一章 白い人形
2回目の初投稿です。
ストックしていた1万文字をとりあえず投下しました。ここからの更新はモチベが続く限り不定期にする感じになります。まだ書きたいことたくさんあるから失踪はしばらくしないと思うけども期待しないで下さい!!!
彼女の姿を見て、俺は言葉が出なかった。
上から見下ろしているときには暗くて気づかなかったが、全身は真っ白な塗膜に覆われていて、肩や膝などの関節部分は黒地に金色のエングレービングがされていた。特に腰回りは何も身につけていないのにスカートのような飾り付けがされていて、まるで小さいときに見た雑誌で見た彫刻のような美しさだった。
それよりも俺の目を惹いたのは美人としか形容できない顔と、つやつやとした長い金髪だった。その美しさは人間には到底実現不可能なものだった。
「助けていただき、ありがとうございます。私は『新人類計画』において試作された14番目のAI、研究員の皆さんからはノヴァと呼ばれています」
「なんだ、そりゃ……」
「貴方は研究員ではないようですから、少しだけ説明が必要かもしれませんね。新人類計画についてはご存じですか?」
「知らない。あと説明もいらない」
「そうですか。なにかあれば遠慮なくご質問ください」
なんだ、この状況。頭の中がごちゃごちゃになって整理が付かない。ひとまずこいつが悪い奴ではなさそうというのは分かったが、それ以外は何も分からない。
長い沈黙が流れる。さっさとこの建物から出て行くというのも考えたが、なんだか外に出る気にはならなかった。
突然、ノヴァと名乗ったロボットが口を開いた。
「貴方は何をしにここに来たのですか?」
答えづらい質問だ。
「その辺のガラクタを漁りにだよ」
「そこにいる人は、貴方が殺したのではないのですか?」
バレた……というか、バレやすすぎる嘘をついてしまった。
「……そうだよ。さっきのは半分嘘。本当はこいつの殺しと漁りを兼ねて来た」
「そうでしたか」
殺しを咎める訳でもなく、そう言った。
「一つだけお願いがあるのですが」
「なんだ」
「私をここから連れ出してくださいませんか」
「断る」
「報酬は、弾みますよ?」
そう言うとそいつは俺の左手を取り、丸く成形された胸にぎゅ、と押し当てた。驚いて顔を見ると、目は少し潤んでいて、頬は赤く染まっていた。胸にしては硬い、つるつるとしたさわり心地だった。
少しの間、俺は呆けていたと思う。潤んだ瞳はずっと俺のことを見ていた。すると、突然顔の赤みがさっと引いた。
「やはり誘惑というのはよく効くのですね。勉強になりました」
さっきまで俺のことを蠱惑的に見つめていた瞳は元の無機質な物に戻っていた。
「勘弁してくれ……」
「どうしてですか?人間の男性はこの手を使うと喜ぶものだと、様々な文献から伝わっているのですが」
「どんな文献だよ……」
「ここ最近だと、3日前に出版され」
「分かったもういい!ほら、行くぞ」
この会話を続けるのは苛立ちと疲労が溜まっていく一方だということを察して無理矢理言葉を遮った。
「連れ出してくれるのですか?」
「あぁ。街に戻ってやらなきゃならないこともあるし、第一ここで話してたってしょうがないだろ。あー、外にあるガラクタだけは回収しないとな」
「ありがとうございます。やはり誘惑は」
「そうじゃない!」
こいつは下手したら人間より厄介かもしれなかった。
「貴方の言う『街』までは歩いて行くのですか?」
外にある物資を漁っている最中、ノヴァは突然話しかけてきた。
「いや、少し行ったところにバイクを停めてある。帰りはそれだ」
「そうでしたか。バイクなら問題なさそうです」
「何かあるのか?」
「そろそろバッテリー切れが近いので」
こうやって話しているとつい忘れてしまうが、こいつは機械なのだ。改めてそれを意識すると少し不思議な気分になった。
