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〜邂逅〜

 その日一日、彼と彼女は結局ろくに口をきくことが無かった。

 彼は、自分の過去を話したことにより、彼女に今まで以上に心を閉ざし、彼女はそんな彼に困惑していた。ただ、彼が彼女を見つめる目が、彼女を通して過去に失ってしまった少女を見ているような気がしていた。亡くしてしまったジルフィードという少女をーー。

 その夜、彼はまた悪夢に苛まれた。

 彼女が亡くなる間際の悪夢ーー。

 寝心地の悪いソファで、また寝言を繰り返す。

「ジル…逝かないでくれ…まだ、お前は生きてていいんだーー」

 彼の寝言に彼女は目を覚まし、一瞬どうしていいか戸惑い、まだ夢の中に居る彼を抱きしめた。

 同じ声なら、同じ姿形なら、身代わりになれるかと思った。それだけではなかったけれど。

 彼女は静かに囁く。

「大丈夫よ。私はあなたの側を離れない。ずっと一緒に居るからーー」

 抱きしめられた彼の腕が少し緩くなった。彼はその言葉で安心して眠れるのだろうか。彼女には解らない。けれど、同じ顔、同じ声をした彼女が言った言葉ならば、少しは信じてくれるのかもと彼女は思った。たとえ、身代わりでもいいーー。

 彼は、彼女の言葉を否定するけれど彼女はそれを否定しきれないでいた。もし、母が言った様に、前世という物があるのならーー。

 ーーもしかしたら、彼のいうジルフィードは私の前世だったのかも知れないーー。

 彼女は考えていた。もう100何年も前の話だ。輪廻転生の輪の中に組み込まれてもおかしくはないのだろうか、と。

「ジル…ジルフィード…逝かないでくれ…」

 彼は繰り返す。その言葉に彼女は「大丈夫よ、ここにいるわ」と繰り返していた。そして、その寒い夜、彼女は結局彼の元を離れられず、ずっと彼を抱きしめ知らず眠りについた。

 あの悪夢の後、何か少し幸せな夢を見た気がする。彼は、ただでさえ寝心地の悪いソファの、誰かの躰の重みで朝目をさました。悪夢は見たものの、その後の夢見が良かったのか目覚めは悪くない。ふと、躰を起こすと何かが揺れる。

「ジルフィード!?」

 彼は驚いて、思わず声が大きくなってしまった。彼女は彼の手を握ったまま眠ってしまっていた。暖炉に火もくべないで、彼女の躰はすっかり冷えていた。

「…ん…」

 彼の大きな声に彼女は目をこすりながら目を覚ました。

「何してる?風邪でもひいたらどうするんだ?」

「ああ…また嫌な夢を見ているようだったからーー」

 彼女は言った。「そのまま知らないうちに寝ちゃったみたい」

「全く、何をしてるんだ。熱でも出てたらどうする」

 彼は言いながら、彼女の奇麗な金髪の前髪をあげて額に手を触れる。彼の本気で心配している顔に彼女の鼓動は少し高鳴った。彼の、少し冷たい手のひらが彼女の額を包む。真剣な彼の目が彼女を見つめる。

「大丈夫のようだなーー」彼は手を放し、ソファから起き上がって暖炉に火をくべる。「躰が冷えてるからこっちで暖まりなさい」

 彼女は彼の指示に従い、暖炉の前に座り込む。無理した体勢で眠っていたためか、躰が少し痛い。彼女は、あの後彼がまた悪夢を見ないでいてくれただろうか、と考えていた。彼の様子は、昨日よりもすっきりしている。あの後、眠りにも落ちていた。少しは、彼女の存在が役に立ったのかと思うと、嬉しかった。

「ところで、お前、今朝はなんで俺の側なんかで寝ていた?」

 朝食後のお茶の時間、暖炉の前で二人並んでお茶を飲んでいる時、彼はふいに質問した。

「また、悪い夢を見ているようだったから、声をかけていたの。暫くしたら、安心したようだたけれど、私も気づいたらそのまま寝ちゃってたみたいね」

 少し笑って彼女は言った。彼は少し赤くなった顔を手で隠した。ーーまさか、昨日の悪夢で「大丈夫」と囁いていたのはジルフィードだったなんて。あの悪夢を、繰り返し見る様になってから救いの言葉も、何も現れたことはなかった。ただただ、残酷な夢だった。それを救ったのが彼女ーー。

「ねえ、運命って信じる?」

 彼女は唐突に訊いて来た。

「運命、だと?」

「そう、運命。ーーもしかしたら、私とあなたは出会う運命だったのかもしれない、って思たことない?あなたの、昔の恋人に全く姿形までそっくりで、あなたが昔贈ったっていうオーヴのペンダントを持った私。出会うべくして会ったんじゃないかって」

「生憎、現実主義者なんでね」

 彼は、一言で否定した。が、心の中では裏腹だった。ただの偶然ーーそう思い込もうとしていたが、ジルフィードの姿形や声、あの持っていたオーヴのペンダント。偶然で片付けるには、要素が多すぎる。

 この出会いは出会うべくして出会ったというのか。何故?彼のまだ乾ききっていない傷に塩を塗るための出会い?

 出会いが運命だとしても、その意味が解らない。まさか、あの少女の代わりに身代わりが用意されたとでも?

 だとしたら、何て残酷な運命なんだ。残酷な出会いーー。

 長い沈黙に彼女は「どうしたの?」と彼を覗き込んだ。すると、彼は彼女の躰を抱きしめーー唇に触れるか触れないかのキスをした。

「…え…?」

 彼女は何が起こったか解らないようだった。キスをすると彼はすぐに彼女の躰を放し、立ち上がった。

 そのまま、彼は薬草を摘むかごを持って、上着を羽織り、外に出てしまった。

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