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始まりの翼

フラン・D・ヴァン・ユライア:五大公爵家の一つ、ユライア公爵家の一人娘。

フローライト・リヴェラス:リヴェラス男爵家の三男。フラン専属の執事。

ミオ:フラン専属のウェイティングメイド。

テミーアス・リ・ヴィア・ジザース・ミディエル:ミディエル国の第一王子。

「おはようございます、お嬢様」

「おはよう、フローライト。今日の朝食は?」

「本日は極東での定番の朝食、お味噌汁と白米、漬物と呼ばれる食材だそうですよ」

「あら、たくあんだと嬉しいわね」

「恐らく数種類ほどご用意があるかと思います」


 ベッドから起きだした少女に、起床時間ぴったりに傍に控えた執事が声を掛けた。

 すでに執事は身支度を整えた後で、少女の起きる時間には登校する準備まで済ませている。

 済ませていないのは、お嬢様が懇願して一緒に食べることが決定している朝食だけだった。


「冷めないうちに準備いたしましょう。ウェイティングメイドが控えております、どうぞお早めに」

「猫舌なんだから少し冷めるくらいでいいのよ……身支度するわ。ミオ、お願い」

「失礼いたします、本日はどのようにお髪をお仕立ていたしましょうか?」


 声を掛けると、部屋の外からコンコンとドアをノックする音が聞こえた。

 かすかにキィ……と音を立てて開けられたドアから、一人のメイドが入ってくる。

 椅子に座ったフランの髪を丁寧に梳かし始め、それと入れ替わるようにフローライトは一礼して部屋から出ていった。


「はぁ……今日は黄色の花飾りを付けたいわ、お願いしてもいいかしら?」

「勿論でございます、フランお嬢様」


 フローライトが部屋を出ていくと、フランは溜息をつく。

 兄のように慕っているフローライトが、最近フランに対して冷たいのだ。


 この国――ミディエル国では、子供たちは他国よりも高等な教育を受けるため、学校へ集められる。

 その目的は、将来のために役に立つ人材の育成と、国への忠誠心の教育だ。

 しかし平民も貴族も関係なく入学させられることから、幼少期教育機関で出した成績を基に、国がその子供に合ったレベルの基礎教育機関、高等教育機関を割り当てることになっている。


 フランは五大公爵家のうちの一人として、高等教育機関では最高ランクの学校『アブソリュ・アヴニール学園』へ入学していた。

 執事であるフローライトは成績免除で入学することも出来たのだが、彼はそうしなかった。

 免除を使用して入学すると専用の待機部屋で一日を過ごすことになるため、フローライトはそれが嫌だったらしく、自ら勉強して同じ学校に入ったのだ。


「フローライトさん、最近お嬢様と最低限の会話しかしませんね。今も、あれっぽっちの会話だったじゃないですか……」

「そうね。流石に少し寂しい気持ちはあるわ」

「ですよねぇ。全く、アヴニールに行くようになってからあんなふうになっちゃって。私たちとは今まで通り接してくれるのに……おかしいですよね」


 そう、フローライトは最近、フランのことを巧妙に避けている節がある。

 話し掛けても今まで通り笑顔で接し、最低限の会話は交わしてくれるものの、以前のようにたわいもない会話はしなくなってしまったのである。


 ミオはフランに制服を着せ、せっせと整えていく。

 紺色を基調とした、落ち着いたドレス風に仕立てられたワンピースの制服。

 血のような赤色をあしらった、胸元を飾る細く華奢なリボン。

 そして、平和を象徴する黄色いエーデルヴァイスのブートニエールを胸元に。

 男性には羽デザインのネクタイピンも支給されている。


「――さ、お嬢様。準備出来ましたよ。……きっとフローライトさんのことです、何かしら理由があるんだと思いますけど」

「だけど、今まで通り普通に話したいの。どうしたらいいのかしら」

「そうだ、直接聞いてみてはどうでしょう? それでも理由を話してくれないなら、私たちも出来る限り協力いたしますので!」

「ありがとう、ミオ。準備もありがとう、そろそろ朝ごはんを食べにいかないと」

「行ってらっしゃいませ、どうぞお気を付けて」


 ミオは片付けのため部屋から出ず、笑顔でフランを見送ってくれる。

 見送られて、フランは振り返ってすぐにワンピースをはためかせながら軽く走る。


 貴族らしくない?

