異母弟との邂逅
この日もセインドゥールは昼を過ぎてから学院への登校となった。馬車を降りると、己の教室ではなく学生会室へと向かう。それも最近では日常となりつつある。むしろ最後に教室へ入ったのが随分昔に思えた。
学生会室に向かうならば、通常の玄関から入るよりも西側にある別の玄関から入った方が近い。加えて他の学生たちに会わずに済む。と、西玄関へ向かっていると、前方から黒髪に薄い紫色の瞳を宿した男子学生が近づいてくるのが見えた。他に二人同行者がいるらしい。授業中だというのにこの場にいるということは、授業をさぼっているということだろう。半ば癖になりつつある溜息を吐きながら、セインドゥールは足を止めた。すると、向こう側も足を止める。
「兄上、随分と遅い登校ですね」
「おかげさまでな」
「僕たちがいなくなって、学生会も大変だと聞きました。授業に出ることもままならないということは、それも本当なのでしょう?」
それが一体どうした。特に肯定も否定もせず、セインドゥールはただ相手をじっと見つめていた。目の前の男子学生はクロフォード・フォルク・ディリアス、父親は同じだが母親が違うセインドゥールの異母弟。柔らかな笑みと物腰もあり、特に女子学生からは慕われていると聞いている。どこか近寄り難い雰囲気をもつセインドゥールとは正反対だと。これまでクロフォードへの評価はあくまで周囲から聞かされたものだった。学院に入るまでまともに会話したことなどほとんどないのだから当然だ。学生会で関わりその性根にも触れたが、周囲からの評価そのまま、というのがセインドゥールからみたクロフォードである。
そんなクロフォードの左右を固めているのは、伯爵令息と子爵令息。クロフォードの同級生だ。いつも連れ歩いているというのが彼らなのだろう。そんな風に吟味をしていると、何を勘違いをしたのかクロフォードが口角を上げて意気揚々と語りだす。
「兄上がどうしてもと仰るなら、この僕がもう一度学生会で力を貸して差し上げますよ。いずれにしても、兄上が卒業した後は僕が会長になるのですし」
「……」
「あぁ、そうであればこの二人も一緒にお願いしますね。将来、僕の傍にいることを決めているんです。いかがでしょう?」
さほど会話をしたこともない異母弟。半分でも血が繋がっているはずなのだが、何故だろうか。あまり会話をしたいと思える人種ではない。学生会として共に居た時間もあったはずなのに、どうしてここまで高慢な態度を取れるのだろうかと、逆に不思議に思える。
「そうだ、であればリリアナの接触禁止というのもそろそろ解除してあげてください。あの子は僕にとって大切な子なんです。お願いします、兄上」
そう口を開きながらクロフォードが近づいてくる。そのまま肩へと手を伸ばされた。セインドゥールは触れられる前にその手を払いのける。
「な、兄上っ」
「気安く私に触るな」
いつになく低い声色が出た。クロフォードの顔色が変わるのがわかる。この程度のこと、セインドゥールとクロフォードのような異母兄弟関係であればさして珍しい光景でもない。だがクロフォードはそうではないのだろう。手を振り払われたことなどなく、側妃である母親からもあしらわれたことだってないのかもしれない。だからこそ、父親が同じだけのセインドゥールにも馴れ馴れしく接してくるのだ。
「兄上!」
「……お前に皇族としての誇りがあるのなら、もう少しマシな成績を取れ。それさえできない奴に、学生会などできるわけがない」
吐き捨てるように告げて、セインドゥールは足を動かした。クロフォードの成績は下から数えた方が早い。入学当時はそこそこの位置にいたのだが、それ以降は下がるばかりだった。それでもいいと本気で思っているのであれば、ただの愚か者でしかない。左右の二人の方がまだ優秀だった。あくまで成績だけの話であり、当人たちがどう考えているかはわからないが。セインドゥールに声を掛けなかったということは、ある程度の分はわきまえているのだろう。異母弟と共に行動する人間であれば、多少なりとも調査をすべきかもしれないが、今はそんな余力はない。否、そうではないのだ。そこまでのことをクロフォードに期待してもいないのだから。
「どれだけ甘やかして育てられたのか……」
学生会室へ入り一人になったところで、思わず本音が出てしまう。トップクラスの成績であることだけが全てではない。うまく人を扱うこととて、重要なことだ。それが出来るのであれば、当人の知識が追い付かなくともうまく学生会を動かすことも可能である。だがクロフォードの様子を見る限り、それ以前の問題な気がしていた。とはいえ、皇族が在籍しているのにも関わらず、別の人間に学生会長をさせることも難しい。そもそも成り手がいないだろう。
そこまでセインドゥールが考えるべきことではないのかもしれないが、どうしても考えてしまう。問題しかないからこそ余計に。
「次から次へと……くそっ」
悪態を吐きながらセインドゥールは座り、机の上にある書類に目を通し始めた。今は目の前にあることを捌くのが先だ。そう頭を切り替えて。