下手くそな消防士!?
翌朝健太はスマホの着信音で目を覚ました
「誰だよー朝っぱらから!?」
スマホの画面には「リリーフアニマル代表」の文字が表示されていた
健太は少しドギマギしつつも意外な時間の着信に応答した
「もしもし、おはようございます」
呑気な健太の応答に美晴は
「夢原さん大変な事になってますよ!!!」
柄にも無いやや大きな声を出す美晴に圧倒され健太は聞き返した
「一体どうしたんですか?」
「その様子だとまだ見てないんですね、ボクイヌの公式Xすごいことになってますよ」
「え???」
慌ててPCを立ち上げ美晴の言葉に耳を傾ける
「おそらく山室さんが炎上騒ぎをどうにかおさめようとやったのだと思うのですが…」
ボクイヌ公式Xに新たな動画が投稿されていた、健太がPCでクリックするとちょうど健太が
檻の閂を引き中に入る場面から始まっていた
「あ、これってまさか、、、」
「そうなんです、山室さん夢原さんがリッキーのことで色々言われてるのを見かねて、、」
動画には健太がMA-1を腕に巻くところから、リッキーを押さえつけて抵抗しなくなるまで
そして優しく健太の左腕を舐めるリッキーの姿まで納まっていた
「あちゃ~これは違う意味で荒れるぞー…」
健太のつぶやきに
「でも、もうすごい勢いで拡散されてます、インスタにも上がってるしYOUTUBEやTIKTOKでも、、」
今のところ殆どが健太を讃える内容ばかりで「見直した」「すごい」「怖い事するなー」
といった意見が多かった
深夜の4時にアップされているのだが朝7時の現在ですでに12000以上のリプライが付いている
夕方以降の活発な時間を迎えたら何件に伸びるか想像もつかない
「実は昨日「かっちゃん」でひと悶着あって、それで山室さんに連絡したんですよ」
健太が報告すると
「山室さんそれで思い悩んだんでしょうね」
沈んだ声で美晴は言った、だが、しばらくした後
「夢原さん、何かあればすぐ連絡下さい、夢原さんとリッキーの安全が最優先です」
美晴の毅然とした態度に健太は救われる思いだった
「最悪の場合、リッキーをこちらに返してもらい、番組を中止してもらっても構いません」
「え??」
「さっきも言ったように夢原さんとリッキーが不利益をこうむるなら、番組中止もやむなしです」
冷ややかに告げる美晴に健太はいささか反論した
「でもね大貫さん、オレもリッキーも誰かに何か言われて何が変わるって訳じゃないんですよ
自分で言うのもなんですが、リッキーもオレに懐いてくれてると思います、こんな中途半端で
離れたくないです」
健太の言葉に美晴も同意を示した
「私も夢原さんと同じ意見です、リッキーは夢原さんに懐いていると思います、正直これ以上ない
ぐらいに、、、ですが実際昨日もお店の方で揉め事があったでしょう?」
健太は押し黙るしかなかった
「当方からの依頼のせいで里親さんにご迷惑をおかけする事も、またリッキーが不幸せになる事も
あってはならないと思っています、何が起こるか予測も出来ませんが常に最悪のケースは想定して
おかければなりません」
「そうですね、、、」
結局健太は小さく頷くしかなかった
「では、また何かあればご連絡下さい、朝早くから失礼しました」
通話を切った後すぐさま山室に電話した
「もしもし山室さん?」
「申し訳ありませんでしたーーー!!!」
繋がるや否や山室は謝罪してきた
「どうしても夢原さんがネットで叩かれているのが許せなくて、そして昨日は店の方でまで
騒ぎを起こされたと聞いて、もう我慢が出来なくなってしまい、つい」
山室が自分のことを大事に思ってくれているのが痛いほど伝わってきた
「とくかくもうSNSにも上がってしまっていますし、後は様子を見るしかないですね」
「うぅ、ホントにすみませんー」
「さっき大貫さんから電話がありました、リッキーやオレに不利益が生じるようなら番組の中止
もリッキーを返す事も考えて下さい、と言われました」
「すみません、、、、、、」
消え入りそうな声で謝る山室に健太は言った
「今後どうなるかはわかりませんが、とりあえず現在は何事も起こってませんここはしばらく
様子を見てみるしかないですね」
