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草凪美汐.短め作品集  作者: 草凪美汐.
24/27

22.引っ越し前夜

問わず語り


「本当に、ごめんなさい」

 深々を頭を下げた恋人に、言いたいことがあまりになかった自分に驚き、次の言葉を熟考もせず、

「もう、わかったから」

 とだけ言って、先に席を立つのを待った。

「じゃあ、行くね」と言って、もう一度会釈して、出口に向かう。俺は使わなかったガムシロップをなんとなく手に取った。

 雨でも降ればいいのに。

 陽当たりの良い窓際の席は、アイスコーヒーのグラスの水滴を反射して、キラキラ煩い。

 雨でも降ればいいのに。

 あいつ傘持ってなかったもんな…………俺もだけど。



――えっ!別れちゃったんですか?

――まあ、そういうことだから、引っ越しの手伝いも無くなった。

――黒木さんはどうするんですか?

――俺は引っ越すよ。このまま。

――じゃあ、行きますよ、手伝います[力こぶのマーク]

――来なくていいよ。空いた時間は彼女に使って

――うちは、大丈夫なんで[ハートマーク]

――気を遣われるのがしんどいから、来るな!

――わかりました。じゃあ、今度飲みに行くときに奢ります[ビールジョッキのマーク]

――よろしく。



 交友関係が狭くてよかったと思うことにした。結婚前提の同棲が白紙になって、引っ越しを手伝うと強引に言ってきた澤牟田さわむただけにメッセージで連絡、終了。

 住み慣れた1DKに段ボールが嵩張る。

 彼女とは2年くらい前に澤牟田が当時付き合っていた子の紹介で知り合った。

 その時、俺が二十七で彼女は二十五。優しそうで真面目そうな彼女は、真剣なお付き合いを望んでいたようだったから、そのつもりで余所見もしないで、仕事して貯金してデートして……段々と「結婚」へのプレッシャーを彼女から感じるようになり、「お試し同棲」も彼女の希望で、明日、引っ越すはずだった。


『やっぱり。史登ふみとさんとは暮らせない』

『私、浮気してたの』

『彼には、私しかいないの』


 何となく、彼女の様子が変わってきたのは気づいていた。

 マリッジブルーに似たものかと勝手に判断して、追い詰めないように、そっと見守っていたつもりだった……いや、キレイに言い過ぎだな、放置して、結局何もしなかったんだから、今日まで。


 ぬるくなったペットボトルの水をそのまま飲んだ。

 冷蔵庫はコンセントを抜いたから使えない。

(もうちょっと、早く言ってほしかった……くらい言ってもよかったか)

 思いつめた表情の彼女を思い出す。

 心変わりはしょうがない。別れもこれが初めてじゃない。恋愛で感情的になったのは十代までで、今も引っ越しの事務作業のことばかり考えている。


 薄情かもな、でも、怒ったり縋りついたりして結果が変わるようなら、今までの関係ではなくなってしまうだろう?……それってどうなんだ、どっちかが無理して成り立つ関係なんて、長続きするわけない。

 彼女に声を荒げたこともない、多少のわがままも可能な限り聞いて、難しい場合はちゃんと話し合ってきたつもりだった、いつも通りに。

 それで浮気されたのなら、しょうがないと思うしかない。


 段ボールの隙間に横になる。

 明日のことを考えて溜め息を吐いた。

 広い部屋に引っ越すと匂わせただけだったが、それだけで伝わってきた母の期待を、こんなに早く裏切ることになるとは。

 申し訳ないような、やるせない気持ちで体が重い……気がする。

 頭がおしゃべりで、眠れそうにないな。

 それでも明日は朝一で業者がやって来る。コーヒー……チッ、全部段ボールだ……いいや、どうせコンビニで朝食買うつもりだったし。

 この部屋で最後に見る天井は、昨日と何も変わらない。明日の部屋も少し広くなるだけで、割と変わらないだろう。

 俺みたいに。

 今は。



実感はこれから・・・

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