舞踏会を終えて
セインドゥールの一人称、素は「俺」ですが、外向けでは「私」になります。
今のところ、ヴェスティンと二人だけとなる時以外では「私」です。
舞踏会が終わってから数日が経過した。学院は直に夏期休業を迎える。夏期休業の間は学生会よりも公務を中心に動くことになるが、時間が空いたら遅れている作業を終わらせておく必要はありそうだ。なんとかその間に、本来の学生会の状態へと戻しておきたい。
学生会の現体制は、会長がセインドゥール、副会長がヴェスティンで、会計がルティアナ。正式に学生たちへも公表した。あとはせめて今年の内に、一人は一年から学生会に入れたい。クロフォードを入れるという選択肢はもはや存在しないので、それ以外からということになる。ヴェスティンに一任はしているが、現段階で何も言わないということは提案できるところまで来ていないのだろう。彼としては夏期休業に入る前に、人員を揃えたいらしいが。
「そういえば、今年はどこの視察に向かうか決まってるのか?」
いつものように机の上の書類をさばきながら人員について考えていると、突如としてヴェスティンがそんなことを聞いてきた。セインドゥールは公務の一つとして、夏頃に遠方への視察を行う。ちょうど夏期休業が始まった頃に向かうことになっていた。
「……レスタンス本部だ。東部のノーアに向かう」
帝国の東部にある大きな都市であるノーア。そこにはレスタンスと呼ばれる商会組合の本部が置かれていた。商会組合というのは、その名の通り多くの商会を束ねている組織だ。そこに所属する商会は皇都にも多数存在し、皇都にはレスタンスの支部も置かれている。本部に顔を出すのは、三年ぶりだ。
「本部って、またセインが行くのか? 皇帝陛下じゃなくて」
「向こうがそう指名してきた」
視察の候補はいくつかある。その中の一つがノーアだった。視察についての調整をしていると、向こう側がセインドゥールを指名してきたのだ。皇帝である父も特に行きたいという想いがあったわけではなかったため、指名するのであれば応じるということになった。
「……東部側について、皇帝陛下はもうお前に任せてそうだな」
「別に構わないさ。西部に全く行かないわけではないし、各地の領主とは連携を取っている」
実際にこの目で見る機会はそう多く取れない。出来る限りということにはなってしまうが、皇帝よりも皇太子であるセインドゥールの方が視察に向かうならば適任なのも確かだ。
「ノーアは皇都よりも多種多様の種族が集まっている土地だ。そういう意味では、父が行くよりはいい」
「確かにそうだな」
ヴェスティンと会話をしていると、静かに作業をしているルティアナが視界に入った。ノーアの名を出した時に一度手が止まっていたが、今はそんな素振りを見せないようにと手を動かしている。気が付けばセインドゥールは声に出して尋ねていた。
「ファレンティーノ嬢は、ノーアに興味があるのか?」
「……何故、そう思われたのですか?」
声を掛けられれば答えないわけにはいかない。ルティアナは顔を上げる。どこかその声に喜色を感じた。やはり見間違いではなかったのだろう。
「私たちの会話に反応をしていたからな」
「よく、見ていらっしゃるのですね」
「気に障ったならすまない。癖のようなものだ」
「いいえ。気にしているわけではありませんので大丈夫です」
一挙一動を見ているわけじゃない。ただ話をしているだけでも、常に周囲を気にするようにしている。そうやってこれまで生きてきたので、最早治すことなどできない。口に出すことは滅多にないし、ヴェスティンならば知っていることなので、本当に気が付いたら尋ねていただけだ。
「興味があると言われれば、そうかもしれません。私はそれほど皇都から出たことはありませんから」
「そうか」
「噂には皇都に引けを取らないほど賑やかな都市であると聞いております。人族以外の方々も多いと」
この世界で国という形をとっているのは帝国のみだ。人族以外というのは、獣人と呼ばれる存在。外見的特徴が違うため、見ればそれだとすぐにわかる。獣人という言い方をしているが、その姿は同じというわけではなく個々で違う。
「セイン、今回の視察にファレンティーノ嬢を同行させてみないか?」
「……ヴェスティン」
何を言い出すかと思えばと、セインドゥールは深く息を吐く。
「どうせお前は視察中でも、こっちの作業を持ち出すんだろ? ならファレンティーノ嬢もいてくれた方が色々と便利だ。それにパーティーがあれば、パートナー役だって頼める」
「今までもそれを求められたことはない。一人で充分だ」
それがルティアナの同行拒否を示していることはヴェスティンにもわかっているはずだ。だがヴェスティンは不敵な笑みを浮かべながら、セインドゥールの下へ来ると机の上に手を付くようにして見下ろしてくる。
「一番時間がかかっていた会計作業全般を引き受けてくれただけで、お前の負担も大分減っただろうし、少しくらいはファレンティーノ嬢に何かしてやってもいいだろ」
「……」
ヴェスティンの言葉を否定することはできない。会計作業の負担が大きかったのはその通りだし、それをルティアナが引き受けてくれたことには感謝している。要するにヴェスティンはルティアナを連れ出してほしいのだろう。ノーアに興味があるけれど、そう簡単に侯爵令嬢が出かけられる場所ではないからと。
「ファレンティーノ嬢は行きたいか?」
「……皇太子殿下のご迷惑になりますので、私のことはお構いなく」
「そういう建前はいい。君が行きたいかどうかを聞いている」
セインドゥールが皇太子だからとか、ルティアナが侯爵令嬢だからではなく、ルティアナ自身が行きたいかどうか。それを聞きたい。
「行きたいか行きたくないか。それだけ答えてくれ」
「その二つを提示されてしまいますと、行きたくないとは申し上げられません」
「だってさ」
「わかった」
皇太子の視察に同行というよりは、学生会の名を使った方がいい。その方が色々と面倒ごとが少なくなる。
「夏期休業が始まってから一週間後。それ以降の予定はあけておいてくれ」
「ありがとうございます。そのように調整しておきます」
「頼む」




