最凶女帝?!絶対嫌です、拒否します!~そしたら思わぬ結果に……ごめんね?
その能力に覚醒したのは突然だった。
物語のように何らかの儀式をした訳では無い。頭を打ったり、身に危険が迫ったわけでもない。
なんならお気に入りのお菓子をほおばり、ご機嫌なところで飲んだお茶に「なんかコレじゃない」と感じた瞬間だった。
訳が分からない。
けれど訳が分からなかったのは、周囲の侍従侍女の方が上だったろう。なにせ仕えているお嬢様が、飲み物を口に含んだ瞬間倒れたのだ。まず毒を疑うし、そうでなければさらに混乱するというもの。
だから、彼らにこんなに良かったと大丈夫ですかと嬉しそうに泣き腫らした目で押しかけられても、仕方がない。
あれから何日たったか分からない自室のベッドの上。私、侯爵家令嬢のアレクサンドラは、侍女侍従や使用人に囲まれ、よかったよかったと抱きしめ、撫で回されそうになっていた。
仕方がないけれど、さすがにこれはうざったい。
私はひとつ大きなため息をつくと、誰かに知らせなくていいの? と呆れた目をした。
侍従が部屋を飛び出したところで、侍女に身辺を整えてもらう。
一応大事をとってベッドからは出ない……と、そこで気がついた違和感。
眠っている間に、覚醒した能力についてすっかり自覚ができ、コントロールが出来ているのは別におかしくないと思う。だって伝承通りだし。
7歳にしては大人っぽい思考をしているな、とは思うものの、これも元からよく言われたこと。
なんで7歳の侯爵令嬢である私の中に、別の女性の記憶があるのだろうか。
物語が好きで、侯爵令嬢としての勉強の傍ら本を読み漁っている私が、寂しさに紛らわせて作り出した別人格? いいえ、だとしたら高度な科学文明に彩られた世界での大人の女性の生活なんて想像しない。
するなら庶民の女の子とかでは? 大人であれば、憧れている王宮女官とか。
そして、ああこれは前世の記憶かと納得した。
前世の私は冴えない事務員で、とある異世界モノのラブロマンスな小説にハマりまくっていた。
タイトルは割愛するけれども、身分違いの二人による恋愛模様の他、魔物の進行を食い止める戦闘シーンに、王宮の闇を描いたドロドロなパートに、素敵な王子様からの切ない恋にと、ハラハラドキドキが目白押しのストーリーだった。コミカライズはしていたけれど、ドラマ化の話が出て……それから何だっけ。
ともかく、こんなことを思い出すのだから、もしかすればこの小説の中に生まれ変わったのではないだろうか。そう都合よくはいかないかな……。
「私の名前は、アレクサンドラ・ウィルキー……。うう〜ん?」
ヒロインじゃないし……ライバルでもないし……?
モブかな? とも思うけれどなにか引っかかる。名前? もしかして姓のほう?
「あっ、まさか……!」
ウィルキー侯爵。そうだ、それが引っかかるのだ。
先ほど王子様からの切ない恋、と言ったけれども、ヒロインは公爵家の男性との恋愛がメイン。彼との恋に翻弄される中、王子からの淡い恋心を告白される。
最後には当然振られるのだが……この、ヒロインに恋慕して振られる立場の王子を後援してるのが、王妃の実家であるウィルキー侯爵家なのだ。
歴史ある忠臣の家、ウィルキー侯爵家。
その長女が私、アレクサンドラ・ウィルキー。今の私。
両方の記憶を合わせると、大変なことが分かった。
「私……あの最凶女帝なの……?!」
王子の母親である王妃、その名がアレクサンドラ。
非常に高圧的な女性で、中継ぎの王として立つ間も『王妃』を名乗るが、王宮の全てを牛耳っているのに違いは無い。人呼んで『最凶女帝』。
実の子という立場の、亡くなった王の子である王子にさえも非常に厳しく、親子としての関わりはないようだった。
だから王子はいつも寂しそうだった。なのにヒロインにはフラれる。不憫。
「待って、将来の私が、それなの?!」
女帝と呼ばれるのに全く違和感のない、冷たく見下す目。あの挿絵を思い出すだけでゾッとする。
「いやいやいや、趣味じゃない!!」
趣味じゃないとはおかしな言い方だと思うが、他に言いようがない。
だって、彼女には『亡くなった王を一途に愛し、忘れ形見を立派な王に育てあげるために心を殺して育て上げる立派な母』なんて感動的な設定はない。
あるのは『別の婚約者がいる男性からその座を奪い取って結婚し、嫉妬で元婚約者の女性を殺し、のちのちその男性も自殺に追い込む女』という恐ろしい設定である。
だから『最強』ではなく『最凶』なんて言われるのだ、読者に。
なお、愛はない模様。嫉妬はするのに!