健太の提案にようやく落ち着きを取り戻した山室だったが
「夜中の4時過ぎに投稿、ずいぶん悩んでくれたんですね、ありがとうございます」
優しい言葉をかけられ限界を突破してしまったのかもはや涙声の山室が
「ずびばぜんっ、、まだなにがあっだらずぐに、、連絡っじでくだざいぃぃ」
山室の人柄に触れ健太の心は温かい気持ちであふれていた
その夜リッキーを連れて「かっちゃん」に向かう健太は通りがかりに多くの人に声をかけられた
「きゃーリッキー可愛い」「お仕事頑張ってくださいねー」
様々な言葉に見送られ健太は「かっちゃん」に向かった
(まいったな、変なことにならなければ良いが、、)
店の前に着くと万福の大将がリッキーのリードを受取りながら
「健ちゃん、何も心配いらないからリッキーはオレに任しときな!」
と親指と立てて言ってきた、事情を知ったのだろう、いつもと変わらない態度が有り難かった
「いつも有難うございます、頑張ります!」
店に入ると竜一が
「よぉ有名人」
とはやしたてた
「よしてくださいよー店長まで」
そう答えた健太だったがミキに
「健太さん無茶しすぎです、私見ててちょっと泣いちゃいました!」
と言われ
「ゴメンね…」
と謝る事しか出来なかった、健太自身も思う事だが、あの時ああした事が正解だったのかは
今でも分からない
「良いんですよ健太さん」
真二が言った
「なんだ真二?お前偉そうに」
竜一にたしなめられる真二だったが
「だって今のリッキーと健太さん見てればあれで良かったんだ、って思うじゃないですか」
「まぁそうだな~結果今リッキーと幸せに暮らしてるんだからあれで良かったのかもな」
竜一もなんだか納得した様子だ
「でも真二くん、結果美晴を泣かせたんだから、そこは反省しなさい」
清美に言われ健太は少し苦い表情をした
「さー仕込みするぞー今日もきっとえらい混むからな」
竜一の言葉で一同が持ち場に戻った
その日の「かっちゃん」は過去に無いほどの客入りだった、店の前にも入店待ちの客が10人ほど列を
作っており、そのうち半数を超える客層は若い女性だった
どうやらお目当ては健太のようだ、山室のいう健太目当ての固定客、という訳だが健太自身はしょせん一過性のもの、と冷ややかに思っていた
しかし健太の予想に反して健太の人気は急上昇、もちろんリッキーの人気もすごいものだったが
それ以上に健太の人気が高騰していた
理由はやはりあの動画だった、世間では当初賛否両論、真っ二つに世論が割れていた、無理やり
犬を押さえつけて従わせたから今リッキーはおとなしく健太に従っているのだ、とする意見が
ある一方、健太が檻に入る前のリッキーの様子から、あの状態のリッキーに腕を出せるのは立派
本気で犬と向き合っていなければ出来ない事だ、とする擁護派の意見が真っ向から対立していた
だがそこに割って入った者がいた、リリーフアニマルの代表 大貫美晴だ
彼女はリリーフアニマルの公式Xで今回の騒動に自己の見解を述べた
弁天TVではカットされていた涙を流す自らと健太のやり取りまで入った件のフルバージョンの
動画を投稿した上で
「私は恥ずかしながら、こんな施設の代表を務めていながら、今回の夢原さんの行動が正しいのか
間違っていたのか、答えを出せずにいます、自らの腕を差し出し、荒れ狂うリッキーの怒りを
おさめた夢原さんを見ながら、オロオロと涙を流して傍観する事しか出来ませんでした」
「ですが、夢原さんの腕を心配そうに舐めるリッキーの優しい表情と、何より、それを見つめる
夢原さんの笑顔を見るうちに、あぁ、この人にお願いして良かった、と心から思いました」
「私同様に賛否両論、答えを、正解を出せずにいる方々が多くおられると思いますが、ここはどうか
温かい目で見守っていただけないでしょうか?私自身も番組を拝見させてもらっていますが
夢原さんもリッキーもとても幸せそうに暮らしているように見受けられます」
「むしろ変に騒ぎ立てて彼らが幸せに暮らす今を壊すことが許せません!そんな事にならないよう
どうか温かく見守ってくださいますようお願い申し上げます」
深々と頭を下げる美晴の姿で動画は締めくくられていた
