# 56 龍精(ろんじん)の刃
かなり遅くなりましたが本日分の投稿です。昨日も更新できず、すいません。
ニールは息も絶え絶えに近寄ってきた。よく見れば怪我も負っている。
敵に見つかったのだろうか。
ふらふらになりながらも、なんとかやってきたニールにガルフが肩を貸している。
「敵です・・イムスリアの・・奴ら、俺達が撤退した・・事を知ると・・急いで騎馬隊を編成して・・・」
そこまで言わなくてもわかる。ガルフは水と傷薬を持ってこさせ、怪我の手当てにかかる。
こちらが想定していたより、だいぶ早く追いついてきた。騎馬は森を抜けられないから遠回りする必要があるのによほど手早く編成したか、考えたくはないが予想していたか・・・
そうしている間にも、馬蹄の音は近づいてくる。もうすぐ近くだ。
「来るぞ!」
誰かが叫んだ。見ると土煙を上げながら近寄る集団がある。
「一箇所に固まるな!最初の一撃をかわせば引き返してくるのに間があく。その時に反撃するぞ!」
ニールの手当てをほかの者にまかせ、ガルフが剣を抜いて叫ぶ。
すぐそこまで迫っている騎馬隊は全員が黒尽くめのよろいをまとっている。間違いなくイムスリアの黒騎士だ。
大きく太い槍を小脇に抱えてまっすぐこちらへ突っ込んでくる。
「おい、騎馬の突撃をまともにうけると死ぬぞ。うまくかわせよ」
いつの間にかフォレストが俺の前に立っていて、アドバイスをくれた。一応ガードしてくれているのか、俺と黒騎士との間に立つようにしているみたいだ。
剣を抜いて身構える。かなりの速度でこちらにむかってくる騎馬隊の迫力は相当のもので、思わず逃げ出しそうになるのをぐっと我慢する。
早く動けば、敵も修正してくるだろうし後ろから突っ込まれるなんてごめんだ。
俺たちが身構えると同じくらいに黒騎士達は縦隊で走って来ていたのが、三列に広がった。
先に動いたのは、フォレストだ。大胆にも真正面から走りより、黒騎士が突き出した馬上槍をかいくぐって剣を振るう。
赤い残光が騎馬を通り抜け、馬が前のめりに倒れた。当然乗っていた黒騎士は投げ出され、地面に激突した。
黒騎士は首を変な方向に曲げ、血を吐いて動きもしない。
しかしあわれな黒騎士の事を考えている余裕は無い。フォレストが先頭の騎士を倒したが、その横を抜けて次々と黒騎士は突撃してくる。
「集中しろ!うまくかわせよ!」
「おう!」
ガルフの激が飛び、周りの獣人達が力強く応える。
獣人達はその高い運動能力をいかし、強力な一撃をうまくかわしている。しかし、運が悪いのか未熟なのかわしきれずに馬上槍に貫かれ、弾き飛ばされているものもいる。
俺に向かって来ている者もいたが、グランが馬ごと真っ二つにしてしまった。ニアは剣も抜かずに避けることに集中しているし、小柄な体型は馬上からの攻撃をやりにくくさせているみたいだ。
最後の騎馬が走りぬけ、前後が入れ替わる。すぐに馬首を巡らせて馬上槍は捨てているので、突撃はもう仕掛けてこないようだ。
走り抜けた黒騎士はおよそ20人ほど。こちらは五人ほどやられて30人弱・・・数はあまりかわらない。
「おわっ!」
さきほどより速度をかなり落として走ってくる黒騎士たちに集中していると、ふいに叫び声があがった。
そのほうを見ると、なんと先ほどフォレストに切られ落馬した黒騎士が襲いかかっているじゃないか。
「バカな!そんな怪我で・・・」
誰かが狼狽した声をあげているが、間違いなくあれは死んでいる。首が90度以上曲がっていてなお生きているというのならこの世界の人族というものを見つめ直す必要がある。
「ちっ!まさか自国の兵までゾンビにしているとは・・・うろたえるな!何人かで囲んで相手をすればいい。前の黒騎士たちに集中しろ!」
ガルフが忌々しげに吐き捨てて、味方に指示を出しているがゾンビの醜悪さに気を取られているのか動きが悪い。・・・まずいな。
こうしている間にも前方の黒騎士は近づき、すでに数人かは剣を交えている。
