ーー68 その再開は突然にーー
そこは魔界と呼ばれる、魔物が当たり前のように生活を送る世界。過去、魔界は闘いの耐えない悲惨な状況下にあった。しかし数百年前、突如現れた魔物がその絶対的な強さを持って統治してから、魔界は様変わりした。それは無意味な争いを避け、皆が自分のテリトリー内で各々の生活を守るというもの。戦闘妖精やゴブリンのように争いを好む魔物はその統治に異を唱えたが、誰もその統治する魔物に勝つことはできず、絶対王者であるその魔物はいつしか、魔界のリーダー、魔王と呼ばれるようになった。
争いがなくなったことで、魔物達は自分の中に蔓延る戦闘欲を抑制する方法を考えなければならなかった。そこである魔族は農作業に特化することで魔界の中でも屈指の農商会に成長し、またある魔族は魔法研究に専念することで普段使いできる生活魔法を編み出すなど、魔族達は各々の特性を活かして生活していた。
そして、ここ、魔界の不法地帯として有名なデッド地区では、日々酒や薬、水商売に囲まれ、あらゆる欲望を娯楽として消化する産業が発達していた。その中でもさらにコアな場所にある店、魔女の通り道では、魔王の目が届かない場所として魔界から追放された魔物が多く働いていた。
「もぅ本当ですのに!私のこと、信用してくださらぬのですか?」
「はっはっはっ冗談じゃ、コロン。お主のことは俺様がよう理解しておるではないか。だがそのダンディ、という言葉は初めて聞いたな。一体、どういう意味なのだ?前に言っておったヒーロー、とはどう違うのだ?」
「はい、アカゲ様。人間界では、ダンディという言葉は素敵な殿方にのみ使われる言葉のようです。言葉の意味はおおよそ、上品で落ち着いた、誰もが頼りたくなるような懐の深い歳上のオスのことを指すということ。そう言う意味で言うとヒーローは、性別や年齢も関係なく、ただひた向きな正義感と誰もが憧れる強さを持っていることが重要なのでしょう。」
「なるほど。さすがコロンは狐族であるからして、人間界の知見が深いのぅ。して、俺様はそれのうち、どちらに当てはまると思う?」
「はい!はい!あの、マーサは、アカゲ様はどちらも当てはまってると思いますのっ!だって、アカゲ様はお強くて、以前にマーサを蛇の輩から守ってくれたではありませんか!それにマーサが落ち込んでいる時にはお店に来てくださって、いつもお話を聞いてくれます。アカゲ様はマーサのダンディヒーローですのっ!」
「マ、マーサ!そのような言い方は、アカゲ様には不釣り合いではございませぬか。」
「はっはっはっ!マーサは蛇族にはないその素直さが貴重だのぅ。そして俺様は気に入ったぞ。ダンディヒーロー、それも悪くないではないか。コロン、俺様の顔に免じてマーサを許してやってくれぬか?」
「わ、私はアカゲ様が気に入っていらっしゃるなら構いませぬが…」
「あれ?コロンコロン、顔を赤くしてどうしたのですの?…はわっ!も、もしかして…アカゲ様の顔が近くて、照れちゃったのですの~?」
「い、いえっ!変なことを仰らないで下さいマーサ!ご、ごほん!それよりもアカゲ様、今回は長くこちらに滞在されるとは本当でございますか?」
「あぁそのつもりだ。いつも仕事であちこちを飛び回っておったから、こうして美しいおなごに会わなければ力が出ないのだよ。」
「アカゲ様って、いつもどんな所にお仕事行かれるのですの?マーサにも教えてくださいませっ!」
「そうのぅ。例えば…」
「お、お客様っ!そんな急に仰られても困りますっ!!こちらはVIP様専用のお部屋でございますのでっーー」
「なんでしょうか、何やら外が騒がしいですわ。私、少し外を確認してき…」
コロンがVIP室の扉を開こうと立ち上がると、目にも止まらぬ早さで扉が壊れその先には一人の男が立っていた。
「これはこれは…いきなり物騒ではないか。お主がこのような場所へ来るとは一体何事だ?」
「外へ、出ろ。」
「ったく、これだから魔物化したお主は嫌なのだよ。」
「あ、あなた、いきなりなんですのっ!?急に入ってくるなりアカゲ様を呼び出すなど、失礼にもほどがありますわ!そんなお方は…」
ドンンンン…!