「いやいやいや、趣味じゃない!!」
重ねて言う。絶対に嫌!
「なんとしてでも回避しなきゃ。ええと、婚約はまだしてない。なんで婚約しなきゃならなくなったんだっけ……」
必死に記憶を辿る。もはや、自分が侯爵令嬢よりも前世の私に引きずられているのに気づく間もなく。
王が婚約者のいる王太子から、その婚約を白紙にさせてでも娶らせた嫁である。何か重大な理由があるはず。
そしてはたとする。
この能力に覚醒したからである。
「終わってる!」
頭を抱えた。
せめて能力覚醒前に知りたかった。いや、今回の覚醒の様子から考えると、それで阻止できたとは思えないけど。
私が覚醒した能力は、国を導く立場に存在する限り、その間は豊穣の土壌が国全体に約束されるというものである。
コントロールも何も無い。存在するだけで破格の効果が得られる能力。もはや加護と言っていい。
それが私が今回得られたもの。
その名も『豊穣の恩寵』。
ヤバい。こんなの次期王に娶らせるに決まってるわ!
手動で拡張もできるので、同盟国に豊穣を分けることも出来る。
娶らせるに決まってるわ!!
「ヤバいヤバいヤバい。終わった!」
必死で考える。前世の記憶と今世の記憶を総動員。令嬢とか喪女とかそっちのけである。
おかげで、半日気絶していた娘の目が覚めたと聞いて駆けつけた両親が、アレクサンドラのそばに来た時。当の娘は真っ青な顔をしてまた今にも倒れそうだった。
半日心配し続けていた両親はさらに動揺してしまい、結果大騒ぎとなるのでした。申し訳ない。
✼••┈┈••✼••┈┈••✼
『最凶女帝』アレクサンドラは、この能力のために7つにして13になる王太子の婚約者にならなければならなかった。しかし、王太子には幼なじみで相思相愛の伯爵令嬢がおり、アレクサンドラが能力を覚醒させるまでは王太子妃候補として、彼の婚約者として教育を受けていた。
伯爵令嬢との婚約を破棄してまでアレクサンドラを手に入れた王家。だが、婚約者として誠実な対応をするものの、王太子の心は伯爵令嬢のもの。
アレクサンドラはそれが気に入らないと、策謀により伯爵令嬢を暗殺してしまう。それでも王太子は声を上げることもアレクサンドラを拒否することも出来ず、王の座に就いてからも先王の言うままアレクサンドラを王妃に任命した。
だが、王となった彼は、伯爵令嬢を思いやせ細っていく……実は、密かに自ら毒薬を含み、ゆっくりとした自殺を試みていた。
子ができぬことに焦ったアレクサンドラが媚薬を使い王に迫ったのがきっかけで、ますます彼は体を壊してしまう。
遂に子をなさぬまま王は死んだ。
しかし、アレクサンドラは王家の血を引く家格の低い家から赤子を見つけ出し、自らが産んだ王の忘れ形見であると宣言。
その子が次の王になるまで、アレクサンドラは中継ぎの王となり王宮に君臨する……。
「と、いうのが小説でのアレクサンドラの設定ね」
落ち着いて三日後。
覚えているアレクサンドラの設定を書き出してみたものの、回避したい! という思いを強くするだけで、その方法はとんと出てこない。
ただ、能力に覚醒したこと自体はまだ誰にも言わずにいられている。
「でも秘密にし続けるのも限界があるし……」
やたら植物の成長の早い庭を見る。
国ならば全域になるこの能力、家ならば家に影響が出るのである。
「ん? 待って……」
今、何かを思いついた……何か……。
