# 64 撤退戦1
「残った者で足止めするんだよ」
「・・・は?」
言っている事を理解できずに間抜けな声を出してしまった。
「・・・はぁ?」
いや、訂正しよう。理解しても出てくる言葉は同じだった。何を言ってるんだろうかこの人は・・・
「まず聞け。何もまともに大軍にあたると言っているわけじゃない。お前が言っていた作戦だ。あれをやろうって話だ」
いきなり言われてもさっきのショックで頭が・・・えっと、何の作戦だっけ?
「表門のところで敵をくい止める話をしてただろう」
そこまで言われてやっと思い出した。砦の立つ敷地の入り口・・・ひょうたんの口の所は今表門と呼ばれていて、丸太でつくった門がある。両脇が急峻ながけになっていて、その間しか通る事ができないんだけど成人男性が四~五人くらい並ぶと手も広げられないくらいの幅しかない。武器を振り回そうと思えばせいぜい二~三人がやっとだろう。
その内側で敵と対したら大勢に囲まれる事もないし、敵が阻む形になって飛び道具の心配もいらない。
もちろんある程度の強さは必要だし、攻めに転ずることは難しくなる。
でもうまく交代しながら敵を通さないよう戦えば時間は稼げる。あとはその時間で次の策を考えるという作戦だ。
「もちろんけが人の撤退を見つけた時点で敵の追撃がかかるだろうから、砦の表門に辿り着くまでにも何か足止めの策は必要だ。だが、あのけが人達を無事に砦に逃がすには他に方法がないだろう?」
わかるけど、なんで楽しそうなんだよ・・・
「だいたい、いろいろ考えながら戦うのは性に合わんのだ。味方以外は斬る!それだけ決まっていれば十分だ」
・・・それどんな戦闘狂だよ。
しかしもう反対する意見も持ち合わせていない。フォレストはさっさと獣人達が並んでいるところに行って話をしてしまった。
獣人達はしばしポカンとしていたが、意味を理解すると我に返りほとんどがけが人を連れて先に撤退する班に志願していた。
「はあ・・・困るとすぐ力技にでるのがあいつの悪い癖だ・・・」
そんなフォレストを見ながらグランはため息をついている。誰が見ても力技を好みそうなトラ族のグランにそう言わせるフォレストはすごいと思う。
気づいたら、ニアやロキ、ニャオは俺のほうを窺っている。俺がどっちの部隊に行くのか見ているようだ。
ん~・・・ここまで見ていて、フォレストとグランは敵味方問わず飛びぬけている。なんとかなるだろ・・・
悪いけど俺も撤退組に行かせてもらおう。ニアたちを促して移動しようとしたらフォレストに捕まった。
「お前は俺と一緒だ」
「冗談だろ!あんたらみたいに強くもないのにやれないって!」
そう言って抵抗したが、無駄だった・・・
「お前は俺に借りがあるだろ?踏み倒されるわけにはいかんからな」
くっ・・・痛いところを。
「俺とフォレストの間にいれば多分大丈夫だ。敵はまたゾンビを前に出してくるだろう。手ごわいが動きはワンパターンだから守ってやるよ」
悔しがる俺を見て、苦笑しながらグランがこそっと言ってきた。
しかし、けがをした獣人たちを早く撤退させてやりたい気持ちもある。しょうがない、ここは守ってもらおう。
「と、いうわけで俺はフォレスト達と一緒に足止めすることになってしまったんだ」
「・・・ん。」
「だから、先に戻っ「一緒に戦う」て・・・」
うん、そんな気はしてた。食い気味に同行すると言い張るニアと、それなら僕たちもと、ロキとニャオ。
なんでそんな一緒にいたがるかな・・・
「行くぞ!深入りするなよ」
「おう!」
撤退組を敵の目から逸らすために、敵の陣地の端っこの方にちょっかいをかける。
もうすっかり朝日が昇っているので、奇襲もできない。ぼぉっと突っ立っているゾンビが俺たちが近づくと、だらんと下げていた腕を前に出してゆっくりと歩み寄ってくる。
元の世界にいる頃、よくゾンビ映画やドラマは見ていた。特殊メイクでリアルに作られたゾンビを見て、グロテスクさや恐ろしさは耐性があると思っていた。
・・・こんなもの朝から見るもんじゃないね。やっぱ本物は一味ちがう。
見た目もそうだが、一番感じたのは臭いだ。急所の首や腕、足などを斬った時はそうでもないんだけど、うかつに腹でも斬ってしまうと地獄絵図が広がる・・・
腹を割くと支えているものがなくなった臓物がずるりとはみ出てくる。それだけでもトラウマものなのに、その瞬間辺りに広がる臭いは筆舌に尽くしがたい・・・
冗談抜きで気が遠くなるくらいなんだがら。
俺の家は神社だ。お寺に比べると少ないが葬儀の依頼もある。神社では神葬祭というのだが。
そして不謹慎な話になるが、年に数回くらい亡くなって日数がたってしまったご遺体の葬儀を司ることがある。
その時に葬儀屋さんから聞いた話によると、人の体も内臓から傷んでくるそうで環境にもよるが数時間で腐敗が始まる。だからすぐにドライアイスなどでそうならないようにするんだとか・・・
もちろんドライアイスで腐敗の進行を止めるゾンビなど見たことも聞いたこともない。だからゾンビの腹を割こうものなら、大変な事になってしまうのだ・・・
寄ってきたゾンビの首が冗談みたいな勢いで飛んでいった。グランの大剣だ。
幅が広く分厚いグランの大剣を受けると、防御力がほとんどないゾンビはなすすべも無い。
正面から弱点である首を狙うと、ゾンビも弱いところを理解しているのか、緩慢ではあるものの腕で防ごうとする。
俺の剣ぐらいの威力だと、腕で止められたりして危険なのだがグランにはゾンビの腕の一本や二本、何の妨げにもならないらしい。
少しずつ下がりながら突出してきたゾンビだけをフォレストやグランが排除している。時折それらを潜り抜けてくるゾンビもいるが、俺はニアと二人組みになり無理しない程度に攻撃している。
ロキ達も同様だ。
ゾンビの動きが遅いのが幸いして、なんとか囲まれないよう位置取りしながら、砦に向かって下がりながら戦っている。
もし騎士や妖魔が前線に出てくるようになったら、全力で逃げる手はずだ。囲まれてしまったらどうすることもできなくなるしね。