#2 夢から覚めると
夢を見ていた。
ボンヤリと白いただ広いだけの部屋。俺はそこに寝かされていた。
体は動かないのだが何となく周りの様子がわかる。
俺と同じように数人の人間が横になっているが、子供なのか大人なのか、男性なのか女性なのか、ボンヤリとしてわからない。
‥まぁ夢だしな。
そう思っていると声が聞こえる事に気づく。
遠くから近づいてくる声は複数。どうやら二人いるらしい。
「ほう、こいつはなかなか‥」 「ああ、なんでも一人で百人以上の兵士を殺して果てたらしい」
「こいつは、活性化していないが凄まじい魔力だな」
「ほら、見ろよ。剣術も極まればここまで・・」
まるで品定めするように、声は近づいてくる。
どんな夢だよ。優れた人間の展示会ってか?
でも、ここに並んでいるのは武勇なり魔力なりが抜きんでたやつらしい。てか、魔力って(笑)
最近読んでる転生もののラノベの影響でこんな夢を見ているんだろうか?
そんな事をボーッと考えていると、声は俺の近くで止まった。
「おい、こいつは・・」
なんか絶句している雰囲気。
ははぁ、よくあるパターンか・・ここで俺の能力が凄い事が判明して転生ラノベ的ストーリーへと進んでいくわけだ。
「こいつ・・なぜこの様な者がここに来ておるのだ?」
声の主は戸惑っているようだ。
勝手にストーリーを想像してご機嫌で鼻歌でも歌いそうな感覚でいると、もう一人の声が話し出した。
「ここは輝かしい功績を残して生涯を終えた者のみが辿り着く場所だ。そこにこんな平凡な者がなぜ紛れ込んでいる!」
あれ?なんか風向きが・・てか、サラッと気になる言葉を吐いたぞ。生涯を終えた?この夢では俺は死んでいるのか?しかも平凡って・・
ガクゼンとしている俺にさらなる追い討ちがかかる。
「まったく・・おおかたどこぞの愚神が間違えてここに送ったのだろう。どうやら寿命も残っているようだし」
「まったく困ったものですな。早急に処分しますゆえ」
おい。間違えたって・・しかも処分って・・・
戸惑っていると、急に地面がなくなったような感じと共に俺の体はゆっくりと沈んでいく。まるでエレベーターが下降するように・・
同時に意識も薄くなっていく。なんて夢だよ・・目覚めたら二度寝して、今度はもう少しマシな夢を見たいもんだ・・・
‥あれ・・・
ここは?・・俺は・・・誰だ?
って事はないな。自分のことはしっかり分かる。樋口安須人17歳。さっきまでうちの神社の境内を掃除していて・・・
やばい、思い出さない・・・今日は日曜日だった、と思う。朝起きてから夕方までくらいのことは憶えてる。そこから記憶がぼやけてあいまいになる。
「記憶・・喪失?」
そもそも何でこんなところで寝てるんだ?
何か変な夢を見ていたような気がするけど・・
まわりをぐるっと見回すとそこには、木、木、木。明らかに人の手が入ってなさそうな木、いや森、原生林?
