友人の企み
「それで、お前はどういうつもりだ?」
「どういうつもりもなにも、ただいい機会だと思っただけだ」
学院から皇城へ、皇太子の執務室にヴェスティンを伴いながら帰ってきた。何を言われるかなどヴェスティンにもわかっていただろう。さも当然だという風に話す。執務室にあるソファーに向かい合う形で座り、ここまで来た護衛たちには人払いを頼み追い出した。この場には二人だけしかいない。
「それに、セインも俺に何か話があるんじゃないか? 舞踏会の日、あれから戻ってこなかった理由をまだ聞いていない」
「全部押し付けた形になったのは悪かったが、すべて終わった後だ。俺がいなくとも問題はなかった」
「けれど、セインのことを待っていた学生たちだっていたことも知っているだろ?」
問題はなかったが、授業にだって滅多に姿を現さない皇太子と関わりを持ちたかった学生もいたはずだ。その通りではあるけれど、あの状態で舞踏会場へ戻ることなどできなかった。己を取り繕うことさえできなかったのだ。顔を合わせれば、ヴェスティンにも気づかれてしまっていた。だからこそ戻らなかった。
「戻ってこなかったのは、戻ってこれなかったから。それくらいは気づく。でも俺にはちゃんと言っておくべきだったはずだ。学院内では、俺はセインの護衛も兼ねている。授業中は仕方ないとして、行事ごとでは俺を巻くのだけはやめろって言ってるよな」
授業に出ていないセインドゥールを護衛することはできない。しかしセインドゥールの護衛はヴェスティンだけではなく、他の騎士たちもいる。少し距離を取っているが、常に騎士たちが見守っているのだ。ヴェスティンのようにすぐ傍ではないとはいえ、学院内ではそれくらいで十分だろう。ヴェスティンはそれが気に入らないようだが。
「あの場にお前を置いておいたのは、クロフォードとあの女の監視もあったから。俺を守るよりも、そっちの方が重要だったと言うだけの話だ。今は学院内も落ち着いてきている。ずっと俺の傍に張り付いている必要はない」
「それはそうかもしれないが……」
納得はしていない。そう顔に書いてあった。そんなヴェスティンにセインドゥールはわずかに口元を緩ませる。納得できていない理由がセインドゥールを案じてくれているからだということはわかっていた。他の誰よりもセインドゥールを最も心配をしてくれているのはヴェスティンだ。ゆえに、あまりにも傍で縛り付けるのも良くないと考えていた。決して言葉にはしないけれど。
「それはいいとして……話を戻すが、ファレンティーノ嬢を連れて行きたいのは他にも理由があるんじゃないのか?」
「全然よくないけどな」
大きく溜息を吐きながらヴェスティンは立ち上がった。
「俺にとって幼馴染はお前だけだが、ファレンティーノ嬢も一応色々と付き合いはある。なんていうか、やりたいこととかも我慢している様子はお前にも似ているから、ちょっと手を貸してやった方がいいかと思ったんだ」
「それがノーアへの同行か」
「ファレンティーノ嬢は、他種族にも興味を持っている。帝国貴族であれば、直に触れる機会を持つことは悪いことじゃない」
尤もらしいことを言っているようではあるが、別にそれは視察に同行せずとも可能なことだ。ゆえにそれ以外にも含んでいることがあるのだろう。
何を考えているのか。探るようにジッとヴェスティンを見つめれば、彼は肩を竦めて背を向けると、執務室の扉の方へ歩いていく。そのヴェスティンの表情は、どこか遠くを見ているようだった。時折そんな顔をする。この時のヴェスティンのは同じ年であるはずなのに、まるで年上のようにも見えた。
「ヴェスティン、時折お前が何を考えているのかわからなくなる」
「それだけはセインに言われたくない」
「……」
「じゃあ俺は帰るが、ちゃんとそれには目を通しておいてくれ。じゃあな」
そういってヴェスティンは出ていった。結局、その意図はつかめないまま。ただ、ルティアナを連れいったとしても邪魔になるわけではない。行動を共にする必要もなく、同行といってもついでに連れていく程度だ。
「考えても仕方ないな」
既に同行は承諾済み。ルティアナが共に行くのは決まっている。その理由を考えたところでさして意味はない。ヴェスティンが何を考えて居ようとも、それがセインドゥールにとって悪いことじゃないことだけは確かなのだから。
気持ちを切り替えるようにして、セインドゥールは皇城に来る前に渡された資料を広げた。ヴェスティンから渡されたもので、その内容は学生会の候補者をまとめた資料だった。資料に書かれているのは三人分。一人は二年、他二人は一年だった。三人ともが女子学生である。
二年の一人はフィーリス・フォン・レムナント。子爵家の三女で、ルナティアとは親しい間柄らしい。あのルナティアと友人であり、ヴェスティンが推薦をしてくるのであれば特に反対する理由はない。
一年の二人は、タージャ・フォン・イルティリス、カリン・トリシャと書いてあった。タージャは公爵令嬢で、セインドゥールとも何度か会ったことがある。問題はもう一人だった。
「カリン・トリシャ……貴確か平民の中じゃあの女に次ぐ成績だったはずだが……」
成績だけでみれば、タージャよりも上位だった。とはいえ、タージャには公爵令嬢という肩書がある。良くも悪くも身分では不満は出ないだろうが、カリンは別だ。ヴェスティンが二人を提示してきたというのならば、どちらかではなく両方をという意味だろう。リリアナが大人しくしているのであれば大した問題にはならないと思うが……。
「だから狙ってるとしか思えないんだよ、ヴェスティン」