こんな人間を模した機械と遭遇するのは初めてだ。戦闘用のドローンとも、昨日の店にいた接客用ドローンとも全く違う構造だし、なにより話せるというのは衝撃的だ。文字通り、機械的な話し方をしているがそれさえ無くなってしまえば、服を着るだけで人と見分けが付かないだろう。
「その体、電気で動いてるのか?」
「はい、規格はラプターII型やエアロナビゲーターと同じ物です」
「そいつらなら俺も聞いたことある、多分充電はできる」
ラプターII型もエアロナビゲーターも軍事用ドローンだ。さっき『新人類計画』とか言っていたが、軍に関係することなのだろうか。
考えているうちに背中が重くなってきた。
「よし、こんなもんだろ。行くぞ」
分かりました、と返事をするノヴァは相変わらず無表情だった。
「ここが貴方の言っていた街ですか?」
「あぁ、みんなはグレイタウンって呼んでる」
「街というには廃墟が多すぎるような気がしますが」
「人が集まって暮らしてるんだ。街って言って問題ないだろ」
「そうかもしれません」
俺とノヴァ、あと荷物を乗せて重くなったバイクを飛ばして数分後、街に着いた俺たちはその足で喫茶店で会った男の店に向かっていた。
「そういえば、お前ノヴァって言ったよな」
「はい、私はノヴァといいます」
「誰に名前つけられたんだ?」
「誰でしょう?私は研究員の皆さんに作られましたから、そのうちの誰かが名づけたんだと思います」
そうか、と返事をした。名付け親も分からないというのは少し可哀想な気がした。こいつが作られたのも何か重い事情があるらしいし、なかなか面倒くさいことに巻き込まれてしまったみたいだ。
そんな話をしているうちに店が見えてきた。
「よし、着いたぞ」
「私も行くのですか」
「当たり前だ。今から会う奴ならお前のことについて詳しいかもしれない」
やたら重い金属製の扉を開けると昨日と変わらないスーツ姿の男がいつものカウンターに立っていた。
「よぉ、仕事は済んだか……って新しいお客さんまでいるのか」
「きっちり終わらせてきた。あとこいつはお客さんじゃない」
ノヴァのことを不思議そうに見ていた店主だったが、金色の拳銃を見せると満足そうな顔をした。
「流石だ。報酬は後で渡すとして……お嬢ちゃん、でいいのか?ずいぶん不思議な格好してるが……なんて名前だ?」
「私はノヴァです。『新人類計画』において作成された14番目のAIです」
「はぁ?」
突然店主は怪訝そうな顔をした。
「じゃああんた、人間じゃねぇってことか」
「見りゃ分かるでしょ」
「いや、うちの客に全身機械にしちまったサイボーグ野郎もいるからよ……。まさか本当に人間じゃないのが来るとは思わなかった」
色々と驚くところはあるのだが、やたら機械に詳しい店主がこいつについて何も知らないようだったのは意外だった。
「それでこいつ、どこで拾ってきたんだ」
「あんたが指定した場所でだよ。あそこに1個だけまだ無事な建物があったんだ。そこに入ってみたら、こいつがいた」
「……なるほどな。どっか寄り道したわけじゃねぇのか」
「そんな余裕ないよ」
腕組みしながら難しい表情を浮かべる店主とただ無表情で話を聞くノヴァは対照的だった。
唐突に、ノヴァが口を開いた。
「店主さん、ここにドローンの充電設備はありますか?」
「あぁ、裏に一応備えつけてある。うちで動いてるのはないけどな。それがどうかしたか?」
「バッテリー切れが近いのです」
「しょうがねぇな。こっち来い」
そう言うとカウンターの一部を跳ね上げた。
「ありがとうございます」
「いいのか?」
俺が尋ねると店主はまぁまぁ、と軽く手を振った。
カウンターの奥に入ってみると、壁に沿って大きな棚が配置されていた。そこには等間隔に店の在庫品が並べられていて、なかなかに仰々しい雰囲気が漂っていた。
「充電には1時間ほどかかります。その間、私は休眠状態になりますが、問題ありませんか?」
「あぁ、大丈夫だ。終わったら教えてくれ」
