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〜輪廻〜

 外に出た彼は、自分でも何故あんなことをしたのか解っていなかった。ただ、一つ間違いないことは決してジルフィードをあの少女に重ねていた訳ではないということ。

 彼女と接近しすぎたか、とも思った。必要以上に人と接しない。それが彼の生き方で処世術だった。人とーーまして人間と接近しても、また置いて逝かれるだけだと言うのを、もう彼は痛い程に知っていた。寿命が違いすぎるのだ。仕方ない。ならば、出来るだけ失う物を少なくーーそれが彼の選んだ生き方だった。

 冬の始まりに薄く積もった雪の間から芽吹く薬草を摘みながら、彼は深く息を吸った。

 冷たい冬が、もうやって来ている。この、冬の雪の間から芽吹く薬草をあらかた積み終わったら、彼は長い冬ごもりに入る。

 彼女をーー何としても村へやった方がいいのかも知れない。彼女は彼の静かな生活をかき乱す。忘れようとしていた少女を思い出させる。それは彼女のせいではないのだけれども、その姿形、声が無意識に彼の脳裏に少女を蘇らせる。長い冬、そんな彼女とずっと一緒に居て、彼は正気で居られる自信がなくなって来ていた。その証拠に、さっきのキスは一体なんなんだ?胸を締め付けられるこの感情は何なんだ?

 彼は自分を持て余し始めていた。どうしていいか解らない。自分の感情さえも解らない。冷静で無表情で、冷たい彼が崩れかけていた。たった、ここ数日で。

 そして、何も知らない無邪気な彼女。

 危険すぎる。彼は感じていた。自分の感情の箍がおかしくなってしまうのではないかと。

「…ジルと同じ姿形で同じ声のジルフィード…あの産まれた時に持っていたというオーヴ…」

 彼はつぶやきながら、薬草を摘んでいた。

 ふと、彼の手が止まる。


 輪廻転生ーー?


 思いついた言葉を彼は笑い飛ばした。そんな都合の良いことがあるものか。宗教上の寓話だ。しかし、それならつじつまが合うのだ。

 彼はそれを都合のいい解釈だと、自分を笑った。もし、生まれ変わりが本当にあるとして、また彼女をいつかは失うのか?それなら生まれ変わりなど無い方がましだった。未だ、100何年前の傷を引きずっているというのに、彼にとってそれは決して嬉しいことなどではなかった。もしも、同じ種族にーーエルフに産まれ変わっているというのなら話は別だが。同じ時間を共有して、また先に逝かれると思うと彼はぞっとした。もう、二度とあんな思いは嫌だった。

 彼は気づいたら、彼女を拾ったあの滝の側に来ていた。何故、あの時彼女を拾った?見捨てても良かったのに。いや、すぐに村にやってしまえば良かったんだ。彼女が「ここにいたい」などという言葉も聞かずに。

 必死に生きようとする彼女を、彼は見捨てられなかったのだ、とその時気づいた。

 もしかしたら、彼女も「生まれ変わり」などという寓話に踊らされているのかも知れない。大事そうにしているあのオーヴ。

 あんなことをして、家を出て来てしまったが、彼女はどうしているだろう。ふと、彼は気になってしまった。

 あらかた薬草を摘み終わり、彼は仕方なく家へ戻った。彼女のリアクションが少し怖かった。

 古い家のドアはぎしっと音を立てて開き、嫌でも家主の帰りを彼女に知らせた。

「おかえりなさいーー」

 彼女は上着を脱いで暖炉の前にかける彼の元まで来て、緩く抱きついたーー。

 彼はそんなリアクションが来るとは思ってなかったから、心底驚いた。心臓がはね上がる。薬草を摘んだかごを、取り落としそうになった。でも、知られない様にしなければ。余計な期待を持たせたくない。彼女は村に戻すのだーー彼はそう決めていた。

 彼は薬草の入ったかごをテーブルに置き、彼女の緩い腕をほどいた。

「何をするーー」

 いつもの冷たい口調。彼は何とか平静を保っていた。

 彼女の顔を見ると、何て素直なーー彼の言葉に傷ついた彼女の顔があった。ああ、優しくしすぎたのだ。しかし、少女と同じ顔をした彼女に彼はいつの間にか弱くなっていた。

「そんな顔するな。少し驚いただけだ」

 口調が少し緩む。彼女の金髪をさらりと撫でる。彼女は笑顔を取り戻す。

 ああ、いつまでこうしていなければならないのだろう。彼女に翻弄される。弱みをさらけ出してしまう。今まで、必死に築き上げて来た物が一気に崩壊する。元々、少女を失うまでの彼は、こんな心を閉ざした、冷たい態度を取って、人と距離を置くような性格ではなかった。むしろ、人なつこい、よく笑うーー少し寂しがりな性格だったはずなのだ。