援護に先頭の騎士に龍珠を放ち、頭がもげるかと思うくらいの勢いで当たったのだが、動きが止まらないところを見ると・・・
「ゾンビは頭をつぶせば動きを止める。痛みも感じないから他の部分をいくら傷つけても効果は薄いぞ」
いつの間にか隣に来ていたフォレストが教えてくれた。やっぱりゾンビは頭が弱点のようだ、ヘッドショットできる武器がほしい。
残念ながら俺の龍珠では、頭部を破壊できるほどの威力はない。首を飛ばすしかないのだが・・・
敵は馬上にあり、攻撃は到底届かない。獣人達はジャンプしたりして届かせる事ができる者がいるが、ゾンビのくせに意外と俊敏にかわしている。ただゾンビ化させただけではないようだ。
周りを見ると、みな攻めあぐねていた。ある獣人は木の幹を蹴って黒騎士の首めがけて斬りつけたが、盾で弾かれ体勢の崩れたところを剣で貫かれた。
被害がだんだん広がっている・・・例外なのがフォレストとグランだけだ。
フォレストは敵の攻撃をぎりぎりですり抜け、無防備になった首を跳ね飛ばしているし、グランは相手の手首を掴んで引き寄せ、頭から地面に叩き落している。
嫌な音がしているから、グランのほうはあまり見ないようにしておく。
俺はなんとか騎士たちの攻撃を逸らしているが、攻める事ができないでいる。俺の後ろで背中合わせで戦っているニアも同様だ。
フォレストとグランは倒しているが、他は被害が広がっている。このままだと獣人たちがやられてしまうほうが早いように思える。
ガルフもクロアがなんとか守っているが、ぎりぎりで耐えている状態でこれ以上指示を出す事もできないでいる。
・・・いくら修行をしたといっても俺にできることなんて何も無い。焦りと悔しさがあふれてきた。
龍精を体中に巡らせる事で身体能力はかなり上がっているが、所詮戦いの経験もない素人だ。
ゾンビのくせにするどい攻撃をかわすのがやっとで、こちらの剣を届かせる手段がないのだ。しかも馬を攻撃しようとしても己の身より固く防御してくる。
くそ!・・・黒騎士の攻撃を剣身で逸らしながら、苛立ちまぎれに龍精をこめて振り払った。
「ん?」
剣が・・・少し光った。それだけじゃなく、黒騎士のよろいが一部切り裂かれたようになっている。
龍じいから教わった事を思い出す。実際に教わったのは基礎の龍珠だけなのだが、修練を積めば様々な技を使えるようになる。そう言っていた。
実際龍じいが実演してくれた龍珠は、俺みたいに一定の大きさの球状だけじゃなく、大きさも形もいろいろ変えて出していた。
・・・武器に伝えて飛ばす・・・とか?
さっきイラついて剣を振るった時、身体に満ちている龍精が一部流れたような気がした。
なら・・・
考えながら防戦一方になっている俺に、黒騎士は何の感情も読み取れない顔で剣を強く振り下ろしてきた。
それをフォレストのまねをして、半身になって避けて剣を持つ手に力を込める。
やはり龍精が流れ込んでいるのか、淡く光を増してきているのがわかった。
「飛んで切り裂けっ!」
思わず声に出しながら、龍珠を放つときの感覚をまじえて大きく剣を振るう。
剣に宿り、赤く光る龍精は、そのまま赤い刃になって飛んでいき、黒騎士の首を通り抜けていった。
数瞬のあと、ずり落ちるように首が落ち、力を失った体と共に馬からすべり落ちた。
「やった!」
思わず喝采の声をあげた。それほど遠くまで飛ぶわけではないみたいだ。黒騎士の首と直線状にあった枝が落ちたのがだいたい10mくらい。
それだけあれば十分だ。
振り向きざまに、ニアの正面にいた黒騎士に龍精の刃を放つ。
少し狙いがずれ、肩からななめに切り裂いたが問題ない。驚いた顔で振り向くニアに軽く微笑んで、苦戦している獣人のほうに向かう。
それからさらに三人の騎士を倒した頃、周りに立っている黒騎士の姿が無い事に気づいた。
・・・勝ったんだ。
かなり犠牲は出たが、なんとか切り抜ける事ができた。これでしばらくはしのげるだろう。そう考えたとたん目の前が真っ暗になり、立っている感覚も倒れた感覚もわからなくなった。