俺の代わりに店主がコードの配線なんかを済ませると、思っているよりすぐに充電が始まった。
「さて、あんたはこっちだ」
店主が指差す先は応接用のソファがあった。
「先に報酬を渡しておく。腕、貸しな」
俺は手首に巻かれた腕時計型の端末を出した。俺が使っている唯一の機械だ。店主はそれに昨日使っていたタブレットをかざした。
「いつものあれじゃないのか?」
あれ、というのはカウンターの上に置いてあるレジだ。俺がまだ小さかった頃……戦争が始まる前の時にはよく見たものだった。
「今回は額がデカいんでな。こっちを使うんだ」
「そうか」
ピコーン、と高い音が響いた。腕時計の円状の枠を操作して所持金を表示すると確かに送金されていた。
「回収してきた物はうちに売るなり、他に流すなり好きにしたらいい。まぁ、出来るならうちに回して欲しいけどな」
「俺が他の店に行ったら買い叩かれるよ」
「違いねぇ」
大きな笑い声が上がった。機械に無知な俺にとって、この店主は神様のような存在だった。他の所に売りに行くとまず安値で買い取られる物も、ここでなら倍の値段がつくこともザラだった。
「さて、じゃあ依頼の話はここまでだ」
一通り笑い終えると、店主はまた真剣な顔つきに戻った。
「ノヴァの話か」
「そうだ。あいつが寝ていた方が話しやすいだろう。……とりあえず、あいつについて分かることは俺には何も無い。『新人類計画』なんてのもずいぶん気取った名前だが、聞いたことがない。おまけにあんなのを見るのも初めてだ。正直、お手上げだな」
「ここに引き取ってもらうつもりで来たんだが」
「無理だ。得体の知れない物を店に置けない」
「マジかよ……」
心の隅では一体いくらで売れるんだろうと期待していた所もあったのだが、アテが外れてしまった。
「そもそもな、人と会話できるドローン、見たことあるか?」
「ない」
「その時点であいつはとんでもない化け物なんだ。あそこまで高度なAIはこの世にあいつしかないと断言できるほどだ。……お前、実は相当ヤバいもの、掘り出してるんだぜ」
「……あー、済まないんだけど、そのAIってのがよく分からないんだが……」
「とことん機械音痴なんだな……。AIは人工知能ってやつで、要するに人間の脳味噌みたいなもんだ。民間用、軍事用問わずドローンにはまず積まれてる。昨日言った喫茶店のやつなんかは分かりやすいな。お前、コーヒー注文しただろ」
「2つ、な」
「ああやって音声を認識してるのもAIがやってるんだ。……昨日のことは済まなかった。ちょっと事情があってな。コーヒー代も報酬に入れておいたから許してくれ」
「それならいい。それで、AIっていうのがいい仕事してるのは分かったんだが、ノヴァのはどう違うんだ?」
「うーん、なかなか表現するのが難しいんだが……。さっきAIは人の脳味噌だと言っただろ?実はあれは言い過ぎなんだ。AIは所詮、音声認識だったり難しい計算だったり、そういうことしか出来ない。ノヴァは言ってしまえば脳味噌そのものだ。俺たち人が出来るようなことはほとんど出来る。なんなら体の性能分、向こうの方が優れてるかもしれない」
「ほー……」
ノヴァの方にチラリと目をやった。木製の椅子に腰掛けて目を閉じている女性を模した体にはそんな能力があるようには思えなかった。
「不思議なもんだな。なんでそんなのが作られたんだか……」
「『新人類計画』とか言ってたよな。軍とかでそんな話聞かなかったか?」
「軍曹止まりの下士官には分からねぇよ。あんたも分からないんだろ?」
「いや、一応噂で名前だけは聞いたことはあるんだが……本当に名前だけだ。詳しいことは何も分からん」
「そうか……」
「結局、あいつが起きるまで待つしか無いってことだな。……これが、振り出しに戻るってやつかもな」
「振り出しってなんだ?」
「おいおい……」
純粋に疑問を投げかけた俺をよそに、店主はため息をついて頭を掻いた。