#7 情勢の悪化
目をそらして頭をかいているガルフを見ていると、やはりマリウス伯爵やイムスリアの皇帝との事はうまくいっていないのだ。という残念な気持ちがうかぶ。
「うん・・まあお前たちは心配するな。ただできるだけ安全なところにいたほうがいいと・・それだけだ」
ガルフは、らしくなく何か喉につっかえたような言い方をしている。
そして俺たちがよければ、何人か出してバランガの近くまで送るから。とだけ言ってこの場を離れて行った。
そんなガルフの後ろ姿を見送って、俺も自分に与えられている部屋に向かった。
きっとあまり芳しくない状況なんだろう、それで俺たちだけ安全なところに逃がそうと・・・
わからない考えではない、俺が一緒にいたからといって役に立つわけではないし、むしろ足手まといにしかならないだろう。
それでもガルフは俺にニアを託すと言っているんだ。大事な主家の娘を。
右手に持つ、ガルフに貰った剣がやけに重く感じた・・・
それに危険が迫ったからって、自分達だけさっさと逃げるってのはどうかとも思う。数週間といっても一緒に暮らしたんだ仲だ。何も感じないわけがない。特にガルフには剣を習ったりこの世界の事を教えてもらったり、かなり世話になった。
俺たちがいなくなったら彼らはどうするんだろうか?足手まといがいなくなって、一直線に王都に向かうのかもしれない。あるいはここを戦地として徹底的に抗戦するのかもしれない。
どちらにしても、身一つでここに飛ばされた俺には何もできないだろう・・・
考えながら歩いていたらいつの間にか部屋の前まで来ていた。ドアを開けて中に入ると、食事などに使っているテーブルにニアが座ってお茶を飲んでいた。
「ただいま」
目が合ったので、声をかけて俺も椅子をひいて腰かける。さて、ニアになんと言って説明したらいいんだろう。
「・・アスト・・・」
考え込んでいたみたいだ。呼ばれて見ると、ニアが俺の分までお茶を入れてくれていた。こちらに渡そうとしているのに俺が気づかないもんだから・・・
「ごめん、気づかなかった。ありがと!」
カップを受け取って、一口飲んでカップ越しにまた目が合った。
最近はニアの方から声をかけてくれる事も増えてきた。最初は、今みたいにまともに目が合う事もなかったからな。
まだうまく伝えることができないのか途中で口をつぐんでしまう事も多々あるが、俺のほうもだいぶニアの言いたい事が分かるようになってきているから気にはしていない。
「・・・・」
「・・・・・」
ニアがずっと俺の目を見ている、これは何か問い詰める時の目だ。
「え・・っと、ニア?」
「・・・なにか・・・・あった?」
俺が悩んでいるのが、もうバレたらしい。俺がだだもれなのか、彼女がするどいのか・・・
「・・・・」
「分かった。話すよ・・」
俺は先程ガルフに言われた事を伝えた。ニアはどう受け取っただろうか、今はまたうつむいているので表情はよくわからない。
「・・ぁ・の・・・」
しばらく見ていると、顔をあげて何か伝えようとしたみたいだけど、言葉にはできなかったようだ。
「状況は分かってくれた?」
うつむいたままうなづく。
「ニアは、そのバランガってところに行ったことはあるの?」
黙って首をふる。
「おかあさんの親戚がいる事を知ってた?」
また首をふる。
うーん、せめてニアの知ってる人だと良かったんだけどな。
「ここは危険になるらしいから、もしもの時はそこを頼っていく事になりそうなんだけど・・・大丈夫?」
数秒して小さくうなずいた。あまり大丈夫じゃないみたいだ。
「なあ、ニア。誰か頼れる人とかいないのか?お父さんの知り合いとか。俺はたいして役にたたないけど、せめてニアを送り届けるくらいは頑張るからさ」
俺がそう言うと、今度は黙り込んでしまった。
せめてニアが心地よく過ごせる所がいいんだけどな。どうも心当たりはないみたいだ。
すると、しばらくして唐突にニアがうなずいた。ん?どういう意味だ?
