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天宮周

 S北沢駅に着く頃には小説によって慰められた心持ちが幾分、冷めてゆくのがわかりました。それは街灯が照らす駅前の雑踏や賑やかさと私の気持ちとのコントラストが色濃くなっているからかもしれません。あの人と一緒に歩くはずだった道はついには訪れることはなかったひとりぼっちの道だったのです。

 そんな私の気持ちを知らず街の喧騒は賑やかで活気に満ちています。古着屋、雑貨屋、飲食店など、それらの楽しさとは無縁の私。これだけたくさんの人が行き交っているのに私はただ独りなのです。私はここにいる価値すらないのではないか、と足を早め周囲の人々をかき分けるように歩きました。

「あの、いまカットモデルをさがしているんです。よろしかったらあなたの髪を切らせて頂けませんか?」

 ふいに声をかけられ、いつものようにナンパでもされたかと訝しげに男性の方に顔を向けました。確かに美容師らしく少し柄の入った白シャツに黒のジーンズで腰にハサミなどが入っているバッグを下げています。

 本当にカットモデルを探しているようでした。いつもなら言葉もなく、一風景としてやり過ごし歩きだしていますが、その男性の髪をみたときに私は言葉を失ってしまいました。その綺麗なアッシュグレイよりやや白い髪は先程まで読んでいた小説のレイモンド伯のイメージそのままだったのです!

「どこかで会いましたっけ?」彼はいいました。

 私は小説のなかの世界と現実の境界線が溶けてゆくような気持ちになりました。いえ、もしかしたら彼は私にとってのレイモンド伯なのではないか、とすら思えてきたのです。だって心配そうな顔で初対面の人にどこかで会ったかどうか訊いてくるなんて。

 もしかしたら私に思い出して欲しいから確認してきているのかもしれません。それともあの話の結末の続きなのでしょうか? 現実に引き戻された私を追ってあの世界から迎えに来てくれた……そんな恥ずかしい妄想が頭の中を駆け巡ってしまいました。

「あっ、僕、そこの美容院の研修生でして、土門礼(ツチカド レイ)といいます」

 シャツの胸についている小さなアクリル製の名札をみせてくれました。

 アベニューと店名が書かれた下に『土門礼』と書かれています。それは私にとって天啓にも似た出来事でした。漢字を逆から読むと『レイモンド』と読めるではありませんか!

 彼が秘められた言葉を私に教えてくれるような錯覚までしてしました。その秘められた謎はふたりだけの秘密の暗号(アナグラム)なのかもしれません。

「レイでいいですよ」

 やっぱり! それは小説のなかでふたりっきりのときに呼ぶ彼の名前なのです。きっと彼は私のレイモンド伯。

「あっ、私は天宮周(アマミヤ アマネ)といいます」

 いまはその名前。

 これから変わるけど、その名はもう貴方は知っているんですよね? レイ! 

私の自己紹介に戸惑うレイの瞳にハイランド(※作者注『炎の異世界転生令嬢』の世界)のどこまでも青い空がみえたような気がしたのです。

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