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バトラーズ!  作者: 山狗
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Lesson1 ユーリ

 髪の長い女性が描かれたステンドグラスの前には、一対の、天使をイメージしたであろう彫刻が飾られている。天井、壁のいたるところに窓が作られ、それは全て、この時刻になるとステンドグラスに日がさすように作られているようだった。

 まるで教会のようだ、といつも思っていた。確かに、聖堂と呼ばれているぐらいだから、それに近いのかもしれないが。

 学園理事長の号令でそのステンドグラスや彫刻に一礼すると、30分にわたって行われた朝礼は終わった。

 その開放感に、俺はぐっ、と伸びをした。

「長かった…」

 朝礼が終わると、高等部の生徒が一斉に出口へ向かっていった。たくさんのクラスの制服が入り乱れている。これから、待ちに待った朝食だ。ここの学食はセルフのバイキング形式なので、早く食堂へ行かなければ、メインディッシュの肉がなくなってしまう。

 育ち盛りな俺は焦るが、運悪くその波に乗れずにいた。

 少し苛立っていると、後ろから肩をぽん、と叩かれた。不機嫌に後ろを振り返ると、庭師科ガーデナークラス指定のベストと、首に結ぶリボンが目に入った。

「ん? 誰…なんだ、お前かよ」

 我ながらふてくされ気味に、少しだけ上を見上げると、いつものようにニコニコしたそいつがいる。妙にうれしそうに俺を見下ろすこいつを見ていると、なんだか腹が立った。

「やぁ、くーちゃん。相変わらず小さいなぁ」

 へらへらと笑うこいつは、ユーリ。俺とズラより背が高い。

 鳶色のセミロングの髪に緑のメッシュを入れた、見た目のチャラい優男。目は深い緑だ。クラスは庭師で、同級生で、もう一人の親友でもある。

 こいつは人当たりがいいし、博愛主義者でもある。が、何年も一緒にいた俺や蔓には容赦がなく、事あるごとにからかってくる。身長を笑ったりするのは挨拶のようなものになりつつあるのが非常に不満だ。

「…いつかぬかしてやるからな、見てろよ」

「うん、がんばれ。応援するよ。…ところで、最近執事科の様子はどう?」

「どうって…」

 つい考え込んでしまう。何を答えていいのか、質問の意図がわからない。

 困っていると、ユーリはさらに笑みを深めた。

「楽しいかどうかだよ。それにさ、執事科って、あんまり授業してるの見たことないから、どうしたのかなって」

「え? うん、楽しいっていうか…入学してからのここ3週間は自習期間だったから…」

 そういうと、ユーリは不思議そうな顔をした。

「自習期間…何それ?」

「え? 自分で、紅茶に必要な用具とか、淹れ方とか、自分で調べたりするんだよ。…もしかして、庭師科にはないのか?」

 ユーリはうなずいた。

「ないよ。入学して次の日にすぐ、教室で、ハサミの使い方教わったし」

 当然のことのように言うと、ユーリは俺に、出口へ進むように促した。気づけば、残っている生徒も少なくなっている。男は俺とユーリぐらいなもので、他は女中科メイドクラスの生徒や、他の女子生徒が会話に花を咲かせていた。状況がわかると居心地が悪くなったので、おとなしく聖堂を出た。