清美からの連絡を受け、動画を確認した健太はつい自分の両目から溢れてくる涙に気づいた
すぐさまスマホを取り出し美晴の代表電話にかけた
「はいリリーフアニマルです」
緊張する健太をよそに電話に出た女性は美晴その人ではなかった
「あ、夢原です大貫さんはおられますか?」
「代表は今電話中なんですよ、実は弁天TVの部長さんが来られてて」
「え、、、」
そこに背後でドアを開ける音が聞こえてきた
「恵子ちゃん電話どなたから?」「あ、ちょうど今夢原さんからお電話で、、、」
通話口をおさえていないのだろう、会話が丸聞こえである、、、
「お電話変わりました、大貫です、すみません少々席を外しておりました」
「夢原です、すみませんお忙しいところへ、今お電話大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、ちょうど用件が終わったところです」
「弁天TVの部長さんが来られてたんですよね?そう伺いました」
「えぇ、番組の件で謝罪に来られました」
「山室さんの件ですね、わー山室さん処分とかにならなければ良いけど、、、」
「私はリッキーの保護を担当した施設の代表としてするべき事をしたまでで頭を下げていただく
必要は無いと言ってはおいたのですけどね、、」
「おそらくこの電話を切ったら夢原さんの方にも連絡が入ると思います」
「あ、そうなんですね、では山室さんをうまくフォローしときます」
「あ、ちょっと待って下さいね…」
しばしの沈黙、さすがに大石恵子と違ってちゃんと通話口を塞いでいるようだ、全く音が漏れてこない
「弁天TVの大石部長がお電話代わって欲しいとおっしゃっているんですが、夢原さんよろしいです か?」
「あ、そうなんですね、構いませんよ代わって下さい」
どうぞ、と美晴の声が聞こえる
「お電話代わりました、初めまして山室の上司の君塚晴彦と申します」
「あ、初めまして」
「このたびは弊社の山室の軽率な行動で夢原さんには大変なご迷惑をおかけしてしまい本当に
申し訳ありませんでした」
「あーいえいえ全然気にしてないので、ここはひとつ穏便にお願い致します」
「そうは言われましても、当社としてはコンプライアンスの観点からも出演していただく方々の
安全は担保する義務あります、今回の件は、SNSの問題発生から注意喚起の掲載、そして動画の
掲載と山室の責任は追求せざるを得ません、つきましては夢原さんには直接会って謝罪させて
いただきたく、ご都合の良い日時を教えていただけないでしょうか?」
「オレとしては今の謝罪でもう十分なんですがねー」
「そう言われず、どうか謝罪の機会だけでもいただけないでしょうか?」
「分かりました、そこまでおっしゃるなら、なんなら今からでも構いませんよ」
「本当ですか?ではこれからそちらに伺わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「分かりました、お待ちしてます」
「承知しました、では30分程で伺えると思いますので、よろしくお願い致します」
そう言って通話口は沈黙した、さすが部長、ソツがない
「お電話代わりました、大貫です」
「結局うちにも謝罪に来られるそうです、オレは別に良いんですけどねー」
「社会人としてちゃんと筋を通されるつもりなんですよ、ご立派です、ところで夢原さんの用件は?」
「あ、、、」
健太は自分が電話した用件をすっかり忘れていた
「ゴホン、大貫さんが投稿した動画拝見しました」
健太の言葉に美晴が事務的に答える
「さっきも言ったように、リッキーの担当施設の代表として、、」
美晴の言葉を遮って健太は言葉をかぶせた
「感動しました!」
健太は続ける
「ありがとうございました、自分でもあの日の行動が正しかったのか間違っていたのか、分からずに
モヤモヤしてました、でも」
「僕は今現在リッキーと一緒に居られて幸せです、おかげで吹っ切れました」
「……」
美晴は黙っていた
「気持ちが楽になりました、ホント有難うございました」
改めて礼を言う健太に
「よかった!」
