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草凪美汐.短め作品集  作者: 草凪美汐.
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2.決闘結婚ーある公爵令嬢の婚姻ー

恋愛ものの短編です。(。・ω・。)ノ♡

 お嬢様がキレました。


 来年、盛大な結婚式が執り行われる予定だった婚約中のアルターニス王国の王太子が、やらかした。

 愛妾がいて、しかも現在妊娠中だというのだ。

 仕方なく、内々に側妃に迎える手筈を整えていた矢先、今度は、遊学中の大国の皇女にも無礼を働いたとかで、外交問題に発展しそうになり、腰の重かった官僚達も、王太子の身辺調査を行い、素行の悪さが次々と露見。

 お嬢様の父、ロックヒューストン公爵は激怒し、婚約は解消。

 王太子は公爵家の後ろ盾を失い廃嫡され、臣籍に降下した。


 初めのうちは王妃教育から解放されて、自由気ままに過ごされていたお嬢様だが、年頃の美しい公爵令嬢を放っておくはずもなく、しばらく様子を見ていた貴族たちも、第二王子の立太子の準備が始まるや否や、縁談の申込みが殺到。

 釣書と姿絵で書斎の一画が埋まってしまった、ある日――。

 凛々しい騎士姿で、私の執務室に入って来るなり、こう言った。

「レオン。お父様に了承を得たわ。公爵家に釣り合う爵位以外と年齢が十歳離れた相手の縁談は断って!」

 また自主練習をしていたようで、額に汗を滲ませている。

「では、侯爵家と伯爵家。二十七歳以内のご令息とお会いになりますか?」

 引き出しからタオルを取り出して、お嬢様に手渡すと、

「ええ。私に勝ったら、結婚してあげるわ」

 汗を拭きながら、歯を見せて笑った。

 王妃教育には剣の鍛錬は入っていなかったが、幼き頃から、私と弟のダニエル様に交じって剣の稽古をしていたお嬢様は、今では近衛隊隊長のお墨付きの腕前の持ち主だ。

(それは結婚しないと言っているのと、同じなのでは?)

 私はレオン。

 ロックヒューストン公爵家の使用人。



「姉上、連戦連勝だよねぇ」

 キンッ

「ダニエル様より、強いかもしれませんよ」

 カンッ

「ははっ、僕もそう思うよ。姉上に勝てる気がしないもの」

「だからって、脇が甘すぎです」

 パーン

 模擬戦用の剣が弾かれて、大きく宙を舞って落ちた。

「レオンも強いよねぇ。第一騎士団からも誘われているんでしょう?」

 剣を拾いながら、ダニエル様が汗を拭う。

「お嬢様が無事結婚して、ダニエル様が領地経営をしっかり学ばれるまで、待って下さるそうですよ」

「父上みたいな口調になってるよ、レオン」

 ぷくっと頬を膨らませるから、ますます幼く見える。

「それはいけませんね」

 久しぶりにダニエル様から、剣の稽古をせがまれて嬉しかった。とても体を動かしたかったんだと、剣を振るううちにだんだん感じてきて、危うく加減を忘れるところだった。

 お嬢様の暴挙に旦那様は、見合い(決闘)相手の選択だけして「少し好きにさせておこうか、でも、レオンがしっかり立ち会ってね」と言ったきり、ほとんど王宮で過ごしている。「王宮に専用の仮眠室が与えられるほど、今は忙しいのよ」と、娘の見合い(決闘)を面白そうに見学に来ていた奥様がおっしゃっていたが。