 元からの性格は、隠しきれないものなのか。彼は思う。いくら、冷たい人を演じたところで、いつかぼろが出るのか。そのきっかけが彼女だったというだけで。

「外、寒かったでしょう?勝手にキッチン使っちゃったけど、暖かいミルクティ作ったの」

 彼女は言う。

「うん。貰おうか」

 そう言って、彼は彼女の長い髪を一束緩くつかむ。キッチンに向かう彼女に、その手に取った髪の毛はするりとほどけて行った。またーー先に逝く者に想いを寄せるのか?ふいに彼は思った。いや、まだこの想いはそこまで育ってはいない。今のうちに芽を摘み取るんだ。彼の中で、二つの感情がせめぎあっている。

 暖炉の前で、ずっとこうしていたかのように静かにお茶を飲む。

「お前、このお茶のレシピどこでーー?」

「え?家で、昔から作っていたレシピよ」

 彼女の煎れたミルクティ。亡くなった少女が作った物と同じレシピで作ったかの様に同じ味だった。

 もう、偶然なんて言葉で片付けられない気がしていた。あの少女に親は居なかった。独りだった。偶然で、同じ味のミルクティが作れるものかーー。

 彼女は、少女の生まれ変わり?本当に?

 信じて傷つくのはごめんだった。そんな寓話に信憑性もなにもないのだから。確定要素が無い。

 黙ったまま、彼は彼女の煎れたミルクティを飲む。昔を、思い出した。幸せだった頃の思い出。あの時のまま、時が止まっていれば、と思う。そして、今その時が蘇ったのかと錯覚する。そんなことは無いのに。


 その夜、彼女はまたとんでもないことを言い出した。

「一緒に寝よう?」

「何を考えてる!?お前は俺が男だということを解っているのか!?」

 つい、彼は怒鳴りつけた。娼婦を少しでもやっていたのなら、男と寝るということがどういうことか解りそうなものを。

「解ってるわよ!!そんなことより、あなたがまた嫌な夢を見た時についていたいんだものーー」

 彼女もつられて大声になって、そして、言った後顔を赤くしていた。そして、彼女の言葉の後半には彼は返す言葉を持たなかった。

 その夜、結局彼は彼女にいい負け、久しぶりに寝心地の悪いソファではなくベッドで寝ることになった。大きすぎるベッドは二人で寝るには十分な広さだった。彼は眠れる気がしなかった。あの少女と同じ顔のジルフィードが隣で寝ている。勘違いをしそうになる。

 彼女は甘える様に、彼にすり寄って来た。

 我慢の限界だと思った。

 彼は彼女の躰をベッドに押し付け、きつくキスをした。ーーあの少女ではないと解りながら。これは、彼女が何でもないことの様に「一緒に寝よう」などと言った罰だーー。彼が、男であるということを知らしめなければならない。そして、軽蔑して嫌いになって、村へ下りると言えばいいんだ。

「んーー」

 彼女は初め何事かと声を出したが、それが彼だと知ると首に腕を回して来た。そんな反応されるとは思っていなかった彼は、驚いた。

無理矢理なキスだったはずだったのに。彼女はそれに応えた。彼は戸惑い、しかし彼女の唇を開き、舌を入れて行ったーー。

 長い、キスだった。ようやく唇が離れると、二人の乱れた呼吸が静かな家に響く。

 彼女の上に乗っていた彼は彼女の頬を軽く叩いた。

「自分で何をしているのか解っているのか!?男なら誰でも受け入れるのか!?」

 静かな家に彼の怒鳴り声が響く。

「そんなことないわ!あなただったからーー!!」

 彼女は言い返す。「あなたにならいいと思ったのよ!たとえ、躰を求められても!!」言っている彼女の顔は赤い。彼女は彼によくなついていた。あの少女の様に。でもまさか、そんなことを言い出すとまでは、彼も思っていなかった。彼女を失望させるためのキスだったのに。