コンコンッというノック音。侍女が来客を知らせる。
「ユーグ様がおいでです」
「ユーグ兄様が?!」
二つ上の幼なじみである。……アレクサンドラがほんのりと恋心を抱く相手。この恋も始まる前に終わってしまうのか……。
「ん? ……あ」
思いついた。思いついてしまった。悪魔の策略を。
これなら、もしかして。
「アレクサンドラ、具合はどうだい? 倒れたと聞いたのだけど」
「ユーグ兄様、ご心配には及びませんわ」
私はユーグ兄様に満面の笑みを見せた。
ユーグ兄様が思いつかせてくれた策略。きっとうまく成し遂げてみせる。
私は、現国王に愛の告白をする決意をした。
✼••┈┈••✼••┈┈••✼
「私を、陛下の妃にしてくださいませ」
笑みと共に届けたこの宣言を、王は唖然と見ていた。
父と共に赴いた王城。『豊穣の恩寵』を授かったと家族に知らせてから、国に届け出て、そして王に会見するというこの日。
王から『王太子の妃に』と打診される前に、私はさっさと発言した。
謁見の間は凍りついたように停止している。
「そなた、なんと」
「私の得た『豊穣の恩寵』という能力は、『導く立場に存在する限り、その間は豊穣の土壌が率いる土地全体に約束されるというもの』との事。ならば国を導く陛下の隣にあるべきかと愚考いたしました」
「いや、そうなのだが」
朗らかに、なんの疑いもなく最良の判断だろうとにっこりと発言する娘を前に、王も父侯爵も唖然としていた。
「もちろん、王妃の座をよこせなどとは申しません。王の妃、という立場が必要であろうと言うだけで、実態は無くて良いのです」
「う……うむ、しかしな」
「この能力を得た瞬間に『国の礎になれ』という思し召しなのだと感じました」
「ふむぅ……」
無垢な、純粋な目をして、笑顔で国として最良の提案を行う娘を前に、王もタジタジだ。父である侯爵はまだ唖然としたままである。
「ゆえに、私を陛下、貴方様の妃にしてくださいませ」
娘――私が美しく見えるよう最上級の礼をしてみせる。そして、褒めて欲しいというようにちらりと伺い見た。
それを受けた王はしばらく迷い、そして王妃と目を合わせ、うなづく。
「すまぬがそれはならぬ」
礼の隙間から伺っていた程度の私から見てもよくわかるぐらい、王妃の肩は跳ねた。思っていたのとは違う言葉だったらしい。
「儂は王妃を迎えるときに約束した。儂は王妃のみを愛し、側妻も妾も決して取らぬと。ゆえにたとえ愛なくとも妃を新たに迎えることは出来ぬのだ」
王妃は感動したように口元を覆った。
けれど、私は容赦しない――むしろ攻め時なのだから。
「ならばなぜ、同じ誓いを立てられている王太子の妃に、などとお考えになられたのでしょう?」
息を飲んだのは一体何人いたのだろう。その音が謁見の間に響き渡るほどだった。
そう、王が王妃に宣言した唯一の妃にという誓いは国中の誰もが知っていて、さらにその子である王太子もそれに憧れ、自身の婚約者に誓ったという話も、王宮周辺には有名な事だった。
「元は『王太子妃に』と仰るおつもりでしたのでは? しかし、現王太子殿下とそのご婚約者様は、私でも知る仲睦まじさ。陛下にならい、唯一の妃と誓っておられると聞きます」
「あ……うむ」
「それを引き裂いて新たな妃になど、あまりにも残酷ではありませんか」
様子が変わったのを、王も気づいただろうか?