 聖堂は、校舎や寮とは別の建物として、広いバラ園の中心にある。バラの色は赤と白。規則的に植えられているので、コントラストがよく映えていた。

 心地よいバラの香りを目いっぱい吸い込みながら、庭園の通路を、すたすた歩く。

「じゃあ、教官に教えてもらうのは今日からなんだ?」

「ああ。今日やっと執事科の教室に入れるんだと。確か、作法について学ぶんだった気が…」

 ふうん、とユーリは返した。

「そういえば、ここのバラって庭師科が管理してるんだっけ?」

 そう尋ねると、横のユーリはくすりと笑い、足を止めると、手近にあった一輪のバラに手を伸ばした。

「うん、でも俺達一年は、実習の時に雑草ぬかせてもらえるぐらいかな。手入れとか、水やりもしちゃいけないんだよね」

 そういったユーリからは、少しの寂しさと、このバラへの溢れんばかりの愛情のようなものが感じられた。バラだけでなく、他の花へも、こいつは同じ顔をするだろう。

「…でも、俺ってどうも庭師に向かないみたいなんだよね。庭師は手先が器用、ってゆうのも必要だから…、ドワーフとか、猫の獣人とかのほうが得意だったり」

 俺が聞いているかどうかも気にせず、ユーリは話し続ける。周りの空気に敏感でいつも気を配っているこいつが、こんなに夢中になって話しているのはとても珍しいことだった。

 好きなんだな。

 言いかけた言葉をあえて出さず、急ぐぞ、とユーリと肩を組んだ。少しだけ高くて組みづらいが、こうすることに支障はない。

「あ、そういえばかずらんはどうしたの? まったく、俺を放って二人してルームメイトになっちゃうんだから。ずるいよね」

「仕方ないだろ。運よくそうなったんだから。…それに、ズラって妙にぼけ〜っとしてるからな。引き留めないと、すぐ追いてっちゃうんだ」

 そんな他愛もない話をしながら、俺たちは食堂へ向かった。


 執事科の教室は、全部で4つ。北側の校舎にある。

 この学校に校舎は4つあり、それぞれに一つずつ、大まかな実習室がある。必要な実習内容に応じて、クラスの教室は決まっているのだ。そのため、いくつものクラスが同じ校舎で学ぶことになる。

 たとえば、この北側の校舎には大きな調理室がある。執事は紅茶を淹れたり、時には調理を行うこともあるので、この後者を使用している。他に料理人コッククラスも実習での移動時間を減らすため、この校舎に教室があるのだ。

 おれはその執事科の二つ目の教室で、指定された席に座っていた。ユーリと食堂へ行ったその時には、すでにメインディッシュがなくなっていて、少しだけへこんでいるのは秘密だ。

 何をするでもなくボーっとしているが、知らないやつばかりでどうも落ち着かない。顔見知りは何人かいるが、みんな近くの席のヤツと話し込んでいる。その相手は、知らないやつがほとんどだった。

 それにどうも息苦しいと思ったら、執事科には女子が一人もいないからだ。執事科と女中科は特別のクラスといっても過言ではなくて、執事は男性、女中は女性しかなれないという決まりがあるのだ。…まあたしかに、女中が男だったら困るけど。

 本当は女子がいるクラスのほうが良かったけれど、これは適性テストで決まったことだから仕方がない。この学園へ入学したあと、どんな職業に向いているか適性テストが行われ、それによって学ぶ科が決まる。一応、入学者の希望は聞くが、テストの結果によっては望んだクラスに入れないこともあるのだ。

 俺がその例で、俺はもともと、ズラとおなじ秘書科セクレタリクラスを希望していたのだが、どうも学力が足りなかったらしい。

 暇だなぁと欠伸をした瞬間、ドアが開いて、長身の男がはいってきた。

 その人は教卓に何冊かのファイルを置くと、俺達をむき、ほほ笑んだ。

「さぁ、席について。今から出席を取って、この執事科について話さないといけないから」

 突然のことに一瞬どよめいたが、この人が教官だと知ると、みんな大人しく席に着いた。

 そういえば、入学試験のとき、こんな人がいた気がする。

 鳶色の長髪を肩の高さで赤のリボンを使って結わえていて、動くと、その髪も揺れた。眼は、同じく茶色。瞳のほうが、少し黒みがかっているかもしれない、服装は、髪と同じ色のベストに、袖の七分目ぐらいをカフスで止めたYシャツ。首元には、ネクタイの代わりに、髪につけられたものよりもっと濃い赤のひもリボンがしてある。

 にっこりしたその人を見ていると、似たような人を知っている気がした。

「…よし、全員いるな? じゃあはじめまして。またはお久しぶり。俺は桜葉。今日から教官として、君たちと共に過ごすことになる。ちなみに、種族は人狼と人間のハーフだ」

 最後の種族紹介をしたあたりで、少し周りがどよめいた。特におかしなところはなかったと思うが、ハーフだからだろうか?

 そんなことを思いながら桜葉教官を観察していると、かちっ、と目が合ってしまった。

 彼は特に目をそらすわけでもなく、逆に、少しはにかんだ。

「俺の自己紹介も終わったし、今度は君たちの番だ」

 周りから「え〜」という声とクレームが飛び交った。当たり前といえば当たり前だ。そんなことをして友人関係を築き上げる年でもない。したければ自分でやる。

 苦情の声が少し大きくなると、桜葉教官はその場を収めるように、大きめの声で、手振りを交えて言った。

「…と言いたいところだが! 面倒だし、時間もないからやめにするよ!」 

 途端、苦情が「なんだよ〜」という安堵の声に変わる。

「最初からそう言えばいいのに」

 朝から少しブルーな俺は、小さくつぶやき、嘆息した。


 




読んでくださり、ありがとうございます。

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