「きゃああっ!!」
男はコロンの言葉を聞くと苛立ちのまま壁を叩き、VIP室の壁を凹ませた。
「ごちゃごちゃうるせぇな。おいお前、来るのか、来ないのか?」
「はぁ…俺様が行かねばこの店を壊すつもりだろう。この店には世話になっている、あまり騒動を起こしてくれるな。
愛しいコロン。お主の綺麗な肌に怪我などさせておらぬか?俺様の厄介事に巻き込んでしもうて申し訳ない。マーサ、悪いがコロンに傷がないか見てくれぬか?」
「分かりましたなのっ!コロン、大丈夫っ…?」
そうしてアカゲは、暴走して入ってきた男に連れられ外に出てしまう。残されたマーサとコロンは、お互いに顔を合わせていた。
「なな、なんですのあの方…!マーサ、あの方は本当に魔物ですかっ?」
「コロン?何を言って…」
「だって匂いが、匂いが違いましたの!いえ、確かに魔物なのですが、まるで、まるであれでは人間ではありませぬかっーー!」
店の外に出た男は漆黒の長髪をかきあげながら、アクレヲに向き直ると口を開いた。
「アクレヲが面倒事に巻き込まれている。人間どもはお前の力が必要だ。遊んでないで、早くお前の主人を見つけてこい。」
「なるほど、それはピンチである。知らせてくれて感謝するぞ月の子よ。」
「じゃあ。」
「待て。お主はどこへ行く、助けてはくれぬのか?他の魔物達はどうした?」
「チッ…その他のやつらが動けたら、俺がわざわざ人間の命令なんかを聞いてお前を呼びに来るわけがねぇ。俺はここまでだ。後はお前一人でどうにかしろ。」
「その様子だとあまり良い状況にないようだ。それなら俺様はアクレヲを助けにでも行くか…なぜならお主と違って、俺様は善良な影であるからのぅ。」
「どういう意味だ。」
「月の子よ。少しは人間に優しくしたらどうなのだ。あやつは、少なくとも五条はお主を大事にしている。だからお主は生きていられるのだろう?だと言うのに、肝心のお主が拒んでどうするのだ?そもそも五条はお主のせいで…」
男はアカゲが言葉を言い終わる前に殴りかかる。しかし、アカゲはまるでそれが読めていたかのように、驚くこともなく軽々と避けた。
「うるせぇんだよ、じじいっ!!」
「ふっ、お主も十分じじいよ。歳を食うと、考えまで固まってしまって他の言うことを聞かないのが難点だのぅ。
月の子よ。力任せに事を成そうとするのはお主の悪い癖だ。少しはその衝動を自分自身でコントロールせよ。良いか、それが出来るまでは人間界には帰ってくるな。でないと次は俺様の手が出ると思え。今のお主など、俺様からしたら簡単に潰せるということ、ゆめゆめ忘れてくれるなよ。」
男はアカゲを一瞥すると、何も言わずにどこかへと消えてしまう。アカゲは男の行方を探すことはしなかった。ただ早く、男が永遠の呪縛から解き放たれる時を待ち遠しく思いながら、アクレヲの捜索へと向かった。
◇◇◇
「んん…」
アクレヲは目を覚ますと、そこは以前カハラと話した場所と同じ部屋だった。だが前回と違い、椅子には括られていない。
俺…あの後何が起きたんだ…?
