


価値のないものを、切り捨てただけだ。


元パーティーは、街の片隅で、

その掲示板を見上げていた。


もう、追いつけない。


元パーティーは、街を歩くことすら怖くなっていた。

中級依頼で全滅寸前、

回復依頼も失敗続きで報酬は雀の涙。


「……やっぱり、俺たちはダメなのか」

リーダーの声は震えていた。

仲間の目は、絶望に潰されている。


ギルドに足を運んでも、

他の冒険者の視線は冷たかった。

「アレン様は、また単独で討伐中らしいぞ」

「……あの男が前にいると、俺たちの価値はゼロだ」


かつての仲間だった彼らは、

その事実だけで身を縮めた。


酒場の片隅。

元パーティーは、失敗依頼の報告書を見つめる。

肩を落とし、声も出せずに震えている。


――そこに現れたのは、もちろんアレンだった。


無表情。

無感情。

声は低く、周囲の空気を切り裂く。


「依頼書、回収する」


数人が反応する間もなく、

アレンは書類を一枚ずつ手に取り、淡々と整理していく。


「……お前、何してるんだ?」

リーダーが必死に問いかける。

「俺のやるべきことだ」

「お前たちの失敗をカバーする義務はない」


その言葉で、残った仲間の顔は青ざめた。

声を出すことすら許されない静寂。

自分たちが無価値になったことを、

初めて理解する瞬間だった。


ギルドの掲示板が更新される。


「Aランク冒険者・アレン。単独討伐成功数、連続記録更新」


それを見上げる元パーティーの目は、涙で濡れていた。

声もなく、膝をつき、ただ呆然と立ち尽くす。


「……もう、戻れない」

リーダーが呟く。

それは現実。

そして屈辱。


アレンは、背中を向ける。

「価値のないものに、構う時間はない」

足取りは静かだが、確実に前へ進む。


依頼は次々と舞い込み、

アレンは確実に成果を出していく。

元パーティーは、もう誰も呼ばれない。

誰も助けも来ない。

ただ、結果だけが、アレンに吸い取られる。


数週間後、元パーティーの一人が重傷で運ばれる。

依頼中の判断ミスで、

魔物に追い詰められた結果だ。


「……俺たちは、もう駄目だ」

街中で噂が広がる。

「あの元パーティー、完全に壊滅したらしいぞ」


アレンは、どこか遠くの森で次の討伐に向かう。

無口。無表情。

感情はない。

ただ、最適解だけを追い求める。


元パーティーの面々は、

自分たちの無価値を思い知るたび、

胸が締め付けられ、

誇りもプライドも砕け散った。


ギルドの記録には、ただ一行。


「アレン・単独討伐数、更新中」


彼は、誰にも邪魔されず、

誰にも頼られず、

ただ成果を積み重ねていく。


そして、静かな夜。

森の中の依頼先で、アレンは立ち止まる。

遠くに見える炎。

討伐の後、誰も残さず去る。


振り返らない。

振り返る価値も、理由も、ない。


無口で無感情。

だが、その冷徹な行動が、

元パーティーにとって、最も恐ろしいざまあとなった。


――そして、誰も彼を止められない。

誰も、追いつけない。


追放される前に、自ら去ったAランク冒険者の物語は、これで終わる。

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