「レオン、考え事?」

「いえ、失礼しました。続けますか?」

「これから、ニルリナ嬢が来るから終わり~」

 ダニエル様は婚約者ニルリナ嬢を、わかり易く気に入っている。

「そうでしたね」

「レオンはあいさつに来ないでね。レオン相手に嫉妬したくないからさっ」

 十五歳になったばかりの口から、嫉妬なんて言葉が出てくるようになるなんて。

 胸がちょっと熱くなった。



 あれからもう十年が経つ。

 女優をしていた母が、観劇に来ていた貴族の父に見初められて、子供を授かった。だが母は、女優を捨て切れずに、私を残して家を出て行ったと聞いている。

 元々、父には正妻がいたが子宝に恵まれなかった。5歳まで我が子のように可愛がってくれた義母も、弟が産まれると、豹変した。

 食事が変わり、部屋が変わり、侍女や家庭教師も辞めさせて、どんどん孤立させられて。

 私が十歳の時に原因不明の病で、生死の境をさまようことになって、見て見ぬ振りだった父も、やっと手を差し伸べてきた。親類縁者を頼り、ロックヒューストン公爵令息の従者となり、私はこうして生きている。


 公爵家の皆様は、最初から私を優しく迎えてくれた。

 ダニエル様は、緊張して無表情で立っていることしか出来なかった私に、初対面から愛らしい笑顔で、持っていた何かの尻尾のオモチャを差し出してくれた。当時のお気に入りだったのを後から知って、とても嬉しかったのを覚えている。

 お嬢様は……奥様のドレスのスカートに隠れて、なかなか出てきてくれなかったな、ふふっ。「綺麗な男の子が来て、恥ずかしくなっちゃったのよ」と奥様は笑って言ったけれど…………その頃、私は自分の容貌を疎ましく思っていて、鏡を見るのも嫌だった。

 義母の豹変の原因となってしまったこの顔。口さがない者たちが、私と弟の容姿を比較していたらしい。私は、美しく儚げと賞された女優の母に生き写しなのだそうだ、弟は父に似ていたらしい。一度しか会わせてもらえなかったから、もう記憶がぼんやりしている。

 あいさつもちゃんと出来ず、常識も教養もない、暗い無愛想な子供。

 それを変えてくれたのは公爵家の皆様と、一緒に働く使用人仲間だった。頑なで人との距離感がわからない私と、根気強く関わってくれた。

 物陰から覗いていたお嬢様も慣れてくると、ダニエル様と私の勉強に参加されるようになり、剣の稽古が始まると一緒に交ざって振り回していた。余程、弟を取られたくないのだと、必死な態度がお可愛らしく。護衛として、一緒に出掛けることも増えた。

 お嬢様は本当に美しくなっていった。

 アルターニス王国の天女とうたわれた、前国王の姉君を祖母に持つお嬢様は繊細で可憐に成長し、周りを魅了した。中身は弟が大好きで剣が得意な、ちょっと短気で意外と恥ずかしがりやの公爵令嬢なのだが。


 だから、王太子に目をつけられてしまった。

 隣国の第三王女と婚約中だったが、相手が病に倒れると、一方的に婚約を破棄し、お嬢様と無理やり婚約を決めてしまったのだ。

 そして、自身のことは棚に上げて、お嬢様の周りに使用人だろうと男がいることを嫌った。特に私のことを毛嫌いしていて、私の素性を調べさせて、お嬢様の居ない所でよく罵ってきた。

 そんな私を旦那様は気にかけて、執事見習いとして、領地視察の同行を許してくださったり、経営に必要な勉強や課題を与えてくれた。余計なことを考える時間も減って、充実した日々に感謝しかない。

