序章 出会い
初投稿です。
趣味で書いていた小説がついに1万字を越えたので記念に載せてみるかということで載っけてます。誰かの暇潰しになればいいな。
「コーヒーを二つ」
接客用のドローンにそう注文した。かしこまりました、とやけに高い音の合成音声が室内に響く。
「どうだ、良い店だろう」
対面の大きなソファにどっかりと腰掛けたスーツ姿の男が言った。確かに最近じゃ珍しい個室の喫茶店だ。そもそもちゃんとした店舗がある飲食店なんてこの街じゃほとんどない。よく分からない料理を売ってる屋台ならそこかしこで見るが。
「仕事の話をするなら、な」
「はは、相変わらずせっかちだな」
男はそう言うと傍らの黒いボストンバッグから液晶パネルのようなものを取り出し、画面に指を滑らせ始めた。
「なんだそれ」
「初めて見るのか?あんた、軍の所属だったと聞いてたんだが」
「徴兵された一般市民の間違いだよ」
「その割にゃずいぶん肝座ってるように見えるけどな。……ほら、ここら辺りの地図だ」
男が机の上に置いた液晶パネルには紙の物と遜色ない地図が表示されていた。
「ほー、最近の技術はすごいもんだな」
「最近どころか、ずっと昔の技術だよ。お前、なんでドローン知ってるのにこれ知らないんだ……。タブレットっていうんだ。覚えときな」
呆れ気味に言う男にはいはい、とテキトーに返事をした。
「まぁこんな話は置いといてだな。本題に入るぞ」
男が提示した依頼は至ってシンプルなものだった。一言で言ってしまえば、この街から5kmほど行ったところで大規模な戦闘があったから、そこに落ちてるドローンの残骸やら人間の装備やらの金目の物を回収してこいと言うことらしい。
「どうだ、やってくれるか」
「そりゃやるさ。……それで、『本題』に入って欲しいんだけど?どうせ他人には聞かれたくないようなことがあるんだろ」
こんな話をするだけだったらこの男が構えてる廃品買い取り店の店先で出来る。もちろん普段からそこでこういう話をよくしている訳だから、この依頼に何か裏があるのは間違いなかった。
「まぁな。そうじゃなきゃここで話したりしな
い」
そう言うと男はまたボストンバッグから何かを取り出した。
「……懐かしい物が出てきたな」
出てきたのはやたらゴテゴテとしたカスタムパーツが付けられたアサルトライフルだった。
「実はこの依頼、もう一人別の人間に依頼してある。そいつの始末も頼みたい。……いいか?」
「報酬次第だ」
「50万。それと回収した物は全部お前にやる」
とんでもない大盤振る舞いだった。俺が一日ゴミ拾いをして稼ぐのがせいぜい5万。その10倍もあれば3、4カ月は遊んで暮らせる。相手は相当腕の立つ奴らしい。それか、この男は人を殺すというのを随分重く見ているようだ。
「受けよう」
「話が早くて助かる。顔写真も渡しておく。始末できたらそいつの持ってる拳銃を持ってきてくれ。本当なら死体の写真が欲しいんだが……どうせお前、さっきの調子じゃ写真撮ったことないだろ」
「ない」
「だよな」
また呆れた調子で男が言うと、ボストンバッグごと俺の方に渡してきた。
「この中に必要な物は入れておいた。上手くやってくれよ、兵隊さん」
そのまま男は立ち上がると個室のドアに手をかけた。
「あぁそうだ。大事なことを伝え忘れてた。あいつには明日の12時頃に現場に行くように言ってある。テキトーに理由付けておいたから変に感づかれる心配も無いはずだ」
「わざわざどうも」
「じゃ、俺は行くから」
そのままさっさと出て行ってしまった。それと入れ違うようにして、さっきのとは違う円柱状のずんぐりした給仕用ロボットが部屋に入ってきた。そうだ、コーヒーを頼んでいたんだった。しかも2つ。お待たせしました、お待たせしましたと繰り返す声を聞いて、俺ははぁ、とため息をついた。
会計を終えて喫茶店から出ると、そこには見慣れた街の風景があった。倒壊した高層ビル、歩道に座り込んで募金を求める負傷兵、ボロ布を纏った女たちを運んでいくトラック……。いつ見てもクソみたいな絵面だ。
俺の住んでいる……正確には、勝手に住処にしているアパートまではここから10分と少しだった。頭のおかしくなった人間に出くわさないように願いながら、足早に通りを歩いた。
大通りから裏路地に入って少しするとうちが見えてきた。この2階建ての古いアパートはこの辺りでは珍しい戦前から傷一つ付かずに残っている建物だった。実は俺がこの建物に住むのを決めたのはそれが決め手だったりする。自分で言うのも少しおかしいことかもしれないが、俺は結構ゲンを担ぐタイプだと思う。実際、この家に住んでからは特に酷い目に合ったことは無い。
