ーー9 超人戦士と国家騎士ーー
快晴の空に蝉の声が気持ちいいほど響き渡る今日は、訓練がないため珍しく一日休みとなった。三人に付けてもらっている授業は宣伝活動スケジュールの空き時間で実施され、今日は偶然にも各々に撮影が入っているようだった。
この前ダスティンに教えてもらったのだが、超人者には大きく分けて二種類の仕事があるらしい。
一つは人間界に現れた魔物を追い払う仕事。そしてもう一つは、人前に露出して超人者の存在意義を高める仕事だ。世間では通称、前者が超人活動、後者が宣伝活動と呼ばれている。メインは超人活動なのだが、実のところこの宣伝活動もかなり忙しいという。
宣伝活動は最初、超人者計画への志願者を集うものだった。しかし、歌や踊りで魔物を退散させた光景がテレビで放映されたことで、国民にとっての正義の味方という地位を獲得したそうだ。それ以降、魔物とのステージが放映されるようになるが、回を重ねるごとに視聴率が上がり続け、今では放映された週は必ず週間テレビ番組チャートで一位になるほどの人気ぶりらしい。
テレビやラジオ、広告に新聞とあらゆるメディアに引っ張りだこで、超人者を目にしない日はなくなった。その中でも特に、先程の三人は露出が多いという。ダスティンや五条はなんとなく分かるが、イーサンは少し意外だった。
理由を聞いてみると、なんでも『イーサンの発言や行動が独特でクール。基本無口でツンツンしてそうなのにふと見せる優しい笑顔にギャップ萌え』らしい。超人者愛好者の中でも、何がイーサンを笑顔にさせるのかで予想投票が行われたぐらいだという。しかも美的センスが高く、以前番組の企画で名前を伏せて出展した絵が高額でやり取りされた上に、そこで得た資金を、環境や教育分野に投資したことで各方面から注目されている。
ちなみに俺は、本人がツンデレを認めていない所が余計に人気にさせてるってことは秘密だよ、と五条さんにウィンクされながら言われたことも覚えている。
そういう五条さんは、巷では志高の顔を持つ男として有名だ。確かに、同性の俺が見ても十分すぎるぐらい顔が整っている。平和主義で物腰も柔らかく、博識を活かし積極的に思考を回すため、決断する際には必要不可欠な視点、モレも見逃さないと、今上司にしたい男性ランキング一位も獲得した。きっと先程のウィンクも、女性陣が見れば気絶していたかもしれない。
ちなみに、この話をダスティンさんにしたら、五条さんの男らしさと大人の余裕感がかっこいいよな俺も憧れている、と予想以上に熱い相づちを打たれた。
ダスティンさんは五条さんに次いで長身だし顔もかっこいいのだが、どちらかというと中性的な顔立ちや、珍しいとされる金髪赤目のルックスから、今世に舞い降りた天使としてモデルや雑誌で話題を集めている。それにダスティンさんは唯一、冒険者ではなく庶民出身と公言していることもあり、ダスティンさんの存在をパイプとして一般の人が超人者を好きになることも多く、今や宣伝活動の一番の功労者だと言われていた。
そしてこの三人の露出が多い最たる理由は、実はリデルさんとアクレヲさんの意向が大きいらしい。
リデルさんは元々体調が悪化しやすいことに加え、初期に一人で超人活動と宣伝活動を両立する激務をこなしていたために精神状態が不安定になり、担当医からしばらく宣伝活動を禁止されていた。
一方のアクレヲは、国外のイベントやラジオなど、三人とは違う方面から多角的に広めていく宣伝活動を担当しているらしい。通りで最近会わないと思いダスティンに尋ねてみれば、そういう時は大体他国や地方に長期出張をしている、と教えられた。
というわけで、宣伝活動を禁止されている俺は今、与えられた課題を達成するために超人戦士エリアから飛び出し散歩していた。どうして俺が散歩しているかというと、イーサンから今回の課題を与えられた時にまで遡る。
◇◇◇
「え!国家騎士の技を盗んでくるって、そんな、素人の俺が簡単には出来るとは思えないんだけど…」
「別に、本当に盗んでくるわけじゃない。お前にはまず戦闘の基礎となる騎士達が、どういう戦い方をするのか知ってもらいたいんだ。
お前は元々銃を扱っていたから、これからも個人での闘い方をメインに教える予定だ。ただ騎士が扱う基本動作や戦闘での立ち回り方を知っていれば、戦闘時の予測不能なことにも対応しやすくなる。勉強していて損はない。」
