1 孵化
さて、どうやら邪龍の子として転生したようだが、僕はまだ卵の中だ。
外にいるのは僕の母、もしくは父だろう。1人(匹?)しかいないのは疑問だが、今考えても仕方がない。
今考えるべきは、孵化するか否かだ。まあ現状維持じゃあなにもわからない。とりあえず孵ってみることにした。
腕(前足?)を当てて押してみると分厚い見た目の割に簡単に割れた。
パリパリ音を出しながら僕の周りの殻が崩れていく。すると、邪龍が気付き、こちらに近づいてくる。
『生まれたか、我が子よ。』
言葉が理解できた。とりあえず何も考えずに返事をしてみよう。
「はい。」
邪龍は少し驚いた顔をしてから、満足そうに頷いた。
『お前の名は、そうだな…ヴァルドランザとする。我が名はヴァイドランド。お前の父親だ。』
どうやら僕はヴァルドランザになったらしい。
「わかりました。父上。」
『ふむ。父上か。まぁよかろう。ヴァルドランザよ。ついてこい。お前にこの世界のことを教えてやろう。』
願ったり叶ったりだ。僕には知識が足りない。地球ではないであろうこの世界で生きていくことになるのなら最低限の知識は必要だろう。今度は死なないようにしたいからね。
ヴァイドランドについて行こうと思って歩こうとするけどどうにも上手く歩けない。お腹が地面に擦れちゃったり、翼が勝手に羽ばたいちゃって全然前に進めないのだ。
『ふむ。少し孵化が早かったか?少し体に慣れておけ。』
そう言ってヴァイドランドはどっかへ行ってしまった。
体に慣れるって言ったって…とりあえず自分の体を観察してみることにした。
まず前足。真っ黒な鱗が生えている。鱗はまだ少し柔らかい。産まれたばかりだからかな。これから硬くなるんだろう。
爪も真っ黒で、こちらは鱗より少し硬い。長さは指の第1関節と同じくらい。自分の体の大きさが分からないから具体的な長さは分からない。
手をグーパーしてみたり、腕を上げ下げしてみる。問題なくできた。
次は後ろ足。前足より少し太く、長さは1.5倍くらいある。足踏みしてみると、体が倒れて しまう。そういえばさっきヴァイドランドは4足歩行だった気がする。なるほど重心が前よりなんだろう。道理で歩きずらいわけだ。
続いて翼。こいつが曲者だ。あんまり僕の言うことを聞いてくれない。
今まで翼のある生活をしたことがなかったからだろう。
肩甲骨(なんてものが龍にあるかは知らないが、体感そんなとこ)辺りから背中の中心にかけてから生えている。首が長めだから背中もばっちり見える。変な感覚だ。色は真っ黒で、広げると僕の全長とほぼ同じくらいの幅を取っている。正直邪魔だ。
うんうん唸りながら試行錯誤していると、何とかコンパクトにしまうことが出来た。翼は時間をかけて慣れるしかないだろう。
さて最後は尻尾だ。腰のちょい下らへんから生えている。もうわかってると思うが色は真っ黒だ。つまり全身真っ黒である。
なんか別に黒好きだからいいけど全身真っ黒ってなんかねぇ…?
