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閑話 経験を生かして


 学生会の手伝いをするようになって数日。ルナティアは今日もヴェスティンと共に学生会室へと向かう。ここへ来るまでの間、やたらと視線を向けられるのだが、表立ってそれを指摘してくる学生はいない。こういう時、身分というものは便利だとつくづく感じる。

 学生会室に向かう廊下。既に周囲に人影はない。学生会室に女子学生が入り、セインドゥールを襲ったことで、この辺りは立ち入りが制限されているのだ。この周囲は皇族を守護する騎士たちが守っている。つまりこの先にある学生会室には彼がいることを示していた。ルナティアとヴェスティンが咎められないのは、許可があるからである。ヴェスティンは顔パスだろうけれど、ルナティアは違う。まだ完全に騎士たちから信用は得られていないだろうということは、彼らから注がれる視線でわかっていた。彼らには聞こえてしまっているかもしれないが、それでも可能な限り小声で会話を続ける。

 ヴェスティンとルナティアの間には一人分の距離が空いている。お互いにそれが適度な距離なのだろう。ヴェスティンとルナティアはただ共有しているだけ。かつての己の世界を。


「ファレンティーノ嬢は平気みたいだな、こういう視線は」

「……私からしてみれば、全員が年下のようなものですから。それに職務を全うされている方について、それを非難するような真似はいたしません」


 それはヴェスティンとて同じだろう。否、寿命を全うしたという点においては、ヴェスティンの方がそう感じることは多いはずだ。彼には思い残すことなどなかったのだから。その点からしてルナティアとは違う。


「全員、ね……それはセインに対しても同じ?」

「……どうでしょうか」


 他の学生たちとセインドゥールを比較すること自体が間違っている。その年齢にそぐわない落ち着きぶりといい、セインドゥールには隙がない。精神年齢でいえば、ルナティアの方が年上だと思っている。だが、セインドゥールの方が年上なのではないかという錯覚を覚えてしまうことも少なくない。それほどに大人び過ぎているのだ、セインドゥールは。そもそもセインドゥールが感情論を振りかざす様相さえ想像できないけれど。


「上手くはぐらかしているようだけれど、それは違うと言っているのと同義だよ?」

「如何様にもお受け取りください。公子様からしてみれば、私も皇太子殿下も大差ないでしょう」

「さてどうだろうか」


 話しながらも柔らかな笑みを浮かべるヴェスティン。セインドゥールと行動を共にすることが多い彼だが、その物腰は柔らかく、誰に対しても紳士的に接することで有名だ。セインドゥールが関わる時だけ苛烈になる部分はあるけれど、それさえも好意的に受け入れられている。


「君を選んで良かったよ。色々と当たりが厳しくなると、女子学生にはきついものだとは思っていたから」

「学生会に入りたいと希望するご令嬢は沢山おりますから。それもこれも、皇太子殿下が滅多に授業においでにならないからかとは思います」

「その原因の一つがその学生会なのだけれど……あいつには公務もあるから、学生会の件がなかったとしても、どれだけ足を運べるかはわからないか」


 貴族令嬢としての教育を受け、帝国の歴史を学び、この世界について知る。人族の国として唯一である帝国には多くの人たちが暮らしており、それを束ねているのが皇族だ。筆頭は当然皇帝だが、それに次ぐのが皇太子。一部では、既に半分の公務を担っているという噂も耳にする。それだけの実力があるからこそなのだろうが、加えて学院のこともしなければならないというのは流石に働きすぎだ。前世でいえば、まだ高校生程度の年齢で、まだまだ遊びたい盛りだというのに。


「私でできることであればお手伝いいたします。せめて学院のことだけでも、負担を減らして差し上げられるのであれば」

「君ならばそう言ってくれると思っていた。良識ある令嬢は他にもいるだろうけれど、一気に人を増やすわけにはいかないから」

「承知しております」


 他愛ない話をしながら学生会室へと到着する。施錠されている扉を開けて二人で室内に入ると、セインドゥールが作業をしていた。騎士たちがいるのだからわかっていたことだが、隣にいたヴェスティンがどこか安堵したような息を漏らしたのをルナティアは見逃さなかった。


「今日もお疲れ様、セイン」

「あぁ」

「それで、今日も何か追加されたわけ? 陛下から」

「さぁな」


 顔を上げることなくセインドゥールの視線は書類へと注がれていた。これも見慣れた光景となりつつある。気にせず話をしている二人から離れて、ルナティアはお茶の用意をしていた。

 学生会室にはいくつかの茶葉が用意されている。昨年までは適度に使われていたらしいが、今年に入ってはそれもなかったらしい。やる人も、そんな時間もなかったからだと。適度な休息は必要であることは、かつて働いていた経験があるルナティアにはよくわかっていた。茶器は置かれていたものを、茶葉は新たに取り寄せたものを使う。手配をしたのはルナティアだ。今の実家では、厨房に入ることも、こうして茶器を使って紅茶を淹れることさえしたことはなかった。それは侍女の仕事であり、侯爵令嬢であるルナティアが行うことは、彼女たちの仕事を奪うことだったから。しかし、ここには侍女はいない。ならばとルナティアが率先してやるようになったのだ。


「どうぞ、皇太子殿下」

「……ありがとう」


 机の上にカップを差し出す。そうすれば、セインドゥールも手を止めてカップを手に取ってくれるのだ。まだセインドゥールの好みは手探りの状況だった。彼は不満を言うことはない。好みを口にすることもない。ただ礼を言うだけ。だから観察するしかないのだが、あまり変わらない表情から判断することはさらに難しい。


「公子様も宜しければ」

「ありがとう。ファレンティーノ嬢は紅茶を淹れるのも上手だな。セインもそう思うだろ?」

「……あぁ」

「恐れ入ります」


 当初は侯爵令嬢がどうして紅茶を淹れられるのかと訝しんでいたセインドゥールだったが、今は認めてくれているらしい。あまり邪魔をしてはいけないと、ルナティアはそこから離れて自分用のお茶を新たに用意すると、用意された机に座った。

 ここにルナティアがいるのは、学生会の手伝いをするため。用意された書類と資料、それを照らし合わせながら何が必要なのか。調整が必要なのかと、そもそも不備はないのかを確認していく。最終的に会長であるセインドゥールの承認は必要だが、事前に諸々の確認をすることで各自の負担を減らすことができる。社会人として生きた経験があるため、特に数字関係には自信があった。近日中に開催される舞踏会についても収支報告書が上がってきている。昨年、一昨年の資料と比較し、頭の中で計算を繰り返しながらルナティアは目の前の書類に集中するのだった。





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