家のドアを開ける。こうして見返してみるとこのワンルームは恐ろしいほど殺風景だった。シングルベッドとフローリングに直に置かれた机とボロボロのソファ、それにまだ売りさばけていないガラクタの詰まった箱。部屋にあるのはそれだけだった。そのおかげか、部屋はやたら広く見えた。
ソファに腰掛けて持ち帰ってきたボストンバッグを開く。とりあえず、銃が気になる。さっきは確認出来なかった細かい部分まで見ておきたい。もちろん動作チェックもだ。万が一、弾が出ないなんてことがあれば大問題だ。それで死ぬなんて御免被りたい。
「思っていたより軽いな……」
男が見せてきた銃は見た目よりずいぶん軽かった。バレルが短く取り回しが良い。大量のカスタムパーツも付けられているが、それも突き詰めていけば実用性特化の物だけである種の美しさを感じた。
「なるほど、道理で軽いわけだ」
弾薬は何を使うのか、とマガジンを外してみてそう呟いた。さっきはアサルトライフルだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。ライフル弾が詰め込まれているはずのマガジンには先の尖った拳銃弾が満載されていた。ずいぶん凝った作りだ。さしずめアサルトライフルに見せかけたサブマシンガンといった方が正しいんだろう。
「凝ってる割には、なんでこんな設計にしたのか分からないな……」
そう、わざわざ偽装する理由がないのだ。基本的には拳銃弾を使うサブマシンガンよりもライフル弾を使うアサルトライフルの方が殺傷力は高い。だからアサルトライフルを持っていると思わせることで相手を少し威圧できるかもしれないが……殺し合う相手にそんなことをしても意味が無い。というか遠目じゃ銃の様子なんて見えない。それに脅しの時にだって役に立たない。相手からすれば銃を持っているだけで脅威なのだから。
でもまぁ、あの男のことだ。なにか考えあってのことなんだろう。そう思うことで自分を無理矢理納得させた。
更に鞄を漁ってみると脇のポケットに顔写真が入っていた。無精髭を生やした中年の男が写っていた。どうやらこいつを殺せば良いらしい。見たところ、おそらく元軍人か何かだろう。戦争に巻き込まれた一般市民が命懸けでガラクタ漁りをするなんてこともあるにはあるが、それにしてはだいぶ肝の据わった顔立ちだった。
結局その日は銃と装備品の確認をしていたら日が暮れていた。喫茶店に行ったときは確か午後の3時くらいだったからずいぶんゆっくりとしてしまった。別に他にやることがあるわけではないから問題はないのだけど、少し損をした気分になった。
夕食に1カ月ほど前に大量に持って帰ってきた軍用栄養バーを食べ、一息ついたあとにすぐ眠ることにした。明日はなかなか面倒な依頼だ。それに……人殺しの依頼は初めてだ。もちろん普段の廃品回収で同業者と会ったときに撃ち合うことはたまにあるから、殺しに抵抗感はない。ただ、面と向かって誰かを殺せと言われると少し嫌な気分になるものだ。それを忘れるためにさっさと寝ることにした。
「この辺りか……」
次の日、俺は男に言われた現場にいた。時刻は11時過ぎ。まだ少し時間があるが、戦場で待ち伏せほど有効な戦術もない。ただ、辺りを見回してみると所々に死体とロボットや兵器の残骸、それに積み重なった瓦礫があるだけで隠れられる場所が少ないのは気になった。おそらく砲撃を何回も重ねた上でドローンを大量に投入したが、想定以上の兵力が配置されていて苦戦……それで現在に至った、ような感じがする。まともな建物が残っていないほど凄惨な戦場というのは少ないから、久しぶりに陰鬱な気持ちになった。
ただ、そんな中に一つだけ、ボロボロになっているもののまだ原形を留めている建物が一つあった。奴も『廃品回収業者』ならあそこには間違いなく来る。そう思って、俺はそこで待ち伏せることに決めた。
近くまで来てみると想像以上に広い建物だった。この辺りの瓦礫の量や形を見る限り、元々は住宅街のようだったから、屋敷か何かが建っているのかと思っていたが、どうやら違うらしい。屋敷にしては装飾が何も無いし、どちらかと言えばマンションに近い見た目だった。それに、入ってすぐの壊れた自動ドアの横にはオートロック用の鍵穴も見える。ただ、見たところ3階建てのようで、マンションにしてはおかしな構造だった。
自動ドアの割れたガラスを無理矢理くぐり抜けて建物の中に入った。そこにはやたら広い空間に、崩れたパーティションやオフィス用の机、よく分からない機械と書類が散乱していた。奥には上の階に行くための階段と他の部屋に繋がる扉が見えた。
