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失恋彼女

挿絵(By みてみん)

 電車の窓に映る景色は明かりがあるばかりで、その暗さは時折、鏡のように私の憂鬱な顔を映しています。

 胸の奥にわだかまったものを吐き出すような溜息は帰路にある人々の雑音と電車の走行音に掻き消され、その存在の有無すら定かではないように誰かの日常にすら届きません。慰めてくれるようなものは何も無い、秋雨のような冷たい寂しさに浸るばかりでした。そんな時、車窓の向こうに併走するように走る道に救急車と消防車が私の乗る電車と擦れ違います。それは私の来た道を戻るように走り、まるで私の置いてきた過去の寂しさを救け向かうようにみえました。きっと私の勝手な願望なのでしょうが、そんな些細なことが今の私にとっては僅かながらの、気休めのような慰めになります。

 今日、私はひとつの恋が終わったのです。

 それは今となっては恋というにはあまりにも朧気で幽かなものだったのかもしれません。ただその存在を信じ、確かめようと私はなけなしの勇気を振り絞ったのです。けれど結局、終わってしまいました。いえ、始まってすらなかったのかもしれません。午睡の際にみる儚い夢のように醒めてしまったのならば、それはもう二度とみることは叶わないものなのかもしれません。ただ暫時の慰みに私はスマートフォンを取り出しました。ここに送られてきたあの人の痕跡は全て削除します。そして『小説家になろう』のサイトにアクセスし、読みかけの小説を読み始めました。

 ひと時の慰みに読み始めた作品『炎の異世界転生令嬢』というタイトルのものです。読み始めたらこの主人公に自分にはないものを感じ、この作品の世界に没入してしまいます。「こうなれたらいい」「こうしたい」そんな願望を満たしてくれる物語。私は今あるこの寂しい現実を忘れ、ただ甘い妄想の世界に入り込みたいのです。それで一時的にでも気休めになるのならば、私はまた歩き出せそうな気がするのです。

 小説の話は主人公の女の子は合法、非合法な様々なアルバイトをしながら大学の学費を稼いでいた苦学生です。闇バイトで働いており、重要な仕事までさせられていました。その仕事の口止めのため、就寝時にアパートこど放火にあい異世界に転生するところから始まります。その世界でレイモンドと名乗る銀髪の伯爵の庇護の元、幸せを掴むため現実世界で体験した様々な(主に非合法)アルバイトでの経験を元に乗り越え、国を裏から操るミュラー公爵夫人を秘密裏に暗殺、レイモンドと恋仲にあった腹黒い女王エリシアを権謀策術を駆使し幽閉状態に追い込み、異世界転生者としての特権を利用、国の実権を握り、やがてレイモンドと結ばれるという、自由闊達かつ奔放怒濤、ときにコミカルで行動力溢れ、けれどレイモンドの前では夢みる乙女になる主人公に私は夢中になります。ストーリーも面白く、まさかコンビニのバイトの先輩がからかい半分に教えたカラーボールを投げる指導と遺体洗浄の仕事が異世界の暗殺術の秘技に繋がるなんて思いもしませんでしたし、闇バイトでのオレオレ詐欺とマルチ商法の勧誘テクニックの合わせ技が中世の脆弱な経済を危機的状況に陥れ女王の権力を失墜させるきっかけになるなんて!

 私もこんなふうに行動力と機転溢れる人間だったのならどれだけ救われるのかわかりません。ですが、いまは終わったこの一時の寂しさをこうやって甘い物語で慰めるしかないのです。

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