二章 新人類計画
ごちゃごちゃとした機械類が入った箱を店主が壁の棚に入れる。
「よし、やっと終わったな。お取引どうも」
「こっちこそありがとう。こんな金額で買い取って利益出るのか?」
「もちろんだ。なんなら大儲けだから心配すんな」
「ならもっと高値で買って欲しいもんだ」
「勘弁してくれよ」
ソファに座り直した店主は笑いながらそう言った。あれから俺は持って帰ってきた物を査定してもらっていた。ハードディスクを見せたときの店主の目の輝きはなかなか見物だった。動作の確認がどうとかで色々と時間はかかったが、殺しの報酬が倍になるくらいの稼ぎになった。
正直、驚いた。もう戦争が始まってから何年も経つのにあんな掘り出し物が残っている場所があるなんて思いもしなかった。
腕時計に表示された所持金額の桁が普段より二つも多いのを見ると、思わずにやりと笑みが出てしまう。
「さて、そろそろノヴァが起きる頃じゃないか?」
「あぁ、そうだった」
リュックサックから荷物を引っ張り出すのに夢中で半ば忘れてしまっていた。こいつから色々聞き出さなきゃならないんだった。
店主の言うとおり、ノヴァはすぐにぱちっと目を開けた。
「おー、噂をすればってやつだな」
「充電完了しました」
「気分はどうだ?」
「気分……ですか」
俺の挨拶代わりの言葉に、ノヴァは顎に手を当てて考え込んだ。
「実は、私には感情がないのです。人類を再現するためには不可欠であるはずなのに」
「人類を再現する?」
今度は店主が食いついた。
「それって『新人類計画』の話に繋がるか?」
「あぁそうだ。その辺り、詳しい話をお前から聞きたかったんだ」
「少し長くなりますが、それでもよろしいですか?」
「構わない」
木の椅子に座ったままノヴァは静かに話し始めた。
「私は『新人類計画』において14番目に作成されたAI、ノヴァです。『新人類計画』はその名の通り、今の人類の意思を継いだ新しい人類を作る、という計画です」
「そりゃあ、また大層な計画だな……」
店主が目を細めた。
「事の発端は3年前、第三次世界大戦の開幕でした。開戦から1週間で核兵器が飛び交い、地球上の半分は生物の住める環境ではなくなりました。そこで、政府は考えました。人類は間違いなく絶滅すると」
「軍じゃなく、国だったか」
「そうです。そこで人類が生きた証として、せめて未来に何かを残そうと始まった計画が『新人類計画』です」
夢のような話だったが、まったく有り得ないかというとそうでもない、ノヴァの話には不思議なリアリティがあった。
「それからアメリカ各地に散らばっていた各分野の研究者が極秘裏に集められました。集められた場所は『人工知能人格研究所』。貴方が私を見つけた場所です」
あそこはそんな特殊な場所だったのか。まったくそんな風には見えなかったが。
「そこで数々のAIとその体が作られました。ある物は体が動かせず、ある物は会話が出来ない……。毎日のように研究員は試行錯誤を続けました。この一環で私は作られました。そして私も他の物と同じように動作試験を受ける予定でした」
「予定だった?」
「はい、現実にはそれは叶いませんでした。研究所にもついに戦火が及んだのです。研究員たちはすぐに避難しました。私は置いていかれました。彼らは言いました。すまない、本当にすまない、と。恐らく今はどこかでまた研究を進めているのでしょう」
「そうだったらいいな」
「私もそう願っています。ただ、奇跡的に研究所は原形を留め、私も無傷でした。いえ、奇跡的というのは違いますね。意図的に、研究所だけ残されたのだと思います」
「それはなんでだ?」
「皆さんは西海岸の反乱はご存知ですか?」
「西海岸の反乱?」
すると店主が口を挟んだ。
「お前は知らなくて当然だ。俺が敢えて伝えてなかったんだ。2カ月前、政府に反対する過激派と軍の一部が反乱を起こした。今、ここらで起こってる戦闘は全部、東海岸と西海岸の連中がやりあってるんだ」
知らなかった。なんだか自分だけ別の世界に取り残された気分だった。
「もう俺は話についていけねぇよ……」
「まぁそう言うな。とりあえず聞いてみようぜ」
疲れ切った俺に対して、店主はノヴァの話に興味津々だった。
「恐らくですが、西海岸の反乱を首謀している人物は新人類計画を知っていたのでしょう。そして協力的だった。でなければ研究所もろとも、私は破壊されていました」
「わざわざ研究所だけ砲撃しなかった辺り、信憑性はありそうだな」
店主がうんうんと頷いた。俺はどこか胸に引っかかりを覚えながらその話を聞いていた。
「そしてその砲撃から2日後……今日のことです。私は貴方に会いました」
ノヴァは俺の目を見て言った。
「なるほどな」
俺に代わって店主が相槌を打った。長い話はようやく終わったようだった。
「じゃあ俺からも言いたいことを言わせてくれ」
