新たな学生会メンバー
それから三日後。相変わらず授業には出ずに、セインドゥールは学院へ来るとそのまま学生会室へ直行した。といっても、時刻は既に昼を過ぎている。午前中は公務があり、皇城に詰めていたのだ。
肩を回しながらも学生会室の中に入ろうと鍵穴に鍵を差し込む。差し込んだ瞬間にわかった。鍵が開いているのだ。この時間、まだ授業中であり学生会室を使うのはセインドゥールを除けばヴェスティンしかいない。セインドゥールが扉を開けて中に入ると、そこには一人の学生が机に座り何かの作業をしていた。ヴェスティンではない。令嬢だ。
扉の音に気が付いたのか、その令嬢が振り返る。金色の長い髪がサラリと流れ、前髪の隙間からは碧色の瞳がセインドゥールを捉えた。
「君は確か……」
何かを告げる前に令嬢は静かに立ち上がると、制服のスカートを軽く持ち上げるようにして腰を落とした。と同時に頭を下げる。
「ご挨拶が遅れました。ご機嫌麗しゅう存じます、皇太子殿下。リアード公子様からここで待つようにとご指示があり、待機しておりました」
「ヴェスティンの指示ならばいい。顔を上げてくれ、ファレンティーノ侯爵令嬢」
「ありがとうございます」
顔を上げて笑みを浮かべたのは、ルティアナ・フォン・ファレンティーノ侯爵令嬢だ。何度か茶会やパーティーでも顔を合わせたことがある相手であり、付き合いがあるわけではないが顔見知りではある。セインドゥールと同じ二年生であり、成績はヴェスティンに次ぐ優秀さだ。机の上にあるものは作業中かと思ったが、教科書とノートだった。
「授業はどうした?」
「自習となりました。先ほどまで公子様も一緒におりました。すぐにお戻りになると、少しだけ席を外しているところです」
「そうか、わかった」
すぐに戻ると言うのならば、後はヴェスティンに聞けばいい。セインドゥールは頭を切り替えて、己の机に向うとすぐに作業を開始する。とそこで勢いよく扉が開かれる音がした。ちらりと視線だけを向ければ、そこにいたのはヴェスティンだった。
「セイン、直接こっちに来るならそう言え! なんのための護衛だ!」
「授業中のお前を呼びだしてまでする必要はない。他の騎士だっている」
「あぁいえばこういう……ほんと、そういう奴だよなお前は」
「迎えに来てくれたのか?」
「あぁそうだよったく」
「それは悪いことをした」
頬杖をついて口角を上げる。ヴェスティンはわざとらしく息を吐くとその場に座り込んだ。
「それで、ヴェスティン。事情は説明してくれるのか?」
「あぁ。この前の話、第一候補だけどファレンティーノ嬢を会計にしようと思ってる。お前とも顔見知りだし、母からの保証付きだ」
「リアード夫人からか。それは頼もしいな」
「構わないか?」
ルティアナを学生会に入れても問題ないかということだろう。この件はヴェスティンに任せたこと。彼が良いと思ったのならばそれでいい。セインドゥールはルティアナへと視線を向けると、笑みを向けた。
「ヴェスティンからのお墨付きならば私は構わない。ファレンティーノ嬢、どうかよろしくお願いする」
「こちらこそよろしくお願いいたします。精いっぱい、務めさせていただきます」
「作業とかは俺の方で引き継ぎをしておく」
「わかった、任せる」
こうして学生会のメンバーは三人となった。一人増えた程度では大差がないと考えていたが、思いのほかルティアナはうまく動いてくれていた。最終的な決定権は当然学生会長であるセインドゥールにあるのだが、その前の時点で色々と動いてくれるのは助かる。そのお陰なのか、あの連中がどれだけ時間を無駄にしていたのかがよくわかった。ルティアナ一人だけで、あの三人分の働きをしてくれるのだから。
「ファレンティーノ嬢、そういえばさっき絡まれていたみたいだけど、問題なかったかな?」
「問題ありません。リリアナさんから、よくわからない言葉を言われただけですから」
ヴェスティンとルティアナの会話を聞き流していたセインドゥールだったが、リリアナという名前を聞き手を止める。ここへの立ち入りはもちろんのこと、セインドゥールとは接触しないよう告げられている。現時点でそれは守られているようだが、あまり授業に顔をだしていないためか、他の学生たちへの影響までは把握できていない。
「ファレンティーノ嬢に害はなかったのか?」
「私は大丈夫です。言い掛かりと言っても、私が学生会に入るはずはないと、どんな手を使ったのかと問い質されたくらいですから」
リリアナがルティアナが学生会に入ることはあり得ない。汚い手を使ったに違いない。自分とて入りたかったのにと言っていたらしい。
「バグだなんだと言われましたが、私はリアード公子様の指示を受けて、お手伝いをしているとお伝えしました」
「それで彼女はなんと言っていた?」
「公子様は私を嫌っているはずなので嘘を吐くなと言われました」
「そうなのか、ヴェスティン?」
「嫌ってないって。ってわかって聞いてるだろ」
そもそも嫌っていたらここに連れてくることはしない。当然、セインドゥールは知っている。ヴェスティンは好き嫌いが激しかった。昔は特に。いつからなのか、突然そんな雰囲気が変わり、セインドゥールとも距離が近づいた。物心ついた時には傍にいた幼馴染ではあるけれど、当初はセインドゥールとも仕方ないから一緒に居たと言う程度だったはずだ。
「ファレンティーノ嬢、どうしてヴェスティンが君のことを嫌っていると彼女は言っていたのだと思う?」
「……リリアナさんが言うには、公子様は人嫌いだからと」
「……」
その言葉に、セインドゥールは寒気が走った。同じようなことを、かつてセインドゥールも感じたことがある。だがそれを、どうしてこの学院に来てから出会ったはずのリリアナが感じるのだろう。
「気味が悪いな」




