アクリル板越しの刑事
駅の構内の喫煙所で藤原は買ったばかりのタバコのフィルムを剥がし、箱から一本を手に取ると口に咥え火をつける。
ひと仕事終えた緊張から開放されたせいか、ネクタイを外し無造作にジャケットのポケットにねじ込む。そしてタバコの煙を味わうかのように目を閉じて吸った。
そのとき、喫煙所のアクリル版をとんとんと叩いた音がした。
「藤原先輩、これからどうします?」
「もう今日は帰るとしよう。俺はもう一本吸ってから電車で本部へ戻る。車はおまえが使いな。それはそうとおまえも入って来いよ。アクリル版越しじゃ声が遠いよ」
「いやぁ、僕、嫌煙家なんですよ」
藤原は伊賀の言葉に笑いながら「なにを今更、副流煙ならいつも仕事中吸ってるだろ?」とアクリル版にもたれ掛かり伊賀にいった。
「もう仕事中じゃないんで……それに副流煙で肺癌て、タバコを吸う夫を持つ妻がよくなったらしいじゃないですか? 僕が藤原先輩の奥さんより先に肺癌になったらシャレになんないッスよ。藤原先輩の奥さんより一緒にいるってことになっちゃいますもん。僕、そのケがあると思われたくないんで」
「そりゃ悪かったな。仕事中も控えるよ」
「それはそうと、デクについてですが、デクのやつ、組織の誰かに会うために外に出たらしく……」
「じゃあ、もう、組織の上の連中はデクが捕まったことは知ったということだな」
「そうです……まぁ、なんとかなりますよね」
「いや、なんとかするさ」
近年、従来とは違う犯罪である特殊詐欺が流行り始めて、警察はなかなか主犯格を逮捕ができないでいた。
ネットや電話、希薄な人間関係を利用した犯罪であり、その形態は解明されてはいる。
計画を立てるボスや金や物品の運び屋が主犯格となる。そして家族になりすましの電話をかける掛子や騙した人から金を受け取る受け子。この連中は主犯格がネットなどを介して言葉巧みに募集する。いわゆる闇バイトというものだ。万が一詐欺がバレても主犯格は足がつかないようにするために実行する者と計画をする者とを分けている。警察はこの特殊詐欺の形態を把握し、犯罪防止のために注意喚起はするが、実際、捕まえられるのは闇バイトで雇われた使い捨てである実行犯ばかりなのだ。主犯格が捕まらなければまた別の犯罪が起こることは目に見えている。イタチごっこになるだけだ。逮捕できなければ、できないだけ相手が経験豊富になっていくやっかいなイタチごっこだった。
「今回はボスが捕まったからな。根こそぎいくさ」
藤原の声にはなにがなんでも捕まえるという固い意思が宿っていた。
「それにしても、以前フィリピンから特殊詐欺をしてたやつはルフィで今回、国内でデカくやってたやつはデクって、なんでJ漫画の主人公の名前ばかりなんでしょうね」
「精神年齢が幼いんだよ」
「酷いッスよ。僕、J漫画雑誌、毎週買ってるんですよ」
「だからさ。だから、俺の下についてもらうよう上に頼んでいるんだ」
伊賀は藤原の言葉に怪訝そうな顔をした。
「伊賀、ひとつ訊くがもしおまえが犯罪で金を得たら、どこに隠す?」
「ATMかな……」
「いやいや、それじゃあ、足が着くだろ? いや、そんなに難しい顔せずにさっと悩まず考えてくれ」
「じゃあ、暗号資産かな? ビットコインとかの」
「なるほど、そっち方面に強い課ってどこだっけ? 本部に戻ったら声掛けないとかないとな。早くこの件は終わらせて……次は」
「え? 次って」
「『なろう連続殺人事件』かな?」
「いや、あれは冗談ですよ。有り得ないですって」
苦笑いする伊賀に藤原は笑って手を振り、二本目のタバコに火をつけた。