過去の話はだいたい聞いた。まだ気になることもあるが、それは後で聞けば良い。俺は未来の話をしたかった。
「お前に何があったのかはだいたい分かった。その分、分からないことも増えたわけだが……それはいい。お前、これからどうするつもりなんだ?というか、どうしたい?お前の意思を聞きたい」
「意思……ですか」
そう言ったきり、ノヴァは黙った。店主も何も言わなかった。重い沈黙が流れた。
俺はノヴァの意思を尊重しようと思っていた。こいつには人の希望が込められているのだ。このクソみたいな世界で、今を生きるだけで精一杯の人間が溢れている中で、少しでも前を見ようとした人間たちの努力の結晶だ。それを知ってしまった以上、俺がノヴァを無理矢理どうこうしようという気にはならなかった。
やがて、ノヴァが口を開いた。
「私は、貴方と一緒に居たいです」
「は?」
意図せずに拍子抜けした声を出したのと店主がヒュー、と口笛を吹いたのはほとんど同時だった。
「ずいぶん大胆なもんじゃねぇか。人間でもあんたほどのはあんまりいねぇぞ」
「私は何かおかしいことを言ったでしょうか?」
とんでもないこと……いや、自分の決断を最悪な言い方で口走った本人はきょとんとしていた。それを見ているとなんだか馬鹿らしくなってきた。
「おかしいことを言ったわけじゃない。店主の頭が色恋沙汰に染まってるだけだ」
「色恋沙汰……?」
こいつは本当に超高性能のAIなのだろうか。少し頭が痛くなってきた。
「……話を戻すぞ?俺としては、お前がそう言うなら別にそれで構わない。うちのアパートは俺以外誰も住んでないからあんた用の部屋も用意できる。機材のこともそこの色ボケスーツがどうにかしてくれるだろ」
「色ボケスーツって、お前なぁ……」
「ありがとうございます。それではお世話になります」
ノヴァは相変わらずの無表情で言った。こうして俺は初めて面倒を見なきゃならない相手が出来た。
店の表に停めておいたバイクに跨がる。結局あの後、ノヴァが動くのに必要なのは電源の充電設備だけというのが分かったからそれを店主にトラックで運んでもらうことにして、俺たちは家に帰ることになった。……後ろに誰かが乗っているという感覚は慣れないものだ。
「さ、行くぞ。変なのに絡まれる心配はないとは思うが、もしバイクを停められたらとにかく走って逃げろ。分かったか?」
「承知いたしました」
バイクに積まれたモーター特有の甲高い音を響かせながら、大通りを走った。街に帰ってきた時よりも人通りが増えていたが、服とも言えない布を体に無理矢理纏わせた浮浪者ばかりだった。
俺が来たばかりの頃からずっとこの雰囲気は変わらなかった。老人はこの街の階級の最下層と言っても過言じゃなかった。戦争が始まったときから仕事も出来ない無駄飯食らい扱いされ続け、この街でもそれは変わらなかったようだ。まだ働ける奴らも成り上がっていく奴と落ちぶれていく奴にはっきりと分かれた。さっきの店主も元々は俺と同じように戦場に出て、自ら廃品回収をしていたらしい。そこから自分の店を構えるようになったというから典型的な成り上がりパターンと言えるだろう。落ちぶれていく奴というのは……まぁ、俺だろう。今のところ、体を張ってなんとかやっていってはいるが、いつ働けなくなるかは分からない。もし動けなくなってしまったら、そのまま野垂れ死ぬしかない。だから俺がこれから落ちぶれていくのはほとんど必然だった。
そんな薄氷を踏んでいくような生活をしているのだから、ノヴァと暮らすのは不安で仕方なかった。新人類計画という俺には重すぎる荷物を背負わされているのだ。
そんなことを考えているうちに、家の前まで着いていた。ぼーっとしていても運転と道は間違えないものだ。
「着いたぞ」
「ここが貴方の家ですか。思っていたよりも古い建物なのですね」
「この時代に古いってことはツイてるってことでもあるんでな。とりあえず、店主が来るまで俺の部屋にいてくれ」
バイクの電源を切って保護用のシートをかける。これだけで金属部品なんかの劣化を防げる優れものだ。かなり値段が張ったが、店主からとてもおすすめされたものだから買ってしまった。
ふと気づいたのだが、ノヴァにも服が必要だ。今のままじゃ街に出歩くときに目立ちすぎる。せめて派手な装飾の入った関節部分を隠せる何かが欲しかった。
ひとまず部屋に入ることにした。ノヴァはカチャン、カチャンとアスファルトの地面から普通は鳴るはずのない足音を立てて歩いた。
三回目の初投稿です。
今回から前書きじゃなく後書きに色々書いていこうと思います。とりあえず今後の投稿について。たぶん毎回これくらいの文量で上げることになりそうです。ホントはもっと書きたいんだけどね。そしてまだまだ続くはずです。小説書いてて続き書くのに困らないの初めてです。ピクシブにウマ娘の怪文書上げるのが精々だった頃からすると大きな成長(?)だと思います。ねこぱんちは伸びしろしかねぇ(超ポジティブ)。