 ダニエル様も時々ついて来たが、いつも難しそうな顔をしていたな。

 婚約解消は喜ばしいことだったが、今度は決闘で結婚相手を決めるなんて、頭の痛いことだ。

 出来れば、ダニエル様のように政略結婚であっても、お互いを想い合う相手と結ばれて欲しいのだが……。



「スーリーマークス伯爵令息は、辞退されると?」

「はい、たった今、連絡が来たばかりです」

 侍女が、慌ただしく執務室に入ってきた。

「見合い当日に辞退の連絡なんて……まあ、いいでしょう。お嬢様はもう、園庭に?」

 この部屋からは見えないが、打ち合う音が微かに聞こえる。

「はい、ダニエル様を相手に、少し肩慣らしすると」

 本日もやる気満々のお嬢様ですか。

「わかりました。私がお伝えに行きますので、あなたも仕事に戻ってください」

「はい、どうぞよろしくお願いします」

 いつもより深々と頭を下げる侍女が、少し気になったが、本日の予定変更を伝えるべく、足早に部屋を出たのだったが――。


「待ちかねたわよ、レオン」

 闘技場の中心で、お嬢様は仁王立ちで待っていた。

 いつもより早い時刻を針は指していたような……時計がくるってしまったか、後で確認しておこう。

「お嬢様。本日の見合いは中止です」

 歩きながら伝えると、

「大丈夫よ、問題ないわ」

 お嬢様がソワソワしている。

「えっ」

「フィアルーカ侯爵は次期当主を、()()()に指名したの」

 足が止まる。

「……どうして」

 十年前に捨てた名前だ。

長患ながわずらいの弟は義母と静養するために、うちの領地にある保養施設に入ることが決まってね。本日正式に受理されたわ。ロックヒューストン公爵家と陛下の署名入りだから、断ったら不敬罪になるわよ」

 隣でダニエル様が書簡箱をぶんぶん振っている。

 そういう扱いをしてはいけない箱なのだと、また一から教えて差し上げなければ。

「お嬢様、勝手なことをなさらないでください」

「もう、決まったことよ。さあ!」

 足元に、模擬剣を投げて寄越してきた。

「あなたにも資格が出来たわよ。剣を取りなさい、レオン」


 ――「では、侯爵家と伯爵家。二十七歳以内のご令息とお会いになりますか?」

 ――「ええ。私に勝ったら、結婚してあげるわ」


 記憶が断片的によみがえって、息が止まる。

 あの時の笑顔も脳裏に浮かんだ。

(まったく、公爵令嬢のすることですか……)