「なるほど…わかった、やってみる。その国家騎士の人たちは、どこで訓練してるの?」
「あいつらは俺達が普段いる超人戦士エリアと隣接する場所で訓練している。歩いたら一時間かかるから、ちょうどいい運動にもなるな。」
「隣のエリアで歩いて一時間?!ど、どんだけ遠いんだよ。」
「事実、俺達のエリアとは比べ物にならない。国家騎士のエリアは広大で、少なくともここの三倍はある。所属人数は三桁を越え、第一、第二、第三師団が各々の運動場や訓練所、宿泊エリアを独立して持っているのが敷地が広い理由だ。師団のナンバーごとに異なる戦闘体勢を組むから、見てる分には飽きない。
本来は全て見てきて欲しいが、おそらく最低でも三日はかかるから現実的じゃない。だから今回はどこか一つを見てこい。課題は以上だ――」
◇◇◇
ということで、俺はイーサンの課題をやり遂げるために、隣の国家騎士がいるエリアに向けて散歩している。しかし念のため午前中に出てきて良かった。きっと午後になれば、日差しが一段と強まり、日焼けは避けられなかっただろう。
実は先日部屋のクローゼットを整理していたら、大量の日焼け防止グッズが用意されたのだ。俺は使ったことがなかったが超人者は皆使うのか疑問に思い、その日訓練があった五条に聞いてみた。
五条さん曰く、魔界の空は常に夜のため魔物は人間界の日差しに免疫がなく、触れると極端に膚を焦がし、最悪の場合は熔けてしまうのだという。そして、それは魔物の影たちにも当てはまるようだった。俺達の身体を通すことでに被害は少ないようだけど、それでも日差しに当たるときは帽子や日焼け止めが欠かせないそうだ。通りで、リデルさんの部屋には窓がないのかと納得してしまう。
それなら、ステージの魔物達はどうして日差しを浴びても焦げないのかと尋ねると、あの魔物達は日差しの元でも正常でいられるように自分自身に魔術をかけているのだという。魔術とは魔物が先天的に持つ魔力を万能に使えるように作られた術式らしく、魔物達が出現する時にできる切れ目も魔術を使っているようだった。
少し日が出てきたため、改めて今日のために用意した帽子を深く被り直し歩く。そうして歩くこと数十分、国家騎士エリアの門が見えてきた。入場には関係者でないと入れないと聞いてたため、このために発行してもらった通行証を提示して入る。
さて、エリアに入ったはいいがどの師団を見に行こう?
イーサンによれば、第一師団はエリート軍団らしく、師団とは別の限られた皇室専属騎士を輩出するほどの、裕福な家系出身の騎士や洗練され将来を期待された能力のある騎士が多いそう。うーん、個人能力を重視する第一師団はリデルさんの戦闘スタイルと似ているから気になるけど、グループでの戦闘を見てみたいから今回はスルーだな。
次は第二師団。ここは所属人数が他の師団と比べて圧倒的に多く、魔物退治から治安維持のための街の見回りまで、市民を守るためのスペシャリストだ。リデル達が正義の味方なら、第二師団は市民の味方で立場が似ている。戦闘スタイルも様々なそうでちょっと面白そうだ。
第三師団は、極秘情報の管理や緊急事態対応で動くため、秘密裏な仕事が多く、戦闘スタイルも謎で包まれているという。その仕事の一つが国家研究所や超人戦士エリアでの護衛だと言うのだから、妙に納得してしまった。リデル達への訓練や、門番さん、施設の見回りも担当してくれている。本当に感謝しきれない。
悩んだ末、第二師団に行くことにした。決め手と言えばやはり、戦闘技術が幅広く学べることが多そうというのと、第三師団にリデルさんの知り合いがいれば確実に身バレすると思っての答えだった。そうだひよった訳じゃない、俺は最適解を選んだだけなんだ…!
第二師団への敷地移動には、ティックと呼ばれる小型の自動四輪車に乗って連れていってもらった。運転手にお礼を伝えて降りると、近くの訓練所から殺伐とした音が聞こえてくる。
声の方へ近寄ると、騎士達が素振りをしていた。ただそれだけなのに振り下ろす瞬間の音がすごい。一人一人がスピードと力の入れ所を考えながら練習しているようで、体力の消費も激しいのか息切れしている人もいる。
少しして素振りが終わり、休憩に入った。確か第二師団は、午前に二時間の剣術練習と午後に三時間の戦闘練習をするとイーサンから聞いた。休憩が終わると次は足さばきの練習らしく、次々と繰り広げられる練習メニューに驚きながら楽しんでいると、背後から話しかけられた。
「君、迷子?」