起き上がろうとするが、身体に力が入らない。それどころか視界の隅々が鮮やかに色づいていて、自分の身体に異常事態が起きていることだけは理解ができた。
「おいまじかよっ!こいつ起きましたぜっ、カハラさん!」
「ははは、ありえねぇもう人間じゃねぇよこいつ。普通あんなに盛らったら死ぬだろ。なんで正気があるんだよ…これが超人者の能力ってやつか?これじゃただの人造兵器じゃねぇか。」
「…っ!」
お前、何を言ってるんだよ!そう話そうとしたのに、声が出なかった。
「はっ。いくら超人者でも、さすがに喋れるほどの元気はねぇってことね。安心したわ。」
「カハラさん。でもこいつ、どうします?」
「ハチ老師に報告してこい。どうするかは老師の判断に任せよう。それまでは俺がこいつの様子を見てる。」
「へいっ分かりました!」
カハラは男が建物から出ていくのを確認すると、鉄格子の部屋の外からアクレヲへと話しかけてきた。
「ドブネズミ。お前、今自分がどれほど惨めな目に合ってるか分かるか?」
「…?」
「二日前、お前が捕まったちょうどその夜、お前は粉漬けにされたんだよ。」
粉漬け。それは裏社会ではよく聞く、黒の骨粉を薬のようにして身体に注射を打たれることだ。
「おぅ驚いてる驚いてる。そりゃそうだ、俺らの知識の中じゃ粉漬けなんてしたら生きて帰れるわけがないんだからな。」
そう、黒の骨粉の粉漬けに合えば生きて帰ってくるやつはいない。だからカハラは俺が死ぬと言ったのか。しかし、俺が捕まったのが二日前だと?じゃあその夜に盛られてから、俺の身体は死ぬことなく、一日以上を掛けて黒の骨粉を消化したということになる。…はははっ、そんなこと人間の身体じゃありえねぇ。カハラが言った人造兵器もあながち間違ってねぇ。
「だがある意味、今まで死んでいったやつらのほうが幸せだと思うぐらいにはお前に同情するよ。せいぜい長生きでもして、身体が解剖されないようにでも励むんだな。」
カハラの言葉から推測するに、俺と同じように粉漬けにされたやつらは一回目で亡くなり、その状態のまま身体を解剖されたらしい。そして俺も同じルートを辿る予定だったが、残念ながら超人者として耐性があったため回復してしまった。だから粉漬けを命じたやつは、これから俺がどこまで粉漬けに耐えられるか試した上で、最終的にはその原因を探るために俺の身体を解剖するのだろう。
「心配してあげるなんて、カハラくんは優しいですね。」
「ハチ老師!あなた様のような人が、どうしてここまで?!」
「ほほほ。ちょうど近くにいましてね。それにあの粉漬けに耐えられた者がいると聞いて、ぜひ会ってみたくなったのです。ですがまさか、それがあなたとは…こんなところでお会いするとは思いませんでしたよ。」
商会でこの一見優しそうな老人にお茶を出しに行った時、俺が迷わずこの老人に変幻して部屋を探しに行ったのは理由がある。それは、この男のオーラが商会の誰よりも真っ黒だったからだ。その黒さは人を貶め、裏切り、悪巧みを積み重ねてきたやつにしか現れない。アクレヲは動けないながらも、出来る限りの力を振り絞りハチ老師へ睨み返した。
「おや…もしや、私のことを覚えていないのですか?まぁ、それもそうでしょう。あの時、まだあなたは小さかったのですから。」
どういう、ことだ?
「私はあなたのお母様が働いていた商会の元同僚で、蜂 宗光と言います。これから長い付き合いになると思いますので、どうぞよろしくお願いしますね。アクレヲ・シェルベスキーさん。」
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拝読ありがとうございます。
活動報告にも記載しましたが、本日の最新話からサブタイトルを追加しました。投稿済みの話数にも順次サブタイトルを追加していきますので、そういやこんな話あったな〜とサブタイトルを追いながら振り返ってみるのも面白いかもですね。
では、また次の投稿で。