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暗闇のなか

 私は待った。

 身体を突き抜ける衝撃を受けた後、私は目を瞑り次に来るであろう衝撃に身構えた。おそらくはあと二回あるのだ。しかし、いくら待ってもその衝撃は来なかった。

 あるのは静寂とまぶたの裏の暗闇ばかりだった。

 やがてカリカリとポールペンを紙に走らせる音が聴こえた。不思議に思い、目を開けるとそこはレイの部屋ではなく、目の前に事務仕事をする机に頭の禿げたおじさんが資料をチェックしていた。それは重要な資料らしくなんども見返して間違った箇所をボールペンで加筆しているらしい。

 それにしても私は頭がどうにかなってしまったのだろうか。よく死ぬ前はいままでの自分の人生が走馬灯のように思い起こされるというが、いま見ているのは走馬灯ではなく禿げたおじさんの事務仕事だ。しかもこのおじさん、禿げた頭を隠すべく左右の残った髪を頭頂部にかきあげ、いわゆるバーコードになっている。こんな髪型、ドラマや漫画以外ではじめてみたかもしれない。そしてなくなった髪のかわりか鼻髭は立派で左右に長く垂れていた。

 どこか既視感があるかと思ったが、手塚治虫だったかの漫画に出てくるヒゲオヤジにそっくりだ。

「ああ……来たか。君の目にはここはどう映る?」

 その言葉に私はぐるりと周囲を見渡すがここは事務仕事をする机以外なにも無かった。本当になにも無い。SF映画のCGを駆使したような白い空間が広がっているばかりで、遠くをみると平衡感覚を失い、足元がおぼつかなくなるくらいだ。やはり現実ではないのだろう。

 私は痛みや恐怖に耐えられず、こんな幻をみているに違いない。

「なんといったらいいかわかりませんが、吹雪の中、ホワイトアウトした景色みたいな……」

「ふぅん。ここを『精神と時の部屋』みたいという世代はもう終わったのか……早いもんだねぇ」

 ヒゲオヤジはため息をつくと資料を手に私にいった。

「じゃあ、二、三質問するな」

「はぁ」私は気のない返事をした。

 そしてなぜだか、ヒゲオヤジの持っている資料の内容がわかった。私の履歴がびっしりと書かれているのだ。やはりこの妄想は形を変えた走馬灯なのかもしれない。私はなぜだか腑に落ちた。

「東京に来たときしたバイトでコンビニとあるが、カラーボールを投げたことは?」

「はぁ、先輩に必修だと騙されて、公園でボール投げの指導をされました……」

「あと、給料がいいから、と死体洗いのバイトは……」

「はい。先輩が医大生で事細かに臓器や関節の説明してくれて……ちょっとウザかったかな?」

「マルチ商法の勧誘もやってるね」

「悪いとは思ったんですが、東京って田舎より物価が高くて、背に腹はかえられず……」

 いったいなんの質問なのかわからない。ただヒゲオヤジの表情は真剣そのもので、私の返答のたびに資料にボールペンでチェックを入れているようだった。最後に「よし」と自分を納得させるように呟くと「じゃあ、左の扉から出ていきなさい」と指差しながらいった。

 この白い空間にそんなのあるわけないじゃないですか? といおうとしたが、指さす方向をみると確かに扉があった。その扉は扉というよりかは学校の教室にあるようなクリーム色の引戸だ。

 私はいわれるまま戸に手をやり開けた。

「ああ……彼はもういったから早く追っかけな。お互い記憶を無くしているから苦労するとは思うがね」

 ヒゲオヤジの声に後ろを振り向くとヒゲオヤジは別の資料を手に取りながら私を見ずに独り言のようにいうばかりだった。そして「まぁ、愛があれば大丈夫」と私を見ずに手をヒラヒラとさせ、早く行くように促した。

 戸の向こうはまた白い空間が広がるばかりだ。しかし、戸の仕切りを跨ぐとストンと視界が暗くなった。

 やはりこれは幻なのだ。

 私は拘束され殺される。

 因果応報とはよくいったものだ。私はそれだけのことをやってきた。人並みに幸せになることなんて許されないのだ。ただ、ひとつ残念なことは私に巻き込まれたレイのことだ。彼は無実だ。ただ私の近くにいたばっかりに殺し屋に目をつけられてしまった。

 できることならレイは助かって欲しい。

 けれどそれを望んだところで叶わないのだろう。

 思い返してみればあの殺し屋も自殺志願者かなにかだったのだろうか。自分も一緒に死のうとしていた。もしかしたら故郷の依頼主は自殺志願者の殺し屋を差し向けたのかもしれない。自殺志願者の殺し屋とは考えたものだ。金を用意することも、仕事の後に匿う必要も、足のつくこともない。都合のいい鉄砲玉だったのだろう。

 それにしても……私は笑った。

 暗闇のなか、もう後戻り出来ない死への恐怖はとうに過ぎて、むしろ開放感が勝ってきたのかもしれない。

 あの殺し屋の女の子の前髪……明らかに切り過ぎていた。

 アバンギャルドにも程がある。サイバーパンクなSF映画のキャラクターみたいに切り過ぎておでこが丸出しだったし、真っ直ぐではなくやや右に上がっていた。きっと私たちを()る前に腕の悪い美容師にヤられてしまったのかもしれない。


 暗闇のなか、どこからか声が聞こえた。

「大丈夫か?」

 聞き覚えのある声だ。

 薄目を開けると雲一つない青い空と爽やかな風が頬を撫でる。そして目の前にはレイがいた。

 相変わらず髪は白い。似合わないから止めとけっていってたのに気に入ってずっと白いままにするなんてさ。けどよくみるとブルーのカラーコンタクトまでしちゃってるよ、この人。似合ってるのはいいけど、いったいなんのコスプレだよ。

「大丈夫、大丈夫だから……もう少し寝かせてよ」

「僕としてもそうしたいのですが、獅子心王が封じた魔王軍が復活したのです。エリシア女王陛下の乱心ももしかしたら魔王の力によるものかもしれません。その力は徐々にこの世界を蝕みつつあります。我々には転生者たる貴女の力と知恵がまた必要なのです」

 まぁた、なんかいい始めた。いつも夢ばかり語る。いつも私に夢を見させてくれる。きっとレイは夢のなかで生きているのだ。そして現実世界にもほんの少し夢の香をにじませているのだ。それを私は楽しむ。少なくとも私の現実から一歩外れた場所をみせてくれる。

 でもこんな荒唐無稽な話はさっきのヒゲオヤジだけで十分だ。

 ああ、そっか、きっと私はまだ幻をみているのだ。

 いい加減、終わらせて欲しい。

 もう恐怖も激痛も勘弁して欲しい。

 いまはただ微睡みのなかで時が過ぎるのを待っていたいのだ。

 けれど私の思いとはうらはらにふわりと抱きかかえられた。

 あのヒョロいレイとは見違えるばかりの力強さだ。

 そして唇に優しく柔らかな唇が重なる。あたたかいぬくもりを感じ、私は祈った。この一瞬がいつまでも続けばいい、と。超えたと思っていた死への恐怖が戻ってくる。私は震え思わずレイの首にしがみつき頬に涙が伝った。

「大丈夫、今度は僕が貴女守る。必ず」

 どうせ幻だ。

 けれどその言葉は私に力をくれた。

 私は目を開ける。レイの微笑みと青い空、草原があり、その草原には見たこともない文字が刻まれた巨石群がまばらに周囲をぐるりと取り囲んでいた。

「……ここは……?」

「再びハイランドへようこそ」

 レイの言葉に私は――

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