4.よっちゃんは悪くない
ほんのりBL♪
「きゃなめ?」
要をそんな呼び方で呼ぶのは、クラスで一人だけだ。
「サッカー部、今日も筋トレだけだったのか、素彦」
日焼けした坊主頭をかきながら、教室に入ってくる。
「この雨じゃー、ねぇ」
ひとり窓際で外を眺めていた要の、わざわざ隣に立つ。
昨日も、下校時刻前から雨が降り出して、夕食前に止んだ。
「誰か、待ってるの?」
ニヤつきながら言う素彦をひと睨みして、
「役員会の準備の手伝いだよ」
また外の雨を見る。
「ふーん。やっぱり生徒会長になるんだ」
「ならないよ。受験に専念するから、新実に押し付ける」
三組の黒縁メガネは要のライバルだと思っていたが、そうでもないらしい。
「内申書の為だけに、生徒会に入ったって、嘘じゃなかったんだな」
「嘘ついてどうなる」
「まあ、そうだな」
「……………………」
「……………………」
…………会話が終わった。
そういえば、完全に二人っきりで話すの、久しぶりのような気がする。さっきまで何人かとわちゃわちゃ騒いで、適当な雑音が丁度良いBGМだったのに……今は雨音だけが、俺たちの場を繋いでいる。
なんか蒸し蒸ししてきた。
「そういえば、さあ」
先に話し出したのは要。
「ん?」
「思い出さないか。雨の日、学校、薄暗い校舎――」
「誰もいないはずの、音楽室から、ピアノの音が聞こえてきたんだっけ?」
素彦が続けた。
小学校の怪談だ。懐かしい。
一時期、学校の怪談を創作するのが流行った。
「何の曲だったんだろうな?」
「知らねぇーよ」
「曲名があったほうが、もっとリアリティあったよな」
小学生に求めんな、そんなクオリティ。
「もうちょっと、怖がってやれよ」
「今、思い出すくらいには、怖がってるよ」
まったく怖がっていない態度で言うから、
「絶対に違うぞ、それ」
ツッコミ担当でもないのに、言わずにはいられない。
今は俺しかいないしな。
「じゃあ、リアリティを追求するならさ」
次は素彦から話し出した。
「うん?」
「雨の日、学校、薄暗い校舎――。教室、幼馴染み、二人っきり……」
「急にエロくなるなぁ」
そう言われて、ドキッとした。
「だろ、こっちのほうが想像しやすいよなっ」
バレないように、会話を合わせるが――
ただ、状況を言葉にしただけなんだが……
そう言われると、怪談じゃないよな、エロだよな。
チラッと要を盗み見る。
首が、今日はやけに生白いなぁ。
えっ。
目が合った。
笑った。
えっ。
ええっ。
「話としても、オチもちゃんとあるし」
要が機嫌良く続けて、
「オチ?」
何にもピンと来ない素彦は、間抜けな声を出す。
「同性同士。何かが始まりそうで、そうそう始まらないだろ」
指でも鳴らしそうな、ドヤ顔を見せた。
「……確かに」
要の頭の中の物語の構成は、正直どうでもいいけど。
なんだかぞわぞわする。
「きゃなめ、帰らないのか?」
「うーん。そうだな」
また外の雨を見た。
「傘ないのか?」
「いや……んー……」
なんだか、困っているようだ。
「珍しいな」
「昨日使って、ベランダに干して、寝る前にしまったけど……」
言いにくそうだし、聞きづらい。
やっぱり、珍しい。宿題も体操着も忘れたところ見たことないしな。
よし。
「しょうがないから、俺の折り畳み傘に入れてやるよ」
片手に持っていた傘を、ドラマの刑事のように掲げて見せた。
「……小さいな」
返ってきた言葉は予想外。
「折り畳み傘って、普通こんなもんだぞ」
「知ってる」
顔は納得していない。
「じゃあ、何だよっ」
なんか、面倒くさくなって、少し声を上げた。
「……素彦も俺も、結構、身長伸びたよな」
「ああ、まあね」
俺のほうが伸びた。まだ伸びてる。
「そのサイズだと、かなり密着しないと」
「密着?」
要が、上目遣いをしている?(身長差の分だけ)
「……今日は、濡れるのが嫌なんだよ」
いつになく、恥ずかしそうに言って、そっぽを向いた。
えっ
ええっ!
えええっ!!
恥ずかしさが、伝染するんですけど――……
何で、そんなこと言うんだ!
何で、こっち見ないんだ!!
これは、これは、どうしたらいいんだ!!!
「もっちゃーん。忘れ物あったー?」
いつも以上に、おおらかな叫び声に、はっとして、胸の辺りがざわざわ…………
廊下から聞こえてくる声と気配、足音がだんだん近づいてくる。
なんかヤバい気がする、よく分からないけど、モヤモヤするけど。
「あった、あったよ。よっちゃん!」
少し棒読みになったが、気にしない。
押し付けるように、折り畳み傘を要に渡すと、よっちゃんが教室に入る隙を与えず、ささっと出て行って、よっちゃんを捕まえた。
「よっちゃんの傘、大きいねぇ」
「あれ、もっちゃん。さっき傘……」
同じサッカー部のよっちゃんは気づいたようだが。
「早く帰ろう、俺、お腹空いた~」
廊下に響いた声は、足音に急かさせるようにすぐ消えた。
(誰も、傘が無いなんて言ってないのに……)
鞄の中の折り畳み傘より、押し付けられた折り畳み傘が重く感じる。
今朝、間違えて兄の靴を履いて来てしまった、まだ新品同様の。出来るだけ汚れないように、小雨になるのを待っていた、だけだった。でも、それは素彦には言いたくなくて……はあ、何やってんだろ。
やたら元気に相合傘で帰る、二人を窓から見送った。
☆
よっちゃんの傘に入れてもらって下校すると、
「…………なんか、オレ、空気読めない感じだったかなぁ」
今さら、反省しているような声でごにょごにょ呟く。
「何言ってんだよ。空気は吸うもんだろー、よっちゃん!」
いつもより声を張った、雨音に負けないように。
下駄箱にまだ要の靴があったから、教室まで見に行った。
それだけだったのに、今日はとても疲れた……はあ、何やってんだろ。
姉ちゃんの漫画、あんまり読まないほうがいいな。
言うなれば、芽生え(。・ω・。)ノ♡