ただ純粋な瞳で朗らかに国を思う発言をしていたはずの娘が、まるで諫言を行う忠臣のようになっていることを。
「まだ婚約状態、まだ子供。そう仰るかもしれませんが、おふたりは真剣に絆を深めておいでです。考えてみてくださいませ。ご自分がそんな立場に立たされたらと。愛妻家の陛下なら身にしみて感じられるのではないですか? なんにせよ、私はあの間に入るなど嫌でございます。馬に蹴られた方が余程良いのではないでしょうか」
どうかご一考くださいませ、と私はもう一度深く礼をした。今度は窺い見るようなことはしない。ただ、深く頭を下げる。
戸惑う空気が流れている、それだけを感じていることしばし。
王がやがて大きく息を吐き出す。
「侯爵」
「はっ」
「そなたの娘は大変に利発よの」
「恐れ入ります」
私の無礼な振る舞いは許されたらしい。心の中でホッと息をつく。
これで第一段階目、『王太子妃にならない』は完遂されたとみていいだろう。小説のストーリーから外れるだけならこれでいい。だけど、『アレクサンドラ・ウィルキー』自身のためには、あと一息。ダメ押しが必要。
「しかし、その能力を国で『保護』せぬ訳には行かぬ。王族の中に入れぬとあれば、どこから守るにも手落ちであるぞ」
王は本当に困ったようで、眉を下げて父侯爵を見る。父はいつの間にかすっかり汗だくになっていた。
対案が出ない、所に挙手をする。
「王族であれば、良いのではありませんか」
再び私に視線が集まる。
この賢しい少女は次に何を言い出すのかと。
「私の能力の発現範囲である『導く立場』ということに疑問を感じたのは、私の邸宅の庭が茂るのを見た時でございました」
そう。前世があるとはいえ、私は今はまだ7つの幼子。邸宅の一切を仕切ったことはなく、主である父の子であるというだけの存在。つまり、導く立場『その家族』であれば能力の範囲なのではないか、と考えたのだ。
そういったことを前世云々を抜きでとうとうと語ると、王は納得してくれたようだ。
「……ということは」
「つまり王弟殿下の家でもよろしいのでは?」
もし範囲でなくとも、この能力は任意で範囲を増やすことが出来る。私としてはこの国全域に豊穣がもたらされればと願っているので、結果は代わりないだろうと予想できる。
絶対にこの国全体が能力の範囲になるようにすると確約すれば、王は鷹揚にうなづいてくれた。
「しかし弟も妻を非常に愛しておる。ならば……」
「そのご子息、ユーグ様には婚約者がおられないはず」
「ふむ。そうだな、打診してみよう」
「ありがとうございます!」
綱渡りのようだった……!
ようやく、ようやくたどり着いた!
ユーグ兄様に婚約の打診をしてもらえる……!!
そう、ユーグ兄様は、王弟殿下の嫡男なのである。
ついでに言うと、つまりあの小説のヒーローの父親なのだけれど!
もちろん小説ではアレクサンドラとは別の女性と結婚したのだが、その女性はヒーローが幼い頃に亡くなっている。男手一つでヒーローを立派に育て上げるユーグ兄様、素敵!
初恋相手に婚約を打診してもらうのに、あまりに大掛かりだが、仕方ない。このままだと好きだと言うことも出来ずに終わってしまう。
ならば大袈裟であろうと、使える手段は使ってしまえ!
恋する乙女は最強なのだ!
……断られたら、どうしよう?
✼••┈┈••✼••┈┈••✼
そんな恐怖もどこへやら。
「アレクサンドラ! 君から僕へ婚約して欲しいってお願いが来たって聞いたんだけど、本当?!」
「あ……ユーグ兄様」
翌日、侯爵邸にやって来たユーグ兄様は満面の笑顔だった。
「嬉しい! 本当に嬉しいよ! 僕のお嫁さんになってくれるんだね、アレクサンドラ?」
そう言ってユーグ兄様は私を苦しいぐらい抱きしめてきた。
信じられない。こんなに喜んでくれるの?
「はい……ッ、はい! ユーグ兄様」
抱きしめ返すと、ありがとう、とユーグ兄様の涙声が聞こえた。
その時思い出したのは、ヒーローがこっそりヒロインに教えた、両親の馴れ初めエピソード。
失恋したユーグ兄様を慰めたのがきっかけだったらしい。
失恋相手は公式には明かされておらず、読者予想は様々に言われていて……その中に確かアレクサンドラという意見もあった。懐疑的だったけど。
でも。
「僕の婚約者になってください、アレクサンドラ」
「はい。よろしくお願いします、ユーグ兄様。いえ、ユーグ様」
ふんわり笑いかけてくれるユーグ様は、とても幸せそうで。
小説での失恋相手は私で確定のようだ。
小説のヒロイン、ごめんなさい。
最凶女帝が生まれない世界線は、ヒーローも当て馬王子も、生まれないようです。
お読みいただきありがとうございました!