周、恋路をゆく
私は気を失った侵入者を捕まえました。
護身用に持っていたスタンガンがまさか役に立つとは思ってもみませんでした。わざわざアメリカから取り寄せた強力なものです。
自分でいうのも恥ずかしいのですが、私は顔もスタイルも(心も知恵も知識も)大変良いのです。ですから見た目で損することなんて日常茶飯事なのです。人間は見た目だけではありませんが、どうしても見た目に目を奪われてしまいます。それだけではありません。美しいものを見ると身の程も知らず手を伸ばしてみたくなる輩もいるのです。(私は高嶺の花だというのに。いえ、手が届かないからこそ手を伸ばしてしまうのかもしれません。私の容姿は人の目を奪わせるのではなく、もしかしたら心を奪ってしまうのかもしれません)そういう輩たちから私は身を守らなくてはなりません。ですからやりたくもない荒事をしなくてはいけないことだってあるのです。
それにしてもこの女性は泥棒でしょうか? よりによってレイの部屋に入ってくるなんて許せません。
でも本当によかった、と胸を撫で下ろしました。
幸い、私がいたお陰でなにも盗られていません。
私とレイが会わなければこんな幸運なこともありません。もし今日、二人が出会わなければきっとこの部屋からなにか盗み出されていたに違いないのです。
ますます運命を感じずにはいられません!
きっと神様がこの日この時に私をここに来るべく導いて下さったのです。
さて、この泥棒をこのままにしておくわけにもいきません。私は玄関の靴の入った棚を思い出しました。それは手作りだったような気もします。
戸棚を探すと案の定、インパクトドライバーとビスなどがが入った工具箱が見つかりました。
それで床にU字フックを床にビス止めし、私のバッグから手錠を取り出しチェーンをくぐらせて泥棒さんに手錠を掛けます。これで逃げられません。あっ、叫ばれてもご近所迷惑でしょうからと、泥棒さんの鼻をつまみ、開いた可愛いお口にギャグボールも噛ませました。
完璧です! これでもう安全でしょう。
一時は恐怖でどうにかなってしまいそうでしたが、なんとか対処できました。
怖い泥棒さんもこうやって捕縛しされ、無抵抗に寝ている姿は可愛いものです。
警察に連れて行く前に名前と身元くらいは覚えて置いた方がいいでしょう。私は泥棒さんのバッグの中にある財布を取り出し、身分証明書を探しました。すると運転免許証が出てきました。マニュアル車なんてとってあります。それに大型特殊まで……ずいぶん、ご苦労されたのですね。これだけ頑張って資格をとっても空き巣に入るしかない、とはどういう運命なのでしょうか。私は泥棒さんに同情しました。
しかし、名前をみるとその同情心は吹き飛びました。
『三浦エリ』と印刷されているのです!
それはミウラ……ミゥラ……ミュラーと読めます! 『炎の異世界転生令嬢』の性悪女、ミュラー公爵夫人と同じ名前ではありませんか! そればかりではありません。エリは確か女王エリシアの愛称で自分のお気に入りである人たちにはエリと自らを呼ばせていたのです! その二人の名前がひとつになって、いまここにいる……私はまるで小説の中に迷い込んでいるような気持ちになりました。
そして、生年月日をみると私と生まれた年が同じなのです。つまり小説の中のエリシアと主人公と同じ境遇となります。
この泥棒さんはいったいなんの暗喩なのでしょう?
いつの間にか私の手にテーブルの上にあったハンドタオルが握り締められていました。
それを三浦エリの首に巻きます。そして両端を持って力一杯締めようとしたときに「ただいま」と玄関からレイの声が聴こえました。