ーー18 靄(もや)が惑わす超人者(ファントミー)ーー
救護班にダスティンさんを預け、ソルティに振り返る。
「ダスティンさんに何をした?!」
「ダスティン、ダスティン!!嫌だ行かないで!全部、全部ソルティが悪い。分かってるでも、でもダスティンは…!!」
感情が爆発したソルティは影としての形を留められなくなり、靄となって俺の身体に纏わりつき動きを支配した。
「ソルティが歌う。敵、やっつける!!」
先ほどの操られている時と同じ感覚なのに、今は俺との同期が進んだのか、ソルティの乱れる感情が急激に流れ込んでくる。
◇◇◇
壊れそうなほど痛む頭を押さえながら耐える。だんだんと痛みが引いていくのに合わせて目を開けば、俺はどこかの町の道端に立っていた。
「えっと…?」
「あぁお前さん、待たせたね。はい、今日の分の駄賃だよ。いつも遠い所からありがとうねぇ、お前さんの所の原木はよく燃えるから助かってるよ。」
「え?」
「どうしたんだい?はい、お駄賃!」
「あ、うん!おばちゃんありがとう!じゃあ俺は次の所行くから!」
「はいよ~また来週よろしくね~!」
このおばちゃんは数年前から仲良くしている加治屋の店主だ。旦那さんが鍛冶職人で町の人の農工具から刀までを作っている。鉄を扱う時には高温で熱する必要があり、よく燃える乾燥した原木を俺が村で拾って届けに来ているというわけだ。
さてさて、最後はあのおじさんのところに行かないとな。それにしても今日はやけに人が道端で固まって何かを見ている。何か良いことでもあったんだろうか?
カランコロン~♪
「おじさーん!おはよう~採れたて新鮮な野菜をお届けに来たよ~!」
「おお、来たのかい。どれどれ、今日は何を持ってきてくれたのかな?」
このおじさんは見た目年齢六十歳だけど町の人とは一線を画す、カリスマ喫茶店店主だ。首都で料理人をやっていたが自分の料理店を開くことを諦めきれず、最近こっちに越してきたばっかりだと言っていた。
艶のある白髪に丸眼鏡、いつでもキマってるスーツ姿は村にはなかなかない格好でカッコいいし、おじさんの作る料理は町の人からも大人気で、お昼時には行列が絶えない。
「ほうほう、やっぱり君の所の野菜は瑞々しくて状態がいいね。惚れ惚れするよ。」
「えへへ、毎日愛情込めて育ててっからさ!でもトマトは少し実りが遅くて。来週になったらもっと持ってこれると思う!」
「これだけでも十分なのに、来週はさらに期待してしまうよ。好きなところに座って待っていなさい、今代金を用意してくるから。」
「はーい!」
俺はキョロキョロ周りを見回すが、結局一番近くの席に座って待った。まだかなぁどれぐらいもらえるかなぁ~!ウキウキしながら待っていると騒がしい音がカウンターから聞こえてきた。
ん、何の音だ…?おじさんに何かが起こったのかと心配になった俺はゆっくりとカウンターに近づく。するとそこには、声と絵を流す箱だけがあった。
な、なんだこれ??箱が喋ってる…?絵はやけにリアルに描かれた人が動いているし、声は人の声だけでなく、音楽まで流れている。これも首都で流行っている物なのだろうか。不思議に思い手を伸ばす。
「それはね、テレビって言う機械なんだよ。」
「びくっ!あ、あっと俺、別に変なことをしようとしたんじゃなくて、ちょっと音がどこから出てるのか見ようと思ってーー」
「テレビを観るのは初めてかい?」
「っ、うん…」
「それじゃあ余計に驚いたろ。箱が喋ってるって。」
「そ、そう!だから余計に気になって。」
「時間があるなら少し観ていきなさい。今は超人者の時間帯だから。」
「超人者?それは何?」
「私達を魔物から守ってくれるヒーローだよ。君も野菜を育てるなら経験したことがあるんじゃないかな?山の動物が農作物を荒らすのは魔物が関係していると言われていてね。魔物が纏う黒の骨粉は、触れると動物の意識を失くして凶暴化させる。そうして意識が戻らないまま、骨粉に触れた動物はもがき苦しみなから命絶えると。」
「だいぶ前だけど、俺の近くの村でも農作物の被害にあったって聞いたことがある。でも魔物って、どこからやってくるの?」
「さぁ…私達のように魔物にも住む世界があって、そこから突然にやってくるとしか分かっていないんだ。でも君のところに被害がないようなら良かった。きっと彼が守ってくれているおかげだね。」
そうしておじさんは、テレビと呼ばれる箱の中に一人佇む人を見つめた。
「超人者…」
「そう。私達の希望だよ。今は彼一人しか超人者がいないから大変だろうけど、彼がいてくれるおかげで安心して暮らせるんだ。彼には感謝してもしきれないね。
おや、すまないもうこんな時間か。私は準備に入るから先に代金は払っておくよ。満足するまで好きに観ていきなさい。」
「おっ、おじさんありがとう!じゃあもうちょっとだけ観ていくね!」
テレビに映るこの人は、魔物と向かい合っていた。怖くないのだろうか、こんな自分よりも何十倍もある奴と戦って。
俺は夢中になりテレビを観ていると、ドアベルが鳴りお客さんが次々に入ってきた。やべ!おじさんの邪魔にならないよう急いでお金とテレビの礼を伝え、お客さんにも挨拶をしてそそくさと喫茶店を出た。
「超人者!」
その言葉を繰り返すと今まで感じたことがないほど心が弾み、俺は息が切れるのも忘れ全力で自分の村まで帰った。