後始末とそれから
学生会室への件は、皇太子への傷害未遂ということで処理をした。学院に通うことは可能だが、セインドゥールへの接触は禁止されている。学生会室への立ち入りを許可したのは、元学生会の連中だったため、彼らも合わせて処分させてもらった。当然、今後の学生会室への立ち入りは禁止され、皇太子の側近となる道も絶たれた。
「はぁ……それでも状況はあまり変わっていないな」
「邪魔者がいなくなったという点では、大分マシにはなった気はするけど。人手不足は否めないか」
「あぁ」
机に肘を突きながら、セインドゥールは頭を押さえる。結果として現在学生会に所属しているのは、セインドゥールとヴェスティンの二人。学院に通学している学生は、五百人近くにも上る。帝国内にいる令嬢令息を含め、特待生制度を利用している平民や富裕層の平民など、その半分以上はこの学院に通っているとも言われていた。それくらいの人数を誇る規模の学院だ。学生会が抱えるものも必然と多くなる。だというのに、作業をするのが二人だけというのは異例過ぎた。
「セイン、お前は帰ったら公務もあるだろ? 大丈夫か?」
「それはお前が気にすることじゃない」
「……セイン」
「頭が痛いのはむしろこっちの方だ……下手に学生会の権限を広げてしまった結果ともいえるが、今回に限っては運が悪かったとしか言えないな」
教師陣が行うのは授業がメイン。それ以外の学院の運営にかかわる半分は学生会に権限がある。そうすることでのメリットは、教師陣にもあるのだろう。余計なことを考えず、授業や己の研究に時間を注ぐことができる。ここの教師陣は研究者と兼任している者が多いことと、学生会に所属する者たちに経営や上に立つ者としての経験を与えるという双方の利を踏まえた上での結果らしい。とはいえ、現状については負担が大きすぎるのも事実だった。
「今後のことを考えると、あいつ……クロフォード殿下くらいは残しておいた方が良かったんじゃないか?」
「あいつが戦力になると思うのか?」
「思わねぇけどさ。お前が卒業した後のことを考えると、一年からも一人くらいは入れておかないと苦労することになる」
ヴェスティンが言うクロフォードというのは、セインドゥールの異母弟に当たる。皇后からではなく、側妃から生まれた一つ下の弟だ。弟といっても、セインドゥールからしてみれば父親が同じというだけでしかない。共に過ごした時間はほとんどなかった。特に情があるわけでもない。学院の成績からして、あまり優秀ではないということは知っている。加えて入学してから学生会に来て数回の作業を見た限りでは、時間もかからずにできる作業には手を出すものの、時間がかかることや複数の調整が必要なことなどは後回しにし、結果としてセインドゥールらがその後始末に追われた。新入生だからと甘やかしていたことは否定しないが、たった二か月程度ではどうしようもなかった。
新入生が入学してきてから、まだたった半年ほどしかたっていない。その半年でこの様だ。原因が女絡みというのがまた厄介だった。女にかまけて、本来やるべきことをおざなりにする。本格的に側近と指名する前にわかって良かった、というべきなのだろうが、それを素直に喜べないのもまた事実だ。
改めて置かれた状況にセインドゥールは何度目かわからない溜息を吐いた。そうしていると視線を感じ、セインドゥールは書類から顔を上げる。作業をしながらの会話だったはずだが、いつの間にかヴェスティンは手を止めてセインドゥールをじっと見つめていた。
「ヴェスティン?」
「心配してんだよ、俺は。皇帝陛下からも公務だなんだって押し付けられてるのに、こっちでもやることが多くなって、授業だってまともに出れてないんだ」
「別に出なかったところで困らないさ。そういう意味では融通を利かせてもらっている」
むしろ出る必要性を今は感じない。否、この数か月で割り切ってしまったと言った方がいいだろうか。本来ならば、学院である程度の人脈をつないでおく方がいい。皇太子として親世代や祖父世代との関わりは築いてきている。逆に同年代の関わりはそこまで多くない。学院にいる間でも、繋がりを持つことは大事なことだ。それはセインドゥールだけではなく全員に言えることだろうが、それを面倒だと感じてしまうくらいにはセインドゥールも先の件で疲労感を抱いてしまっている。
「そりゃ常に首席を取っているんだから教師たちだって文句はないだろうけど……」
「既に籍を失くしたとはいっても、最初にあいつらを学生会に選んだのは俺だ。その責任は俺が負うべき、それだけの話だ」
側近選びも一からやり直しとなる。ヴェスティンは元々護衛も兼ねて傍にいるし、幼い頃からの付き合いで側近となることは確定していた。それでもヴェスティンだけに、皇太子の側近という重荷を背負わせたくはないし、そのつもりもない。けれどこの帝国を一人で抱えていけると思えるほど自惚れてもいなかった。だからこそ必要なのだ。能力があり、それでいてこの帝国を共に支えていくことのできる者たちが。
ヴェスティンの視線から逃げるようにしてセインドゥールは再び書類へと目を落とす。内容を確認し最後に署名をしたところで、ドンと机に手を置かれた。誰かなど確認するまでもない。ヴェスティンだ。仕方なしにペンを持ったまま顔を上げれば、不満そうな表情でセインドゥールを見下ろしている。
「なぁセイン、それでも学生会に人員は必要だ。夏季休業に入る前に、せめてあと三人」
「役員という意味合いなら、最低限はそのくらいか」
「……女が入っても構わないっていうなら、そのくらい俺が動く」
女、特に貴族令嬢の学生会入りは避けていた。その理由は、セインドゥールに婚約者がいないからでもあるし、作業中に露骨なアピールなどをされても邪魔でしかなかったから。
今の帝国では幼い頃からの婚約ということに懐疑的だった。家同士の繋がりを約束すると言う意味では婚姻によって得られることは多い。だが、幼い頃から縛り付けることがどれだけ意味のあることなのか。幼い頃は神童と呼ばれていても、成長するにしたがってそうではなくなることもある。逆もまた然りだ。その者の素質も成長してからでなければ判断はできない。だからこそ、早いうちの婚約は推奨されていなかった。
セインドゥールも、学院を卒業してからだと言われている。候補者から選ぶことになるのだろうが、そこにどれだけセインドゥール自身の意志が考慮されるかはわからないが、まだ決まっていないことは帝国の誰もが知っていることだ。そんな中でセインドゥールが所属する学生会に、爵位を持つ学院生を選べば、それを良い機会だと勘違いする人間が出ないとは限らない。
「そうは言っても、四の五の言っている場合でもないか」
「全員が全員そうじゃないさ。だからその辺りは俺に任せてくれ。そこまでお前に負担を掛けられない」
人選を含めて任せてほしい。その言葉は正直に言えば有難いものだ。確かに今のセインドゥールにはそこまでの余力はない。他の誰でもない、ヴェスティンからの提案だ。それならば信頼できる。セインドゥールは頷いた。
「わかった。お前に任せる」
「おう」