ズボンについた土を払い落としながら立ち上がってみた。心地よい風が頬をなでる。しかし立ち上がって視線が高くなったところで木やそれに這うツタ、名前も知らない雑草。そのほかに見えるものはない。いや、どこか遠くのほうで火のはぜるような音は聞こえる。
あきらかにうちの神社の境内ではない。
「どうしよう・・・」
まわりの風景にはまったく見覚えがない。道路から遠いのか往来がないのか車の音も聞こえない。
・・・一旦落ち着こう・・・幸い俺は元来あまり物事に動じない方だ。
少々のことが起きても冷静を保っていられる自信はある。とりあえずなぜこんな所で寝ていたのかは後回しにしよう。ここがどこかがわかればずぐに思い出すだろう。
そう考え、適当に歩き出した。心地よい風が吹いてくる方へ。だいぶ後になって思えばこれは何かの暗示だったのかもしれない。
これは・・まいったな・・・。
歩くこと十数分まだそれほど距離を歩いたわけじゃない。しかし見知った風景に出くわすわけでもなく、ここに至った記憶が戻るわけでもなく・・・しかもスマホにもずっと圏外の文字。
風が揺らす葉擦れの音しか聞こえなくなった森を、ただあてもなく歩くことに、さすがに不安が募ってきた。
「だめだ、少し休憩しよう。」
誰に言うでもなく呟いて手近な大きい木の根元に腰掛ける。
一息つくと取り合えずポケットを探る。とにかくなぜこうなったのかヒントでも欲しいのだ。
先ほども半ば無意識に取り出したスマホに数千円しか入っていない財布。食べかけのポピュラーなブロックタイプのバランス栄養食。
服装は普段着、それもちょっと近所のコンビニに行こう。程度のくだけたやつだ。所持品とあわせて考えても遠出をするつもりではなかったようだ。それなのに見知らぬ森に一人いるってことは・・・
誘拐!? ないな。僕は金持ちのご子息でもなければ要人の家族でもない。小さなしがない神社の生まれだ。僕を誘拐する意味がわからない。だいたい誘拐など犯罪がからんだことなら、こうやって自由に歩きまわれるはずがない。
何かのドッキリ!? だとしたら大掛かりだし、それだとここに至る記憶がないことの説明がつかない。
「ふうむ・・」
バランス栄養食をかじりながら思案に暮れること数分。結局なんにも考えがまとまらないままとりあえず立ち上がった。その瞬間。
僕のすぐ後ろで何かが動く気配がしたかと思うと何かヒヤリとしたものが喉に突き当てられた。
「動くな。」
声を潜めて言われた、たったそれだけの言葉の中に有無を言わせぬ迫力と強い意志を感じて瞬間的に僕の体は不動の姿勢をとった。
動けなかった。喉に当てているのはナイフかなにかか‥強盗かあるいは僕をここへ拐ってきた人かもしれない。
考えを巡らす事はできた。そして思った、逃げなければ‥
しかし俺の体は一切の抵抗を拒否していた。
本気を感じさせる男の口調と押し付けられた刃物の感触・・・
それらは俺から抵抗の意思を奪うのに十分なものだった。
俺が不審な動きをしないのを見てか、刃物のようなものを突き当てている人物とは別の男が現われて僕の体を検めだした。
サイフ、スマホなど所持品が次々と乱暴にポケットから引っ張り出され無造作に放られる。
もう他に何も持ってない事を確認した男は俺の持っていた物を仔細にあらためている。その男はファンタジーから抜け出したような格好をしていた。
胸や肩周りだけを覆う革製の鎧のような物を身につけ、腰には剣らしき物を下げている。全体的に汚れていて使い込んでいるのがわかる。
そしてなにより・・・
現在僕の体をまさぐっている男?の頭には短い毛に包まれた耳がピョコンと立っている。
襲われた事や、相手の格好を見て俺の脳みそは早々に理解を諦めたようで、ポカンとそれを見ていた。
無抵抗な俺の身体検査と持ち物の検分を終えると男は立ち上がり、どこからか空気がもれるような滑舌の悪さで話しかけてきた。
「お前・・・イムスリアの者か?」
「・・・?」
「ちっ。おい、何とか言え!!」
相手を見つめてまま返事を返そうとしない僕に、苛立ったように後ろの男が凄み、押し付けるナイフに力をいれた。
のどに小さな痛みが走る。
そのせいで少しだけ冷静になり、絞り出すように答えた。
「わからない・・」
「ああん?」
少しだけ冷静さを取り戻したとしても、なんで自分がここにいるのか、なんで目の前の男の顔は毛に覆われていて下から上に突き上げるように牙が生えているのか、まるっきり意味がわからないのだ。
目の前の奇妙な男は、そんな俺を険しい目でずっと見ていたが、なにかを悟ったのか視線を外して呟いた
「嘘じゃないみたいだな・・・」
あいかわらず聞き取りにくい言葉でそう言うと、ふう・・と息をついてあごで後ろの男に何か合図をした。
一瞬の後、再び俺の意識は暗い闇に沈んでいった。