その名前
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王宮を出ると俺がその辺をぶらついているという噂がもう広まったようで、たくさんの人々が最高の笑顔で俺を迎えた。ははは、有名人というものはこうも気分がいいものなのか。俺、世界救ってよかった〜。
「勇者様ぁ〜サインくださ〜い!」
小さな子供が尋ねる。快く書いてやると民衆から感嘆の声が上がった。
「勇者!勇者!勇者!」
巻き上がる勇者コール。
勇者コール?
俺はふと違和感を感じた。みんな悪気なく俺のことを「勇者」と呼ぶ。俺の名は「勇者」なのか?いや、流石に違うだろう。思い出せない。俺の名はなんだったか?考えろ、考えろ、考えろ!俺は「勇者」じゃない。もうそんなものは引退した。もうそろそろ呼ばれたい。13歳の頃まで呼ばれていた本当の名前で。
ーグレイ
頭にふとそんな言葉がよぎる。そうだ。俺はグレイだ。母がつけてくれた名前。この群衆の中にその名を知っているものはいるだろうか。考えれば考えるほど悲しくなってくる。
今日も、昨日も、一昨日も、ずっとみんな俺を「勇者」と呼んだ。「グレイ」と呼ぶものは誰1人いない。せめて母は?そうだ。母だ。さっきのことを思い出す。よく考えるとまともな会話をしていない。疲れていると思って話しかけないでくれたのだろう。でも…
思い立った俺はファンたちを掻い潜り、家に向かって走り出した。ファンたちが追いかけてくる。
「勇者についていきたい」
そんな純粋な気持ちだ。しかし今の俺にはそんな気持ちさえ鬱陶しかった。
「俺の名前を呼んでくれ」
心はそんな気持ちで満たされていた。
思い出すのは朝ごはん。フレンチトーストには名前はない。ただ「フレンチトースト」そうとだけ呼ばれる。しかし、人間は違うはずだ。「人」ではなく名前で呼ばれる。
ー何を考えている。みんなそんな気持ちで言ったわけじゃないだろ。
急に頭が冷静になり、もう1人の俺が語りかける。
ーあぁ。その通りだよ。
そうだ。その通りだ。しかし俺は、俺は、
ーでも俺は、この名前で呼ばれたい。
もう返事はなかった。
かれこれするうちに家に着いた。ファンたちは遠目から見ているだけだ。
ドアを開けると母の声が聞こえた。
「おかえり、グレイ。」
なんというタイミングだろう!母は何か不思議な力でもあるのだろうか。息子が最高に欲しがっているタイミングで、その言葉を放ってくれた。
「グレイ、コーヒーあるわよ」
何度でも呼んでくれ。あぁ、グレイ、懐かしい響きだ。耳にしっくりくる。
家の外の群衆はいつの間にかいなくなっていた。
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前回のここの部分、最初の「の部分が抜けていたみたいです…ごめんなさい…