 息苦しさで、思考もまとまらないが。

 私はゆっくりと、いつもよりも重く感じる模擬剣を掴み取った。



「失礼しまーす」

「レオンさん、靴を履き替えてください」

「上着はお預かりしますね」

「胸当てと肘当てと膝当て、持ってきましたよ」

「えっ、ちょっ、皆さん!」

 わらわらと集まってきた使用人仲間に、軽装ながら、闘えるように着替えさせられた。


「僕が立会人でーす」

 いつの間にか端に移動したダニエル様が元気よく、右手を上げた。

「自身で負けを認めるか、相手を戦闘不能にするか。顔は狙っちゃだめですよ。姉上とレオンの顔に傷がついたら、僕が二ルリナ嬢に怒られてしまいますからねぇ」

 そんなことは言われるまでもない。

「私、とっても強くなったわよ」

 お嬢様が剣を構える。

「そのようですね」

 ずっと見てきましたからね。

「レオンさん頑張ってぇ」

「お嬢様もお怪我に気をつけてくださいねぇ」

 侍女や、料理人やら、庭師の爺やまでが集まっていた。

 皆さん、今日は仕事が終わるまで、ひとりも帰しませんから、そのおつもりで。

「では、始めー!!」


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 心臓の音しか聞こえない。

 どっちの音かも判別不能だ。

「もう、あと少しだったのにぃ!」

 悔しそうに、涙目になりながら叫ぶ。

「お顔が、ぐちゃぐちゃになってしまいますよ」

「あなただって、綺麗な顔が困っているわ」

 お顔が近過ぎるんですよ。

 バランスを崩したお嬢様を庇い、私の上に折り重なるように倒れた。

 今、息がかかる程近い。

「いつも言っていますが、男性に綺麗は、褒め言葉ではないですよ」

「知らないわ。レオンは初めて会った時から綺麗で、今日も綺麗で、ずっと目が離せないもの」

 こんなに間近で、見つめられるのは初めてだ。

 本当に美しくなられて。

「でも、負けてしまいましたよ」

「……そうね……私の勝ちね…………」



 久しぶりにお嬢様と剣を交えるのは楽しかった。見合い(決闘)の立会いを重ねるうちに、私ならこう動くのにと、頭の中でよく考えていた。

 昨今の王妃教育には剣の鍛錬も、本当に加えたのかもしれない。

 動作に無駄がなく、切り返しも以前より早くなっている。

 ダニエル様が勝てるようになるには、当分時間がかかりそうだな。

 お嬢様はいつになく真剣だ。

 そう簡単には、勝たせてくれるつもりはないのだろう。

 幼い頃から、負けるのは大嫌いだから。

 私も手加減は出来そうにないけれど。


 しかし――


 大きく振り下ろされた剣を、剣で打ち返した時に――

 模擬剣が折れたのだ。

 私のほうの。

 剣が使えないのなら、決闘を続けることは出来ない。

 と、言うことは「私の負け」。


 立ち会っていた皆さんも、静まり返ってしまっている。


(お嬢様…………)



 お嬢様は乱暴に目を擦って、上半身を起こした。

 まだ、私の上からはどいてくれない。

 大きく深呼吸して、呼吸を整える。

 少しだけ赤くなった瞳には、怒ったように睨まれた。

 そして硬い表情のまま、

「じゃあ、勝者として命令するわ。レオン・フィアルーカ次期侯爵として、私と結婚しなさい!」

 上からの命令口調で、プロポーズにはまったく聞こえないが。

 私は口を開けたまま、その場で固まった。

 夢か。いつからの夢だ。

 婚約解消が決まって、また、お嬢様のお世話と、見合いの準備とダニエル様と、その他細々とした雑用に、家令の補佐と、疲れているのか、いや、疲れる程の仕事量ではない、まだ足りないくらいだ。

 今、何が起こっている。何が聞こえた、お嬢様はなんと言ったんだ。

 嘘だ。しっかり聞こえた。駄目だ、思考を放棄したい。

 

 コホホン。


 遠くで、聞き覚えのある咳払いのような音がした。

 状況を把握するのに、思いのほか、時間を取ってしまったらしい。

 微動だにしない私に、お嬢様も困惑している。

 すがるような瞳が痛々しくて、今にも壊れそうだ。

(ああ、参ったな……)

 そんなことは、命令されなくたって……。

 私も上半身を起こし、お嬢様を膝の上に抱え直した。

「かしこまりました。これからは一生お傍を離れません」

 手を取り、敬うように静かに答えた。


「…………他には」

「はい?」

「他に言うことはないの?」

 何か気掛かりがありそうに尋ねられる。

 昔、ダニエル様も、よくこんな拗ねた顔をしていたな。

「私の為に、いろいろありがとうございます。お嬢様」

 お嬢様は、まだ足りないような顔をする。

 違うのか?

 一般な公爵令嬢ではないお嬢様は、時に難しい。

 そこも長所なのだが。

「レオン。……私の名前を、呼んでよ」

(あっ) 

 お嬢様の名前を呼ばなくなったのは、いつからだったのか。

 見る前に諦めた夢が、ふとした瞬間に溢れないように。

 誰も困らせないで、ただ傍で見守っていられるようにと。

 私は私の心に蓋をした。

「……クラリス様」

 優しい響きの名前。

 心の中でも呼ぶのを禁じていた。

「呼び捨てにしないと、返事はしないわ」

 やっと笑顔を見せてくれた。

「…………クラリス……これでいいですか?」

 抑揚もなく、いつもと変わらない口調が精一杯だ。

 緊張して、変な汗が止まらない。

「今は、それでも、許すわ」

 真っ赤になった顔を隠すように、私のクラリスが下を向いた。

 本当に、これは夢ではないのだろうか。

「クラリス、抱きしめてもいいですか?」

 私の言葉に、ビクッと肩を震わせて、

「そういうのも、聞かなくて……いいから」

 か細い声で、小さく頷く。


 私は愛する人を初めて抱きしめた。



次回、ダニエル様です。

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