【一場面小説】ジョスイ物語 〜官兵衛、堀久太郎に感嘆すノ段 賤ヶ岳其ノ壱
「兵舎は壊せ、援軍を送るまで前線から離れるな。」
秀吉からの指示は苛烈だった。官兵衛はその命に従い、北国街道の今市上砦で柴田勢と目と鼻の先で対峙している。同じく前線を任されたのは堀久太郎秀政。湖北を縦断する街道に設えた柵と堀を存分に活かし、織田のお家芸、鉄砲三段撃ちを巧みに繰って、権六勝家自ら率いる越前兵を見事に退けてみせた。
「某も采配なぞ奮って、いやァ熱くなってしまいました。まァ、羽柴様の覚えもありますし、世間体もありますンで。」と、名人はカラカラ笑ったが、初めて共闘した官兵衛はその腕に惚れ込んだ。
湖北に収斂された羽柴と柴田の内紛を鳥の眼で観れば、西は毛利、東は上杉までも巻き込んだ一大争乱であり、両者とも四方に目配りを怠らなかった。すなわち、秀吉は股肱の蜂須賀と山法師宮部法印を中国筋に残し毛利を抑えた。柴田は上杉に備え、佐々に使いし、根来衆さえにも誘いを掛けた。
膠着が長引けば、羽柴は苦しくなる。対立する長宗我部も気掛かりだし、何より沈黙する徳川家康が不気味だ。一方柴田は、与党の滝川や旗印の織田信孝が秀吉に各個撃破されては困る。両雄は互いに決戦の潮目を窺っていた。
そこに一報があった。羽柴が前線の一角、天神山砦を護っていた山路正国が柴田方に奔ったらしい。愈々(いよいよ)戦が動き出した。 つづく