「なにかの事務所か……?」
住宅街の真ん中に建つ会社のオフィスというのは少し違和感があるが、今はそれは関係ない。とりあえず、仕事が第一だ。俺は倒れていたパーティションのうち、使えそうなのを壁に立てかけた。これなら不意打ちするのに十分使える。
それから俺はひたすら待った。何もせずに1時間待つというのは少し苦痛だったが、仕事のうちと割り切った。
ガサガサ、と物音がした。俺が通ってきた入口の方からだ。どうやら来たようだ。
銃をぎゅ、と握りしめる。飛び出すときは一瞬だ。すぐに構えて、撃つ。簡単だ。大丈夫、俺はこんな所で死ぬような奴じゃない。
そう自分に言い聞かせていると、足音が近づいてきた。すぐそばにいるようだったが、俺は待った。こういうときはだいたい、敵が近くにいるように感じてしまうのだ。実際、死とは隣り合わせだが。
ガサ、と書類を踏む音がした。今だ。
ダダダダ、と爆音が鳴って、目の前の男が倒れる。壁には赤い血の跡が残っている。上手くいった。はぁー、と大きな息を吐いた。後は色々と漁ってから帰るだけだ。……忘れるところだった。拳銃を回収しないと。
俺は今ちょうど死体になった男に近づくと、うつ伏せに倒れ込んだ体を仰向けにひっくり返した。顔は写真と同じだった。
「許してくれ。俺も殺したくて殺したんじゃない」
誰に言うでもなく呟いて、ぱっくり開いていた目を手で閉じた。生気を失った顔がずいぶん優しい表情になった。
腰に着いていたホルスターには金色の拳銃が収められていた。なるほど、これなら分かりやすい。依頼主の店主が持ってこいと言うわけだ。
男の死体から拳銃と使えそうな装備を回収した後、まだあまり見ていない建物内の探索をすることにした。さっき確認したところ、建物にある機械類は無事そうだったからそこそこの利益が見込めた。少し期待しつつ、床に倒れている箱型の機械に触れてみる。どうやらこの箱はいわゆる『ガワ』のようで、中身に色々詰まっているようだった。
箱は思っていたよりずっと簡単に開いた。嬉しいことに、中身は値段の付きそうなパーツで溢れていた。金属が印刷された基盤に、それに備え付けられたチップのような何か、おまけにプロペラがついた小さな装置のようなものまで入っていた。
「おっ」
思わず声を上げたのはいわゆる記憶媒体……ハードディスクとかいうやつが2つも入っているのを見つけたからだ。これだけは知っている。あの店主にこいつは優先して持って帰ってきてくれ、と口酸っぱく言われたからだ。戦争が始まってから貴重になってしまった物らしく、海外からの密輸以外では新しく手に入ることがないと言っていた。これがこの部屋の機械全てに入っているならとんでもない儲けになる。
「こりゃ久しぶりの大漁になりそうだな……」
2つ目の宝箱にもさっきと同じようなパーツが詰まっていた。まだ背中に背負ったリュックサックには余裕がある。期待に胸を膨らませて3つ目に手を付けたそのときだった。
「誰かいるのですか」
室内に女の声が響いた。咄嗟にそばに置いておいた銃を拾った。まずい。完全に油断していた。
ただ、銃を構えてぐるりと周囲を見回してもどこにも人の姿は見えなかった。となると、奥の扉の向こうにいるのか。そう思ってゆっくりと歩いて行って、扉を思い切り蹴飛ばした。砲撃でガタついていたのか、扉は衝撃で蝶番ごと吹っ飛んだ。倒れた扉を踏みつけ、部屋の中に入ったが、そこにはさっきの部屋と同じような光景が広がるだけで誰もいなかった。
「私はここです」
ドンドン、と何かを叩く音が聞こえる。どうやらこの女には警戒心というものがないらしい。となると、同業者というわけではなく、逃げ遅れたここの社員か何かだろうか。
部屋を出て音の鳴る方へ向かってみると、そこは階段のすぐそばだった。よく聞いてみると、階段の横の床から音が響いていた。
「開けて、くださいませんか」
床に散らばっていた書類を退かしてみると、床下収納用の取っ手があった。たぶん、砲撃から身を守るために逃げ込んだんだろう。もう一度周囲を見回して、誰もいないことを確認した後、俺は取っ手を引っ張ることに決めた。
ぐっと力を込めて引っ張り上げると、それは簡単に開いた。
「ありがとうございます」
その女はすぐ下にいた。
「申し訳ないのですが、手を引っ張っていただけますか」
「あ、あぁ」
女は梯子を掴んでいた。どうやら地下は収納なんかじゃなく、避難用のシェルターだったようだ。俺が手を貸すと女はすぐに登ってきた。そこで初めて気づいた。
こいつは人間じゃなかった。