東尋坊からはじまるFalling Love!
私はやがて現れる白い部屋を思い浮かべました。
『炎の異世界転生令嬢』で主人公が死んでまず行き着いたのがその部屋だったのです。そこで神様らしき老人に査定されハイランドに行くことになるのですが……どういうことでしょう? 目を開けるとそこは確かに周囲はすべてのものが白いもので覆われています。ベッドも布団もカーテンも壁もドアも……しかし、これはどこからどうみても病院の一室なのではないでしょうか?
私はガソリンに三発の爆弾を浴びたにも関わらず、逝きそびれたのでしょうか?
いったいなにが悪かったのでしょう。
爆弾は確実に逝けるために三つも用意しましたし、レイに逃げられないようにきちんと拘束しました。
すべては完璧にいっていたはずです。
あんなにも小説のなかの世界を身近に感じ、すぐそこに手を伸ばせば届きそうなくらいだったのに、いまはその気配が感じられないのです。
私は間違っていたのでしょうか? 火薬に不純物が混じりすぎて威力が弱かったのでしょうか? それともガソリン臭くなるのがいやで水をかぶったのがいけなかったのでしょうか? それともレイの家に入ってきた女を道連れにしようとしたのがいけなかったのでしょうか?
疑問だらけでぼんやりしている私に看護師のおばさんが来て「アルコールにアレルギーはないよね?」と気遣いながら点滴をしてくれています。
「……私、どうしたのでしょう?」
思わず訊いていました。
看護師のおばさんは点滴をするとしゃがんで私と同じ目線になりました。そして情熱的な目で私の手を握ります。
「覚えてないの? 向かいのアパートが火事になって、助けを呼ぶ声に水をかぶって助けにいくなんて……おばちゃん、感動しちゃった!」
すべては私の妄想だったのでしょうか?
私の認識と大きなズレがあるのです。しかし、看護師さんは熱く、救急隊員の人から聞いたという私の武勇伝を語っています。なんだかわけがわかりません。ですが、もしかしたら爆発で頭を打ったときに妄想と現実が入り交じったような夢をみてしまったのかもしれません。実際は看護師さんの言う通りのような気がしてきました。
平衡感覚が喪失したような不思議な気分でしたが、看護師さんは「いまはあまり考えずにゆっくり休むといいわ。ただ、いまから身体に異常がないか検査するけど、たぶん大丈夫だからね」と勇気づけてくれました。そして様々な検査を一通りすると、看護師さんのいうとおり健康に問題は無いということになりました。
書類などの手続きや警察の方が来て簡単な事情聴取されたり、待合室での待ち時間などで目まぐるしく一日が終わりました。
起きたのは朝でしたが、私が病院から出るのはもう日の暮れかかった頃だったのです。
夜道を歩く私の胸に強い喪失感がありました。
愛しい人を失ったような喪失感。
それは失恋の痛みのようでした。
運命を感じていたのに、結局それは幻だったのです。
私の胸に感じたときめきも、いまとなっては遠い過去のものように感じられるのです。
ですが、この喪失感の代わりに別のときめきが胸に宿るのを感じます。それはいま私を尾行しているであろう二人の男に向けられています。
なぜなら、そのどちらかが私の未来の恋人だからです!
病院でとにかく待たされました。
それは仕方ありません。急患ですが、いたって健康そうな私より予約して病気を治そうとされている患者とでは優先順位は変わってくるのものです。きっと私は隙間時間に検査されたのでしょう。けれどわかっていても待つだけの時間とは嫌なものです。この待ち時間のときスマートフォンで『小説家になろう』のサイトにアクセスし『東尋坊からはじまるFalling Love!』という異世界転生ものを読みふけっていました。それはもう楽しく、苦痛だった待ち時間が逆に待ち遠しいくらいでした。いえ、楽しいというよりこのストーリーに既視感すら感じられたのです。
些細な不運が重なり否応なしに犯罪に手を染めてしまった少女とそれを追う若い一匹狼の刑事。ミステリー小説さながらの展開から東尋坊に追い詰められた主人公と追い詰めた刑事。少女は否応なしにも、犯罪を犯してしまわなければいけなかったこの世を儚んで東尋坊から身を投げます。刑事は悪を取り締まる身ですが、それは正義感からくるものでした。目の前で身投げする少女の言葉は彼の正義感を胸打ちました。少女を助けるべく手を掴みますが、お互い冬の日本海へ真っ逆さま。そこで目を覚ますと異世界転生しており、そこから怒涛の異世界ミステリー! 逃げる少女と追う刑事。魔法に勇者に魔王も絡み、いったい誰が魔王を殺したのか? 勇者はどうして死ななければならなかったのか? 正義とは? 愛とは? 世界とは? 根底に流れる温かな正義と愛の血流に最後は結ばれる少女と刑事。
あまりにも荒唐無稽と思われるかもしれませんが、私はいま二人の刑事に追われているのです。まさに『東Love』(※作者注・『東尋坊Falling Love』の略称)と同じ流れです!
あのアパート火災の件で不審な点でもあったのでしょうか? いえ、私は無実です。ただ、私は助け声に駆けつけただけなのです。看護師のおばちゃんもいっていましたし、間違いはありません。きっと誤解です。
そう! こういう誤解が絡まった糸のようになり、ほぐれたり、固まったりして、ひとつの物語が紡がれるの。『東Love』のように!
私はふたりの刑事からギリギリみえるように声をかけられないような速さで足早に駅に向かいます。
だって、私はスマートフォンで東尋坊行きの切符を買ってあるのです。きっとこのまま刑事に声をかけられずに乗車すれば彼らも私に着いて着ざる得ないでしょう。
さぁ、二人のどちらかが私を追う一匹の正義を愛する狼なのです。
ふいにその一人に肩を叩かれ、声をかけられそうになりました。けれど私は駆け出します。
ここでつかまて欲しくはないの……東尋坊でつかまえて!
胸の奥がたかまるのを感じます。
走って高揚しているのでしょうか? それともこれからの恋の予感にときめいてきているのでしょうか? わかりません。けれども私は駆け出します。この胸の思いをまっすぐに……どこまでも!
__Happy END__