刑事二人
「それにしても、もう一週間ですよ。藤原先輩、本当にあのアパートに潜伏してるんですか?」
若い刑事が車のハンドルにもたれ掛かり嫌気を滲み出しながらいった。
「間違いない」
助手席を倒し、コンビニのアンパンを頬張りフロントガラス越しにアパートの一室を睨みながら痩せた男が応える。その頬や顎には髭が伸び始めており、よく見ればよれよれのワイシャツの襟は少し汗で汚れている。長い間、家には帰ってない様子だった。
「なにを根拠に」
「勘だ」
若い刑事は溜息を漏らした。
その時、救急車と消防車のサイレンが鳴り響いた。
「どこかで事故かな? 最近、多いな」
藤原は少し気になるようだった。
「当てましょうか? おそらく男女が自動車で事故でしょう。橋から川へ真っ逆さま……」
藤原は若い刑事の推理とも呼べない憶測に溜息を漏らしながら、助手席を起こし無線を手に取った。
「こちらS北沢から本部へ」
『S北沢どうぞ』
「確認なんだが、今、S北沢に救急と消防が来たようだが……」
『交通事故です。S橋から車が川へと落ちたようです。車内には男女が二名が発見され、どちらとも心肺停止状態。泥酔していたのでは、との見方があるそうです』
「ありがとう」
無線を切ると藤原は「伊賀、なんでわかったんだ」と意外そうに若い刑事の方をみた。
伊賀はこやかに笑い、「勘だ」と先程の藤原の口真似をした。
「冗談ですってば! 藤原先輩、そんな怖い顔しないで下さいよ。実は無料のネットの小説サイトがありまして、異世界転生モノが流行ってましてね……知ってます?」
「いや」
「その異世界転生モノてチートな能力を授かって異世界で大活躍する話なんですけど。まず主人公が死ぬところから始まるパターンが多いんですよ。それで死んでから異世界に転生するって話なんですけど……」
伊賀はスマートフォンを取り出し、グーグルマップを開いた。S北沢の町を藤原に見せながら説明し始めた。
「最近、死亡事故があったのが、ここで首吊り、一週間前にここのビルで落下事故、そして一ヶ月前に車内練炭自殺、あとコンビニに買い出しに行ったまま行方不明……これって、サイトでランキングに入った小説の主人公が異世界にいった状況と一緒なんですよ。そして少し前に人気があった小説が恋人同士で車に乗ってて不注意から川に転落してそのまま異世界に……あっ!」
伊賀はアパートの一室を指差した。
そこには彼らが見張っていた一室から男が周囲をうかがうように顔を覗かせ、ゆっくりと出てくると深呼吸をして夜風にリラックスしたのか伸びをした。
藤原はそれを見て素早く無線を手に取る。
「こちらS北沢から本部」
『S北沢どうぞ』
「ハイツ・フォレスト二〇三号室から容疑者・出久根郁夫 通称・デクの外出確認。至急、各班に連絡お願いする」
『了解』
藤原が無線を切ると伊賀が「これでこの件は解決したも同然ですね! 本当にデクがここに潜伏していたなんて、絶対、海外に逃亡したと思ってましたよ。上も無駄足だっていってたから、僕もてっきり……いや、藤原先輩、さすがっス! やっぱ決めては状況ですか? それともデクの人脈からですか?」と興奮気味にいった。
藤原はそんな伊賀の言葉を聞き流すようにタバコに火をつけ、安堵の溜息を漏らしながらいった。
「勘さ」
伊賀は「ははは」と笑い、これは一本取られたというように顔に手をやった。
「それより、さっきの小説の話だが……」
「小説?」
伊賀は一瞬なにをいわれたのか、わからないようだったが、はっとなり「あれは冗談ですよ、冗談!」といった。
「いや、一応な。次に事件だか事故があるとしたらなんだ?」
「いやぁ、偶然ですって。でも万が一あるとしたら『炎の異世界転生令嬢』が人気ですから……火事ですかね」
「なるほど」
「まさか、藤原先輩、もしかして、この関連性がなさそうな事件や事故が誰かの手によるものだと」
「俺の勘だとな」
藤原はタバコの灰を灰皿に落としながらスマートフォンを手にとった。