学院での邂逅
それから数日は、特に皇帝からの動きは感じられないまま過ぎた。あれがただの見栄だったのか。本気だったのかはまだわからない。ただ宰相をはじめとした文官らが、皇帝を支持するとも思えなかった。かといってどう諫めるのかも見当がつかない。それはセインドゥール自身が皇帝の人柄も、その性格もわからないからだ。わかっていても近づきたいとは思わないため、堂々巡りとなっていた。
「セインドゥール様、何かあったのですか? 本日は随分と溜息を吐かれておりますが」
「……大して変わりない」
「いや、今日は特に多いと思う。セイン、何かあったんだろ?」
ルナティアだけでなくヴェスティンにさえもそう言われてしまう。意識してではないため、無意識にそうしてしまっているのだろう。
学院の学生会室。特に招集をかけたわけではない。ヴェスティンはともかくとしてルナティアまでもが来ていたことに驚いたのはセインドゥールの方だ。
「何でもないんだ。ただ……面倒な奴が出てきただけで」
「面倒、ですか?」
「あー……」
全く想像もできずに首を傾げるルナティアと、心当たりがあるように天井を仰いだヴェスティン。それだけで伝わるということは良いことなのかはおいておくとして、それも今更なのだろう。
「陛下か?」
「あぁ」
「珍しいな。いつもなら相手にしないのに」
「呼びだされれば俺とて無視はできない」
用がなければ呼びだされはしない。それが公務に関する可能性もあるから応じてはいる。そういう意味だと、今回のは公務ではなかった。かといってセインドゥール自身に用事があったというわけではなく、皇太子という駒に対しての不満といったところか。
「大人しい駒でいてほしいんだろ。自分の思うところと違う動きをすれば気になるといったところか」
「セイン」
「気にしていたことには驚いたがな」
「……」
事実を言ったまでなのに、ヴェスティンは目を吊り上げて怒っていた。声を荒げないだけ我慢している方だ。今更怒ることでもないというのに。
「別にいい。何を言われようと俺は変わらない。あいつがそういうつもりならそれでもいい」
「何を言われた?」
「さぁな」
そうはぐらかせばヴェスティンはセインドゥールの正面に立った。机を挟んではいるものの、その表情からは圧を感じる。
「お前は知る必要がないことだ。それにどう動かれたところで、俺にとっては大したことじゃない」
「その割には疲労を滲ませているじゃないか」
「この程度嫌がらせにもならんがな」
動きはない。だが確実に増やされたものがある。これまで以上にセインドゥールに執務を回してきたのだ。だとしても、問題なくこなせる範囲のもの。皇帝がセインドゥールをどう評価しているのかはわからない。この程度で弱音を吐くと思っているとしたら、それはそれで面白い。
「あの……口を挟んで宜しいですか?」
「何だ、ルナティア?」
「皇帝陛下がセインドゥール様に無理難題を仰った、という解釈であっていますか?」
「違うな」
無理難題を吹っ掛けられてはいない。学院の作業がなければ、すべてを回されたところでセインドゥールからしてみれば、難題とはいえない。いざとなれば優秀な文官たちもいる。ゆえに皇帝がセインドゥールにとっての無理難題など吹っ掛けることなどできないのだ。
「では何をされたのですか?」
「それを気にするなと言っているんだが?」
ヴェスティンとの会話はそこで終わっている。その先は教えられない。教えるつもりもない。セインドゥールはそういっているのだと。ヴェスティンが納得していないだけで。
「セイン、お前ーー」
「皇太子殿下、そろそろお時間です」
「わかった」
あらかた今日の想定のところまでは終わった。手を置き、セインドゥールは立ち上がり帰り支度を始める。
「セイン、話はまだ終わってない」
「ここから先は皇族同士の話だ。いくらお前でも口を挟めはしない」
「けどな!」
「何を言われようと、何をされようとも、今更俺には関係がない。あいつらは血の繋がっただけの他人だ」
帰り際にセインドゥールはヴェスティンの肩を軽く叩く。大丈夫だと告げる代わりに。今のセインドゥールは幼い子どもではないのだから。
「ルナティアも、またな」
「は、はい」




