表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

〜彼女の自由〜

「それ…本当なのか?」

 彼の声に少し震えが混じっていた。まさか、そんなことがあるはずが無い。偽物だ。作り話だ。

「本当。お母さんが死ぬ間際に教えてくれた」

 彼女は世間話でもするかのような口調で話した。

「きっと、前世で大事にしてた物なんでしょうね、って」

 何故、あの少女と同じ顔をした彼女がそのオーヴのペンダントを持っている?前世?笑わせる。

 そんなことがあるはずがない!!!

 あの少女は、一人だけだ。

 他に代わりなんて無い!

「…どうかした?」彼女がうつむく彼を覗き込んだ。「何でも無い」彼は、覗き込まれるとすぐに顔をそらした。

「お前、どうしてあんなことになったんだ?」

 話をそらした。彼女の顔をみないままで。あの少女を思い出して、浮かんだ涙は見られていないはずだ。

「あ…」

 彼女は、少し口ごもった。何か理由があるのか?だからといって、それを知ってどうする?

「…売りに出されちゃったの…家が、貧しくて…それで街の娼館に…」

「は…よくある話だ…。それで逃げて来たってわけか」

 よっぽどの、高級娼婦でもない限り、あんな高い滝から落ちて、生きていたとしても追っ手は来ないだろう。追って来たとしても、顔が潰れていれば、もう使い物にはならない。

 要するに、彼女は自由を手に入れた訳だ。決死の覚悟で。

「よかったな、これであんたは晴れて自由の身だ」

 娼館を脱走する女は、数知れない。そんな物いちいち追っていたら、きりがない。それなら、代わりを仕入れた方がよっぽど楽だ。それが奴らのやり方だ。

「そう…そうね…」

 彼女は小さく言った。何だ?娼館に何か未練でもあるのか?

「どうした?」

「あの…あそこに居たら、このオーヴの持ち主にいつか、会えるかと思ってたから…。でも、あの日の客は酷くて…耐えられなくて…」

 彼女の躰にあった無数の鞭の跡は彼も知っていた。客にやられたのか。

「そんなもん、捜して、どうする?」

 彼は冷たく言った。

 笑わない?と言い置いて彼女は言った。「運命の人なのかな」って。

「それ、見せて?」

「うん」

 彼女はそのオーヴのペンダントを彼に渡した。彼の手の中でシャラっと鎖が鳴った。

 もし、このペンダントにあのメッセージが刻まれていれば、彼女の言うことは本当なのかも知れない。


 ーーclose to youーー


「は!」

 彼は片手にオーヴのペンダントを握ったまま、少し笑った。オーヴの内側、しっかりと刻まれている文字ーーclose to youーー。

 彼が、神様の意思に逆らって刻んだ言葉。人間とエルフはずっと一緒になど居られない。その反逆の意味を込めた言葉。ずっと近くにーー。

「運命の相手なんて居ないよ」

 彼は冷たく言い放った。

「…え…」

 彼女は少し驚いているようだった。

「永遠なんて無いんだ」

 彼は、彼女にオーヴのペンダントを返しながら言った。

 永遠など、どこにもない。彼は少女を失った時に痛い程知った。神など居ない。居たとしたら、何故、あんな幼い少女を彼から奪い取ったーー?

「あるわよ、永遠」彼女が言い放った。

 まだ、15、6の幼い目が強く光ってる。「私は見つけるわ。運命の相手」

「ところでお前、名前ーーー」

 彼は何のけなしに聞いた。

「ジル…ジルフィードよ」

 どくん、と彼の心臓が大きく鳴った。ジルフィードーー名前まであの少女と同じ?

「あなたは?」彼女に聞き返された時、彼は即答出来なかった。「ーートーマーー」

 彼はわざと彼女から目をそらせて言った。「これから、どうするんだ?雪が浅いうちに村に行くか?」

 彼は、早くこの偶然から逃れたかった。そう、ただの偶然だ。あの宝石職人がレプリカでも作ったんだろう。彼女が言う、「産まれた時に持ってた」ってのも母親の作り話だろう。彼女があの少女ーージルに似ているのも、同じ名前なのも、ただの偶然だ。神様の悪戯だ。

「ここに居ちゃ、ダメ?」

 まさか!!!彼女ーージルフィードがそんなことを言い出すなんて、彼は思ってなかった。

「迷惑?」彼女が畳み掛ける。目は真っすぐなまま。何百年も生きている、彼ーーエルフが幼い彼女に心を見透かされているようだった。

「…冬の間は、村へも下りられない。下界から閉ざされるんだぞ。それでもいいのか?」

 彼は精一杯のいい訳をした。ジルフィードといると、少女を思い出す。それは、彼にとって最大級の苦痛だった。ーーまた、人が死んで行くのを見届けるのか?

「それに、俺は医者じゃない。お前の怪我が悪くなっても、気づいてやれない。村にはちゃんと医者も居る」

「いいの。私は一回死んだようなものだわ。だったら、私の自由にする。ここに居たいというのが私の素直な気持ちよ?…もし、あなたが迷惑なら、どうしようもないけどね」

 彼は一つため息をついた。

「どっちにしても、来週村の者が薬と冬ごもりの用意を持って来てくれないと、それまでは村には下りられないな…」

 彼はこめかみに手をやって、この一週間弱をどう過ごすか考えた。

 自由になった彼女は、何故、村ではなくここを選ぶ?何か村に下りることで支障があるのか?まだ、追っ手を気にしているのか?

 何かあるのか?

 彼は混乱する。彼女と、失ってしまった少女。混同する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