まあいいや。尻尾の太さは足と同じくらい。長さは頭から尻尾のつけ根までと同じくらいだ。尻尾のせいで体長が2倍になっている。そんなに長かったら当然重さもかなりのもので、持ち上げるのはちょっと無理っぽい。純粋に筋肉が足りない。引きずるしかなさそうだ。
首を思いっきり曲げて上半身を見てみると胸のところに亀裂のような赤い模様があった。
さっき見たヴァイドランドと同じような感じだ。
そんな感じでとりあえず体の把握は終わった。あとは歩く練習か…4足歩行に慣れないと。
時間をかけて何とか様になってきた頃に、ヴァイドランドが帰ってきた。
『歩けるようにはなったようだな。まだ少し不格好ではあるが、まぁ悪くは無いだろう。行くぞ、着いてこい』
そうして僕らは広間のようなところから少し移動することになった。
周りを見ながら歩いていると、どうやらここは洞窟のような場所だった。
さっきまでいたところが最奥のようだ。
明かりとかは近くにないし、かなり暗く感じるが、何も問題なく周りが見える。そのことに対して尋ねてみると、そういうものだ。と返ってきた。よく分からないけどそういうものらしい。
財宝置き場のようなところを通り過ぎると、さまざまな本が積まれているところについた。
しかしそれらの本は僕らには小さすぎる。僕からみてもそれらは消しゴムほどの大きさだった。そのことから僕は人間よりだいぶ大きいのだとわかる。
「あの、父上、これ少し小さすぎませんか?」
そう言うと、
『それらは今は使わん。だが、まず最初に人化の術をおしえよう。』
本使わんのかい。なんのためにここ来たんだ。
それよりも人化ってのはあれだろうか。人の姿になるやつ。詳しく聞いてみると、生物はある程度高位の存在になると人の姿を模すことが出来る様になるらしい。
ただ、攻撃力や防御力は2割ほどに落ちるようだ。
人化はまるでやり方を知っているようにスムーズにできた。
人化した僕は黒髪で、肌も黒い。髪はストレートで、肩辺りまでのびている。前髪もかなり長いから、うっとおしい。とりあえず真ん中で分けて耳にかけておいた。
額からは赤黒い角が生え、背中には真っ黒い羽があり、尻の上からはこれまた黒いしっぽがぶらさがっている。こんなに何でも黒いなら目も黒いだろう。
近くに無造作においてあった姿見を立てて自分の姿を見てみる。何故こんなところにあるのかと少し気になるが今は気にしても意味はないから後回しだ。姿見は僕の身長より大きいのに驚くほど重さを感じなかった。
予想通り目は黒かった。龍の姿の時にもあった、赤い亀裂のような模様が、刺青のように首から胸にかけてあった。
身長はおそらく130センチくらい。姿見と比べて見ただけだから姿見が普通の人サイズだった場合に限る。
前世ではあったはずの男性の象徴は無くなっていた。代わりのものが付くわけでもなく、そこはのっぺらぼうだった。
どうやら性別がなくなってしまったようだ。別に男だったことでよかったなぁと思うことってあんまりなかったから別にいいけどね。
生まれたばかりだから人化したら赤ん坊のようになるかと思ったがそういうわけでもないようだ。まあその方が好都合ではあるけど。
顔は少年とも少女とも取れるような顔だった。まぁ無性だからな。ちなみに前世の顔とは似ても似つかない、割と美形な顔だ。本当に生まれ変わったんだと実感する。
服は着ていなかったが、そもそも服がないようだし、さっき通った財宝置き場の中に鎧のようなものはあったけど、普段使いするもんでもないだろう。とりあえずは気にしないことにしよう。
気づいたら、ヴァイドランドも人化していた。僕と同じく黒髪黒目黒肌で、角も赤黒かった。この場合は僕が同じなのか。
僕の顔は父親似だった。母親がいるかどうかは知らないけど。
髪はかなり長く、こちらもストレートで、腰あたりまで伸びきっている。邪魔そうだなぁとみていると、紐みたいなものを取り出して後ろで結んでいた。やっぱり邪魔なんだな。切ればいいのに、こだわりかな?
龍の姿のときと同じ赤の模様も入っていた。ヴァイドランドのそれは、首から胸に加えて、両腕と背中にもあった。
身長は2メートルくらいあるか?ガタイがいいわけではないが、引き締まった体をしている。
そして股には男性の象徴がこれでもかと主張をしていた。僕にはないのに父親にはあるのか。ていうか父上とは言ったけど本当に男だったんだな。龍の時は正直勘だったな。
『龍は性別を自分で決められるのだ。どちらかになりたいと強く望めばどちらかになるが、一度決めたら変えられぬ。時間をかけて考えるが良い。幸い、我らには時間がたっぷりある。我も二千年は無性で過ごしたからな。好きなだけ考えれば良い。』
僕の不躾な視線に気が付いたのか、ヴァイドランドがそう言った。
しかし不思議な生態をしているな。種の保存のために性別を変える魚がいたような気がするけどそんな感じかな。違う気がするけどまぁなんだっていいか。とりあえず僕も当分は無性でいいし。
そんなことを考えていると、洞窟の入り口の方から何やら女性らしい声が聞こえた。
『む、帰ってきたか。』
帰ってきたってことはここが家なのかな?僕のお母さんかもしれない。
『ああ、お前の母だ。出迎えるから龍の姿に戻れ。』
察してくれたのか、聞く前に説明してくれた。
母親との初対面ってなんだか緊張するな。なんて挨拶すればいいんだろ。