#0 序章1
5/23序章を追加しました。ほぼ説明のような章で長めです。時代背景の設定や説明を本編の中に入れるのはうっとうしいと感じたので切り離しました。ほぼ会話もないので苦手なかたは飛ばしてください
薄暗くじめじめした、ほとんど岩ばかり通路が延びている。壁に生えているコケがうっすらと発光しており歩くのには支障がない程度の薄暗さだ。
そんな洞窟の通路を物々しい格好をした一団が歩いていた。
ガチャガチャと鎧の音を鳴らしながら歩いているその一団は、洞窟を探索する冒険者には見えない。
ここはローデンシアという大陸の端に位置するイムスリア帝国に程近い洞窟だ。この洞窟ははるか昔に栄えた古代王国の遺跡といわれており、様々な遺物や魔道具が発見されている。
現在の技術ではそのほとんどが再現する事もできないそれらの道具は貴重な物として各国に高値で出回る事になる。
だが、この冒険者には見えないある意味風変わりな一団はそういった物を発掘しに来たのではなかった。その足取りは重く、むっつりと黙り込んで歩く様からは不機嫌さと疲労を隠そうともしていない。
「もうポーションもありません。食料や水も・・・」
誰かがそう言った。
彼らはイムスリア帝国の騎士であり、特徴である漆黒の鎧で装備を統一していることからイムスリア黒騎士団と呼ばれている。その黒騎士の最後尾を違う格好をした者が歩いていた。
色こそ同じようではあるものの、鎧ではなくローブを身にまとっている。彼は名をジャミルという、イムスリア魔導師団の一員である。当然魔法使いということになる。
「くそ・・・なんでこんな事に・・・」
ジャミルは周りに聞こえないよう呟いた。
彼はとても苛立っていた。彼を苛立たせる原因はいくつかあり、まずは今ここ古代王国の遺跡内を歩いているそもそもの原因。
ジャミルと黒騎士団は、この洞窟に探索や遺物の採掘に来ているわけではなく魔物の討伐で来ている。この遺跡からは貴重な遺物が出るが魔物も出てくるのだ。
ローデンシア大陸の全土において魔物は存在こそするものの、その数は少なくなっており街や村、街道沿いでは魔物と遭遇することは稀だ。しかしこの遺跡からは、常に魔物が湧出してくる。それも地上にいる魔物より強い個体がまとまった数で・・・
野放しにしておけば、たちまちに地上から人の住める場所はなくなっていくであろう。
それゆえに定期的に騎士達が遺跡に入り、外に出てこようとする魔物を討伐している。
本来ならばそれはイムスリア一国で背負う必要はない。遺跡から出る有用な遺物は各国で共有されていて、中立地域である遺跡からの出土品は各国が等しく所有権を主張しているのだから。
しかし他国は遺物の所有権は主張するが、戦力や支援を出す事はのらりくらりと言い逃れを続け、なし崩し的にイムスリアに押し付けているのが現状だ。
ジャミルはそんな汚い他国も、いいように使われている自国の上層部にも嫌悪感を抱いている。なにしろ結局危険をおして動くのは自分達なのだから・・
そして今日に至っては、さらに悪い事が重なった。魔物を求めてすでに調査済みであるはずの階層を歩いていたところ、いつもの通路にある機能していない魔方陣が今日に限っていきなり動いた。
魔方陣はさまざまな効力があり、その事柄を示す古代語で構成されている。ミレニアという王国にある魔道学院を高い成績で卒業したジャミルは古代語にも精通していて、その魔方陣はたとえ機能していたとしてもなんの効力も発揮しない事は調査済みだった。
だが触れた途端、突然魔方陣が輝きだした。起動しないしなんの効果もないはずの魔法陣がジャミルたちに及ぼした影響は・・・転移だった。遺跡内のどこかへのランダムテレポート。
起動しだした魔法陣に描かれた古代語を判読していたジャミルは絶句した。古代語が転移を示していたからではなく、溢れる光の中で何か得体の知れない者がサイを振るうのが見えたからだ・・・
いずこへか転移した一団は慌てて付近を確認したが、見慣れない風景と明らかにこれまでとは一線を画した強さの魔物達が彼らを出迎えたのだ。
古代語の判読が出来るのは一行の中ではジャミルのみだ。誰も口には出さないが態度と雰囲気でわかる、みなジャミルが読み違えをして魔法陣を誤作動させたのだと思っているのが。
ジャミルはあの魔法陣が作動しない事は先人の調査で明らかになっていた事や、構成されている古代語がいきなり変わった事を説明した。その事に反論はでない、なにしろ他の誰も読めないのだから。
「くそ・・くそ!古代語を読む事も出来ないくせに・・少しでも読めるなら私のいう事が正しいと理解できるものを・・・」
悔しさに臍を噛みながらジャミルは脱出する方法を探した。方法があるのならば、それが分かるのもジャミル一人なのだから。
もし見つけたらこいつらは置いていってやろうか・・・古代語も読めない、魔法も使えない力だけのサルが!
ここがどこかも帰る方法もわからず、付近には強力な魔物たちの気配がうじゃうじゃしている中、血走った目で辺りを調査するジャミルの思考は、狂気のほうへ歩き出している。騎士達もうっすらと気づいているが、帰るためにはジャミルの知識が必要なのも確かだ。
魔物の気配をかわしながらしばらく進んだ一行は、辺りの様子が変わった事に気づいた。
「ここは・・・」
「遺跡・・の中だよ、な?」
騎士の誰かが思わず呟いた、そこはまるで地上のような風景だったのだ。
まるで洞窟から出たように、目の前には草原が広がっており空からは燦燦と光が降り注いでいる。
見上げると、まるで太陽のようなものが浮かんでいるのが見える。ただその上に岩の天井も見えるので遺跡の中である事は間違いないらしい。
これまでの報告にも歴史書にもこんな事例はない。
騎士達は今自分らが前人未到の階層に立っているのだと確信した・・・
「これは、いったいどういう事なんだ・・ジャミル殿、どう思・・・」
ジャミルへ意見を求めた騎士はそれ以上続ける事ができなかった。
ジャミルは周りの様子に目もくれずに、どこから持ってきたのか古い書物を食い入るように読んでいる。その姿は幽鬼か亡霊と見間違いかねない様相となっている。
「ジャ、ジャミルどの?・・・」
ジャミルは声をかける騎士の声など届いていない。その顔からはゆがんだ笑顔さえ浮かびだしている。
騎士達はどうする事も出来ずに立ちすくんだ。ジャミルが正気ではない事は一目瞭然であり、その雰囲気が邪悪なものに変わっていくのも気づいていた。
この時、ジャミルを止める事が出来ていれば・・・あるいはいっそ斬ることができていたなら、この後の災厄は起きなかったのかもしれない。しかし運命はジャミルを狂気へと、この大陸を災厄へと導いているようだった。
ジャミルが狂気に満ちた視線を向けている古い書物には、この場の誰も読めない古代語の表題が記してあった。死霊魔術と・・・