 彼女は起き上がって、寝間着の前のボタンを外し始めた。ーー何をするーー。

「止めろーー」

「いいのよ、身代わりでも何でも」

 彼女は言った。彼は返す言葉が無かったーー。

 するりとコットン生地の寝間着が彼女の躰から落ちる。まるで、あの少女と同じ躰。

「そんなこと言わないでいい。止めろ」

 何も纏っていない彼女の上半身を抱きしめて、彼は言った。彼が望んでいるのは、そんなことではない。ふと、彼は彼女の背中に違和感を覚えた。するするとした肌に、不自然な傷の跡のような感触。

「お前、背中を怪我でもしたかーー?」

 彼は訊く。彼女は彼の腕に包まれたまま答える。「ううん。産まれた時からあるのーー。何かの怪我の跡みたいな物が」

「背中を見せてみろ」

 彼は彼女を放し、後ろを向かせる。長い金髪に隠れて解らなかったが、髪の毛を分けて背中を露にすると背中の真ん中ーー銃創のような傷跡のような物があった。もう、これをどう言い訳したらいいというのだろう。彼女はあの少女が撃たれた所と同じ場所に、銃創のような傷を持っていた。

 彼は観念した様にため息をついた。もう、これは認めるしか無いのか。むしろ、これだけ要素がそろっていて否定しようという方が難しい。彼女はため息の意味も知らず、彼を振り返る。

 彼は、彼女を正面に向かせ、寝間着を着せてやりながらつぶやいた。「ーー輪廻を信じることが出来るかーー?」

 彼女は最初その意味をうまく理解していなかった。「お前が、俺の亡くしてしまったジルの生まれ変わりだとーー」

「ーーえ?ーー」

 彼女は少し驚いた顔をした。他人のそら似、というのはあるだろうと思っていた。しかし、まさか生まれ変わりとはーー。

「ジルは、お前の背中の傷跡と同じ場所に銃創を受けてそれが原因で亡くなったーー。それに、ジルとまるで生き写しのお前の姿形、声ーー。そして、あのオーヴのペンダント」

 彼はゆっくり話した。「あのオーヴのペンダントは俺が知り合いの宝石職人に頼んで作ってもらった、一点物だ。オーヴの裏に刻まれたメッセージまで同じときている…」

 これが輪廻ではないというのなら、何の嫌がらせだ、と彼は思った。

「ーー輪廻、とか、そういう難しいことは私には解らないわーー。でも、初めて会ったときから何故かあなたと初めて会った気がしなかったのは本当よ。そして、何故かあなたと会えたことが嬉しかったのもーー」

 彼女は正直に話した。そうだ、いきなり輪廻、などと言われても戸惑うだろう。誰も、そんな寓話なような話信じないだろう。彼も認めていいのかどうか解らないでいた。ただ、要素が重なりすぎていた。それだけだ。

「そう…私はあなたに会えて嬉しかったんだわ。だからここに居たいと思った。あなたから、昔の恋人の話をされても、そこまで似ているなら身代わりでもいいと思ったのよ」

 彼の手を握って、彼女は静かに話した。「あなたが、私のことを昔の恋人の生まれ変わりだと思うなら、それでもいいわーー」

 彼女の真っすぐなまなざしが彼を見つめている。「いや…、無理をしてお前にあの少女の代わりになって欲しい訳じゃないんだ…」もしかしたら、と思っただけなんだ、と彼は続けた。「ただ、あまりにも要素がそろいすぎているから…ただの、俺の都合のいい解釈なんだ…。お前は、そのままのお前でいいんだ」

 寓話は所詮、寓話だ。彼は自分に言い聞かせる。彼女があの少女の生まれ変わりで、また彼の元に現れるなんて偶然、出来すぎているじゃないか。

「そう…なら、泣かないで…。私はあなたが必要と思っているならいつまでもここにいるからーー」

 膝で立って、彼女は彼の頭を抱きしめた。彼は、自分が涙を流しているなんて知らなかった。現実を見なければならないのに、何を非現実に泣いているーー。

 それでも、やっぱり彼にはあの少女と似た彼女との暮らしは、少女を思い出させ傷を深くするだろうと気づいていた。

 やっぱり、彼女は村へおろさなければーー。彼女がそばに居ると言っても、それはダメだった。

 その日、彼と彼女は夜中までぽつりぽつりと昔話を睡魔が二人を包むまで続けた。そして、その夜彼は悪夢に苛まれることはなかった。彼女を緩く抱きしめて眠りに落ちていた。

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