 そんなことはどうでもいい。


「お嬢様。そんなに急がなくてもよろしかったのですよ」

「聞きたいことがあるの。どうして最近私のことを避けているの?」

「私は執事です。アヴニールでも同じように接するわけにはまいりませんので、必要以上の接触は避けるようにして参りました」

「……それだけ?」

「それだけでございます」


 一気に気が抜けた。

 フローライトは避けていたのではなく、公爵家の一人娘という肩書を持つフランの体裁を気にしていただけだったのだ。


「……や」

「はい?」

「いやだ。もっと前みたいに普通にして! 私が寂しがりなの知ってるでしょ……」

「失礼しました。ですが、リヴェラス家は爵位が……」

「知らない、そんなの関係ない! 私とフローライトの間にそんなものが関係あるの!?」


 語気を強め、フランはふくれっ面で自分の専属執事に言い募る。

 一瞬たじろいだフローライトは、若干目に涙をためたフランを見て、ふっと表情を緩めた。


「わかりました、フラン様。これまで通りにさせていただきます。もし――」

「学園でも同じように接して」

「承知いたしました」


 噛みつくようにフローライトの話を遮ったフランは、苦笑する彼を睨みつける。

 しかしそれは、彼にとって特にダメージでも何でもないのだった。


「あぁ、忘れていました。お嬢……フラン様、テミーアス様よりフラン様へご相談があるそうです」

「またなの? 最近多いけど、殿下も悩みが尽きない人なのね」

「前と同じ時間に、別館三階まで来て欲しいと」

「確か別館には殿下の借りる部屋があったわよね。三階の三番目の部屋だったかしら」

「四番目と仰っておりました」


 基本的に、徹底的な教育を満足に受けることの出来る貴族のみが入ることの出来るアヴニールには、多くの建物があった。

 まず、学園は大きく三つの建物に分類されている。

 本館、別館、図書館だ。

 そのうち、本館・本館第二・本館第三、別館・別館第二、図書館といったように分けられていた。


 フランが呼び出されたのは別館で、その最上階――三階には、王家の方々が使う特別な部屋が用意されていた。

 逆に言えば、別館三階といえば王家専用のフロアのようなものなのである。


「……まさかテミーアス様、私の事気に入ったとか無いわよね?」

「どうでしょうか。もし気に入られていたとしても、渡すつもりは毛頭ありませんが」

「もう、そうやって婚約者面するのやめて頂戴。お父様に学園を卒業するまでは駄目って言われたじゃない」

「間違ったことは何も言っておりませんよ。公表していないとはいえ、私たちが婚約しているのは事実ですから」


 フローライトの出身はミディエル国における貧民街――通称スラム街で、そこを治めている男爵家の三男だった。

 とある事情があって、フランの父が彼をフラン専属の執事にするという形で買い取ったのだ。

 フランはそのことを感謝しているし、気付いたら何故か婚約者にされていたが、それも悪い気分ではない。


「あと一年、殿下たちに選ばれないように頑張らなきゃいけないわ。フローライト以外を婿に取るなんてあり得ないし、そもそも私はこの家から出るつもりなんて毛頭ないのよ」

「この国の王子に選ばれたら家を出ざるを得ませんからね。陰ながら応援しています」

「まぁ周囲から見たら私と貴方はただの主従関係にしか見えないんでしょうけど、私本当はそれ気に入らないのよ」

「あと一年の我慢で御座います、フラン様」


 フランの住むミディエル国は、土地が六分割されている。

 王家の納める中央の大地を囲むように、ほぼ綺麗に五分割された土地をそれぞれの公爵家が治めているのだ。


 北の大地を治めるのは、最も大きな土地を持つピアリス公爵家。

 南東の大地を治めるのは、貿易に力を入れているキリック公爵家。

 北東の大地を治めるのは、水の豊富な土地を持つイサーク公爵家。

 南西の大地を治めるのは、穀物の豊富な土地を持つジザース公爵家。

 そして北西の土地を治めるのが、フランたちユライア公爵家なのである。


「はぁ……まさか卒業する十八歳までに殿下が婚約者を見つけられないなんて。今はジザース、イサーク、キリックには娘さんが居ないんだから、三人も娘さんがいるピアリスから早く選べばいいのよ。私は無理だもの」

「そうは申しましても、殿下のお気持ちがどうなるかは殿下にしか分からないことで御座いますから」

「そうね。そうなのよ。だから困るのよ」


 最近、やけにテミーアス殿下からのお誘いが多い。

 まさか気に入られたのか。

 食事を終えて口を拭い、溜息をつくと、フランは身支度を手早く済ませた。

 すべての支度が終わったところで、フローライトから声が掛かった。


「フラン様。そろそろ出ないと間に合わなくなってしまいますよ」

「殿下の約束だものね……気は重いけど、すっぽかすよりマシだわ」

「今から出れば十分間に合います。準備はよろしいですか?」

「勿論よ、フローライト。荷物も持ったわ」


 そうして馬車に乗り込むと、学園へ向けて出立したのだった。

ウェイティングメイド:主に若い令嬢に仕えるメイド。

ブートニエール:フラワーホールと呼ばれる胸元の飾り。

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