いや・・うなずくというよりも何か納得したときのような感じだったけど・・・
「あの!・・」
突然顔を上げたと思うと、言葉につまりながらも何か言いたいみたいだ。
こういう時は、急かしても無理に言葉を引き出そうとしてもうまくいかない事は経験上わかってる。
今でも、また顔を伏せてしまいそうなのをこらえてるように見える。
「大丈夫、ゆっくりでいいから。何でも言っていいよ」
そう言って、すっかり冷えてしまったお茶を一口含む。
「・・・私が・・捕まったりしたら・・・きっと、おとうさんや・・・ここの人たちに迷惑が・・・」
・・・まいった。すっかり忘れていた。ニアは伯爵令嬢だ。マリウス伯爵が無事なのであれば、ニアを捕らえたら人質とすることもできる。ガルフ達だって、自分達のために立ち上がってくれた人の娘が捕まったとしたら、抵抗もできなくなるかもしれない。
こんな小さな女の子を無理に追ったりしないだろう、と自分の感覚で考えていたが、むしろ積極的に捕まえにきてもおかしくないじゃないか。
まだ幼いのに、ニアは自分の立場と置かれている状況を理解していたんだ。上から目線で話していたさっきまでの自分が恥ずかしい・・・
「だから・・・その、安全な所まで・・私を、連れていって・・・ください。・・・私を守って・・」
途切れ途切れながら、そこまで言うと俺に頭を下げた。
ニアみたいな子にそこまで言われて、断るすべもなければ断るつもりもない。
「ニア、正直言って俺はそんな役にたつとは思えない。これまで人と争ったこともほとんどないし、常識も知らない事が多いだろう。でも、剣はガルフに習った。半人前だけどいないよりはましだろ。知らないことは・・ニアが教えてくれればいい。今の俺には守ってやるなんてとても言えないけど、協力して安全な所まで行こう!」
そう言うと、驚いたようにニアは顔を上げた。そして控えめにだが、確かに微笑むと大きくうなずいた。
さっきまで、自分は足手まといだとか、何もできることがないから。なんて考えて落ち込んでいたのがバカみたいだ。いや、すねていただけなのかもしれない。
なんて事はない、できる事を精一杯やればいいだけなのだ。思えばニアも同じように悩んでいたのかもしれない。初めてニアの笑った顔を見れたから。
さて、そう決まればまずは・・・
「何があってもすぐに動けるよう、大事なものはまとめておいたほうがいいかな。すぐにもちだせるように・・・」
リュックや旅行鞄みたいな物があるといいけど・・そう思い、用途とか形を説明してみるとニアは革製の大きめの袋を持ってきた。
荷物を入れて、背負う事ができるみたいだ。
・・・ちなみにラノベでよくあるアイテムボックスや空間収納みたいな不思議収納みたいなものはない・・・
早速用意するために、ニアは背負い袋をもって部屋に戻った。俺は着のみ着のままでこの世界に来たから準備するものは何もない。
強いて言えば情報か・・・
街までどれくらいかかるのか、危険はあるのか。そもそも位置もはっきりわかっていない。
「なにか地図みたいなものくらいはほしいかな。あとは・・・ガルフに聞いてみよう」
結局、経験のない俺がいくら考えても穴だらけな気がする。ニアもそこまで詳しくないだろう、お嬢様だったろうしな。
ここは素直に助言を求めよう。
そう考え、ガルフを探したがなかなか見つからない。
やっぱり状況は逼迫しているのか、獣人たちは慌ただしく動いている。
皆忙しそうにしているから、声をかけるのも憚られて自分で探したがなかなかガルフの姿は見つけられなかった。
仕切ってある部屋も一つ一つのぞいてみるが、見つけられないまま洞窟の入り口まで来てしまった。久しぶりに浴びるお日様の陽気がふりそそいでいる。
う~ん、見落としたか?忙しなく動いていた獣人達の中にいたのか・・もしかすると用事で外出しているのか?
考えながら一つ背伸びをした。考えたらここしばらく洞窟に籠りきりだったから、日光をまともに浴びるのも久しぶりだ。
元の世界で暮らしていると当たり前の事だから気づかなかったけど、日光って気持ちいいもんだな・・・
・・・和んでる場合じゃないな。ガルフを探さないと。
もう一度探すべく洞窟に向かって歩こうとした瞬間、乱暴に引っ張られ倒された。
「え?」
驚いて見上げると、そこには黒い鎧に身を包んだ何者かが立っていた。
そいつはすばやく俺の腕を極めて身動きを封じ、もう片方の手で口を塞いだ。