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学院の舞踏会


 学院には多くの行事がある。その中の一つが半年に一度開かれる舞踏会だ。皇城でも年に一度開かれている。その予行練習として、学院ではまだ未熟な学院生たちの学びの場の一つとして例年開催されていた。毎年、予算から準備手配までが学生会主導で行われる。今回に至っては、ほぼセインドゥールとヴェスティンの二人で行う羽目になった。余力を持って動いていたつもりではあるが、実際はほぼギリギリと言える。


「まぁ無事に開催出来ただけで御の字ってやつだろ」

「大分面倒ごとが多かったがな」


 全学院生が集うイベント。中にはこれを楽しみにしている学院生もいる。一部の学院生のために、これが開催できないという事態は避けたかった。そういう意味では、ヴェスティンの言う通り開催出来ただけでも十分だったのかもしれない。

 舞踏会が始まり、音楽に合わせて制服姿の男女がホール内で踊っていた。それを腕を組みながら壁に寄りかかりつつ見守る。皇城と違うのは、まさにこの服装の部分だ。卒業パーティーや、学院祭と呼ばれるお祭り騒ぎを除き、基本的に学院の行事は制服で参加することになっている。あくまで学びの一つを主目的としているからだ。だからこそ平民であっても怖気づくことなく参加ができるということもある。普段の学院生活であれば、身分におけるマナーも考慮しなければならないのだが、この舞踏会においてはそれもなくなる。つまり、下位身分の者が高位身分に当たる者に話しかけることも、ダンスに誘うことも出来るということだ。学びという点から、誘い方を含めて高位身分側が指導することも多いだろうと。


「とはいえ、流石に俺たちを誘う連中はいないか」

「知らん」


 男性から誘うのが基本なので、こちらから向かわない限りそれはあり得ないことだ。わかっていてヴェスティンも言っているのだろう。常識を学ぶ場で、非常識な行動をする学院生はどの代でもいる。


「それでも一度も踊らないというわけにはいかないんじゃない?」


 それも理解している。理解しているけれども、ここ最近の精神的疲労もあって、動く気にならないというのが正直なところだった。


「皇太子殿下、リアード公子様。ご挨拶に伺いました。本日までの執務、お疲れ様でございます」


 そこへやってきたのは学生会の手伝いをしてくれているルティアナだった。この舞踏会が終われば正式に学生会の会計として公表することになっている。侯爵令嬢としての洗練された所作は見事としか言いようがない。周囲もルティアナの動きに見入っているようにも見えた。


「こちらこそファレンティーノ嬢には感謝している。ここ数日は特に助かった」

「殿下のお役に立てたのでしたら光栄でございます。今後とも精進いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」

「あぁ、これからもよろしく頼む」


 焦がれるでもなく、ただ淡々とセインドゥールと接してくれる。学生会での作業を見ていても感じた。ルティアナは言われるがまま指示されるがままではない。感じたことや意見があれば臆することなく己の意見を発する。ヴェスティンに対してだけでなく、セインドゥールに対してもそれは変わらなかった。それだけでも稀有な令嬢だろう。


「ファレンティーノ嬢もまだ踊っていないんだろう?」

「はい」

「ならセインと踊ってきたらどう? セインもファレンティーノ嬢も、このまま一度もっていうわけにはいかないんだから」

「それならばお前が行って来たらどうだ?」


 ずっとセインドゥールに張り付いているヴェスティンとて同じ。暗に行ってこいと告げているのだが、ヴェスティンは肩を竦めて首を横に振った。


「俺よりセインのが先」

「……」


 その視線が逃げるなと言っているように見えて、セインドゥールは溜息を吐いた。まだ音楽は奏でられている最中ではあるが、それでも周囲の視線は完全にこちらに向いてしまっている。腕を解き、壁から離れるとセインドゥールはルティアナへ右手を差し出した。


「では少し付き合ってもらえるだろうか、ファレンティーノ嬢?」

「喜んでお供いたします」


 差し出した手にルティアナの左手が重ねられる。重なった手を軽く握り、セインドゥールはルティアナをエスコートする形でダンスの輪に加わった。中央付近まで移動すれば、中には足を止めてこちらを見てくる学院生たちもいる。


「面倒ごとに巻き込んで申し訳ない」

「構いません。私も一度は踊らなければと思っておりましたので、殿下からの申し出はとても有難く思っております」

「そうか」


 セインドゥールが手を離し、胸に手を当てる形でわずかに腰を折れば、ルティアナもそれに合わせるように制服のスカートの端をつまみ腰を落とす。これがダンスをする前の挨拶だ。再びセインドゥールが右手を差し出し、ルティアナがそれを取る。左手でルティアナの腰を抱き寄せるようにして近づけると、ルティアナも左手をセインドゥールの肩に乗せた。ダンスの最中はお互いの視線を合わせるのがマナーである。だが、これまでセインドゥールがダンスをしてきた相手とは視線が合ったことはなかった。だからなのか、きちんと視線を合わせてくるルティアナはとても新鮮だった。


「流石殿下です。リードがとてもお上手ですね」

「ファレンティーノ嬢も。踊り慣れているのがよくわかる」

「ありがとうございます」


 ターンをする際でも、ステップを踏んでいる時でもお互いに社交辞令の笑みを浮かべながら踊る。その視線を合わせながらというのは、模範的なダンスを踊っているように見えるだろう。そうして短くない時間を踊りきったところで、セインドゥールは嫌な予感がし反射的にルティアナを庇うようにして背へと隠した。


「こんにちは、お久しぶりですセインドゥール様」

「……」

「リリアナ、さん?」


 背中からルティアナがぽつりと呟く。その通りで、あろうことがセインドゥールに声を掛けてきたのは例の少女、リリアナだったのだ。


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