美晴は晴れやかな声で告げた、健太は受話器の向こうの美晴の眩しいばかりの笑顔が見えるような
気がした
(あぁ、そうか、オレこの人の事が、、、)
「お忙しいところすみませんでした、お仕事頑張って下さい」
「わざわざお電話ありがとうございます、そちらも頑張って下さい」
「それじゃ失礼します」
お互いに挨拶を交わし電話を切った
「あれ??なんだか嬉しそうですね」
恵子に言われて少し頬を赤く染めた美晴だったが
「うまく事が収まると良いですね」
と言った恵子に
「大丈夫よ、、、、きっと」
何故か晴れやかな笑顔でつぶやく美晴だった
「この度は弊社の山室が大変な不手際を働き、大変申し訳ありませんでした」
山室の頭を押さえつけながら君塚は深々と健太に頭を下げた
「もういいですって、困ったなぁ」
「先ほども申し上げましたように、昨今の情報管理のコンプライアンス的な観点から、出演者の方の
プライバシー管理には、十分な安全を確保する義務が我々にはあります、今回の山室の件はそれを
大きく脅かしました、社内的にも処分は免れないでしょう」
「まいったなぁ、それじゃオレ的には寝覚めが悪くて不利益なんですが、、、」
健太はカメラの方を見た瞬間ある事を思いついた
「じゃあ君塚さんに提案なんですが、、、、」
「あーははは、おっかしー山室さん」
健太が持ち込んだ君塚の謝罪の手土産の高級菓子を皆で堪能しながら、ミキの笑い声が店内に響いた
ミキのスマホには健太の家で君塚に頭を押さえつけられ、健太に謝罪する君塚と山室の動画が流れていた
山室には赤い矢印が当てられ、「独断で動画をSNSにアップし上司に起こられる山室」 と注釈が
つけられていた、これは健太が提案した山室に対する処分で、要は怒られる山室の姿をボクイヌの公式Xに掲載しろ、というものだった
これにネット上では「山室ワロス」「これで済んで良かった」「ドンマイ山室」などほのぼのしたつぶやきが投稿され、2万近い投稿数というプチバズりを見せた
「あはは、まぁ山室くんもこれで済んでめでたしめでたし、だな」
竜一が言うように今回の山室の処分はこの動画を以て一応終了となった
君塚は当初山室の処分をこれで済ます事に懐疑的だったが、動画を投稿しネット世論の反応を見てから
処分を決めましょう、と提案した健太の意見を尊重した結果、思いのほか世間の温かい声に促され
しぶしぶ君塚も強硬な姿勢を解いた
「美晴ちゃんの動画で健太くんの方も落ち着いたみたいね」
清美の言葉で健太の脳裏には美晴の姿が浮かんでいた
「今度の木金だったよな?泊まりで撮影行くの?」
「え??あ、ハイ」
鼻の下が伸びていなかっただろうか?健太は心配になり、あわてて表情を引き締めた
もっとも清美にはバレバレだったようだが、、、
「何ぼーっとしてたんですか?何処かでかわいい子でも見つけたんです?」
真二の意外な鋭さにアタフタする健太を見て、清美は笑いをこらえるのが大変だった
「そんな事ないって、それより二日間、皆さんにはご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします!」
「あいあいさー」
いつもの軽い口調で真二とミキが応える
「リッキーはどうするんだ?」
竜一の問いに
「あ、リリーフアニマルの方で預かってくれるそうです、なので心配いりません」
「それなら心配いらないな、キッチリ映画の方頑張ってこいよ!」
竜一の言葉に
「ハイ!!」
健太は力強く答えた
ドリームドッグは実は部分的に実話で、作者が見た夢を題材にキャラクターや
ストーリーを肉づけした物です
ある日私が見た夢、それは犬を飼う夢、平凡だけど変わった夢、子犬から成犬
、そして死の間際まで、夢の中で一匹の犬の生涯に触れ、目を覚ました時、私
の頬は涙で濡れていました
作者はその当時犬を飼っていましたが、どうやら彼は夢の犬とは違ったようで
す、でも、もし今後の人生で夢の犬に出会ったら、そんな思いを、物語に載せ
て描いてみました、私が人生で初めて綴った拙い文章です
無駄な表現、セリフ、分かりづらい部分、読み苦しい部分も多々あるでしょう
が、なにとぞ、生温かい目でご容赦下さると幸いです。