#90 スーベイルへの旅1
龍の牙の玄関、表門に旅装に身を包んだ者が旅立とうとしていた。門の所には見送りなのか数名の姿がある。
「よし、行ってくるよ」
無事に準備を終えて、俺は見送りに来てくれたガルフにそう告げた。
「おう、気をつけてな。だいぶマシになったとは言え決して治安がいいわけじゃないからな。多少遠回りだが街道を行くんだぞ?面倒だからってショートカットしようとか思うなよ」
ガルフはまるで子を送り出す親みたいな様子で、あれこれ注意してくる。
「大丈夫だよ。普通に行くから」
俺は苦笑してそう答えたが、安心する様子は見えない。信用がないようだ、まあ、お金も持っていなかったり街道を通らずに全て一直線に向かう計画を立てていたりしたのがバレて、つきっきりで行程を決めたりしたからな・・・
旅をするにあたって街道をそれて行く者はほとんどいない。
街道は魔物除けの効果のある石で作ってあるから、幾らか魔物を寄せ付けない力があるし盗賊なんかも街道を外れた所での被害が圧倒的に多いからだ。
「まあ使者と言っても気負わずにいいからな。なるようになるんだ、相手が無理なことを言っても、そうですかっつって帰ってこい。間違っても相手の腹の中で喧嘩を買うような真似はするんじゃないぞ」
しませんよ。俺をなんだと思ってるのか・・・
少し憮然としたのを察してか、ガルフはいつものニヤニヤ笑いに戻って俺の肩をバンバン叩きながら言った。
「ま、半分は休暇だ。スーベイルの王都スレイはこの辺では一番大きい街だ、珍しいものも新しい物も集まってくる。使者の仕事は適当でいいから、ゆっくり楽しんで来い」
「ニアちゃんも気をつけて行くんだよ?ほらこれ、持っていきな。ニアちゃんの好きな物詰めておいたから」
そう言ってニアに大きな包みを渡しているのは、食堂のおばちゃんだ。気持ちの良い食べっぷりをするニアは食堂では人気者だ。
今もニアがしばらく旅に出ると聞いた食堂のおばちゃんが総出で弁当か何か作って持ってきてくれたのだ。
「ん。ありがと、おばちゃん。あいしてる」
そう言ってニアは大きな包みを受け取った。無表情に見えるが、あれは結構喜んでいる顔だ。
「携帯食なんかも多めに入れておいたからね。ニアちゃんが旅の間は大したものを食べれないと思うと、あたしゃもう胸が張り裂けそうだよ」
うん、旅先で食堂で食べるみたいな量を食べられたら、俺の財布が真っ先に張り裂けますけどね。そう考えると、大量の食べ物をくれたのは助かるのか。
でも、いつもたくさん食べないといけないのかというとそうでもないらしく、量がない時や旅の途中などで我慢できなくなるとかいう事は今までもなかった。
調整できるのか謎だけど、たくさん食べれる環境だとかなりの量を食べるが、そうでない時は普通の量なのだ。
俺もニアが大食いだと知ったのは、砦に来てからだからね。
「じゃ、行くか」
俺は隣のニアにそう言った。
「・・・ん。」
いつも通りの言葉少なく返すニアだが、なぜか目を合わせない。
とりあえず、見送りに来てくれた人たちに手を振って歩き出した。ニアも包みを抱えてそれに続く。
・・・邪魔じゃないか?それ。
思った通り、ニアは歩きながらもらった包みを背負い袋に入れようと奮闘しているが、物理的に納まりそうにない。
「さすがに入らないだろ。俺の荷物はまだ余裕があるから、こっちにも入れな」
俺の背負い袋の口を広げてニアの方に差し出すた。チラッと俺を見たニアは高速で目を逸らした。
「・・・ん、お願い」
そう言って俺の袋の中に食糧を入れているが、やっぱり様子が変だ。俺なんかしたかな?
「な、なあニア?なんか怒ってたりするか?」
そう聞いてみたら、ニアは驚いたような顔になって首を振る。
この様子だと、怒ってるわけではないようだ。
悲しい事に、俺は家族以外に親しい女の子がいたことがないから女の子の心の機微には疎い自信がある。
年頃の女の子は父親の服と一緒に洗濯するのを嫌がるとか聞いたことがあるから、そういう類のものだろうか。
その割には一緒に行動するのを嫌がるわけじゃないしな・・・よくわからん。
ニアは早速もらった包みから出したパン見たいな物を出して食べながら歩いている。俺は考えることを放棄して、そんなニアの姿を見ながら、街道を南に歩いた。
龍の牙から伸びる街道を南へ進めば、サングの村がある。今回は用事はないから素通りしてさらに進むと、イムスリアとスーベイルを結んでいる大街道に突き当たる。
「おお・・・」
さすがに大街道まで来ると、道行く人々の雰囲気も違うし馬車も結構ん頻度で通っている。
今も高そうな服に身を包んだきらびやかな女性が、たくさんの護衛らしき兵と共に馬車5台にわたって通り過ぎて行った。大街道は広いのだが、貴族なんかが使う馬車は無駄に装飾がしてあったりして、やたら大きい。
そんなのが通る度に歩行者は道の脇にそれないといけない。
一度、避けているのにわざわざギリギリを通って行く馬車がいて、イラッとして車輪でも吹き飛ばしてやろうかなと思ったもんだ。
この世界でも、貴族は平民の命を軽視している感がある。中には嫌がらせみたいにそんな事をする奴もいる。
馬車についている家紋らしきエンブレムは覚えた。獅子が仁藤向かい合わせで座っている紋だ。嫌がらせする機会があったら覚えておこう。
いつまでも睨みつけているニアを引っ張って、移動を再開した。
「気に食わない・・・」
ポツリとニアが呟いた。ニアは道の外側を歩いていたので被害はなかったはずだけど、頭にきているようだ。
あんまり睨みつけて、相手に気づかれると厄介だ。ニアの手を引いて先に進むよう促した。
しばらく歩いたが、ニアはじっと下を向いて歩いている。耳がやや赤いのは、紅潮するくらい怒りを堪えてるって事?
そこまでだったか?もう、ただでさえ最近少し様子がおかしいのに、やめてほしい・・・
「少し早いけど、休憩時しようか!半分休暇って事なんだからゆっくり行こう」
そう言って荷物から甘そうなお菓子を出した。俺のほうの荷物にはもらった食料の中でもお菓子類を選んで入れてある。
自分が持っていると食べ過ぎるからってニアがそうしたのだ。
しかし、ここはご機嫌をとるために使おう。ニアの視線は俺が持っているお菓子にいっている。うん、いつものニアだ。