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第8話 魔王の子は魔王(ある意味で将来有望です)

小さい子が出ると伸びるらしいよ。

何が?

日本は平和ってことさ。

 ツバサは綺麗な3回転半(トリプルアクセル)を決めて顔面から着地した。

 アエラは何が起こったのか理解できぬまま棒立ちでその光景を眺めている。

 それは1秒にも満たない時間だったが、愛する夫が教え子に殴られてぶっ飛んだということをようやく脳が理解した。


「ツ、ツバサさん!」


 慌ててツバサのもとへ駆け寄ると殴られた本人が上体を起こして頬に手を当てる。

 その顔は信じられないといった表情でタケルを見上げていた。


「な、殴ったね!アエラにもぶたれた事ないのに!」

「そのネタを知ってるなら2発目いっときますか?」

「痛いからヤメテ!」


 痛かったんだ。岩でも殴ったかと思うくらいこっちの拳も痛かったんだが。

 タケルの拳は血こそ出てはいないが赤みがかっている。


「なぜ僕を殴ったのか聞いていいだろうか?」

「さすがに女性の顔は殴れませんので」

「殴らないという選択肢はなかったのかい?」

「殴ってなぜ悪いか!」

「そこでそのセリフを言うか」


 頬をさすりながら立ち上がったツバサはワザとらしくアエラに寄り掛かる。

 それと同時にさっきまで聞こえていた鳥たちの鳴き声がピタリと止み、静寂が一気にタケルを包み込んでゆく。

 その理由にタケルが気付いたのは抜剣したアエラが切っ先をタケルへと向け凄まじい殺気を浴びせた時だった。


「さてヤマトよ。辞世の句はあるか?」

「教え子に、手をかけるのか、恩師殿、拳痛めし、我の想ひよ」

「なぜそれがテストに活かされない?」

「生命の危機に脳がフル回転してるんでしょう」


 もっとも、死んだとしても王様のところで復活できる。

 そのはずなのだが何故だろうか、アエラが出す本気の殺気はその(ことわり)ごと切り刻む勢いを感じた。


「安心しろ。殺しはしない。フフフフ、そう、殺しはしないさ」


 なるほど、殺さない。つまり死んだ方がマシな状態にするということだ。


「通報していいですかね?」

「大丈夫だ。2秒もあれば終わる」


 ですよね。

 さて、どうやって切り抜けようか。タケルは思案するが答えは出ない。


 うん。無理だ。

 直視できぬほどの形相(えがお)で殺気を振り撒く勇者の仲間(せいぎのみかた)だった妻。

 その横でオロオロと狼狽える夫。

 いやはや、どっちが元魔王なんだか。


 正直な話、蛇に睨まれたカエルの方がまだ動けそうだ。

 確実にタケルの身に降りかかるであろう凝縮された火の粉の化身は1歩、また1歩と得物へ近づいていく。

 不動明王像が無言で歩み寄ってくるのを想像してほしい。

 怖い。

 マジで怖い。


 流石にヤバイと感じたのだろう。ツバサがアエラを背後から抱きしめる。


「アエラ。僕のために教え子を手にかけてはいけないよ」

「ツバサさん」


 さっきまで燃え盛る山の如きだったアエラが一瞬で消火された。

 ツバサもふざけ過ぎたのを自覚していたのだろう。

 アエラの肩越しにツバサはタケルに向けて「ゴメンネ」と声に出さず口を動かした。


(初見が素っ裸でなければ尊敬もできたのに)


 難を逃れたタケルだったが、その心中は複雑であった。


「さてさて、日が落ちてきたね。どうだろうタケル君。この後ウチに来ないか?」

「え?」

「まだ聞きたいこともありそうだし、もうすぐ晩ご飯の時間だしね」


 確かに聞きたいことはまだある。

 元魔王の夫と元勇者の仲間だった嫁の家。

 正直な話不安しかない。


「とりあえず母に連絡していいですか?」

「そうだね。来るにしてもサクヤさん(・・・・・)に知らせておかないと君の分も晩ご飯作っちゃうからね」


 ツバサの助言もあってタケルがスマホを手にすると同時に近くの草むらがガサガサと音を立てた。


 かき分けて出てきたのはクマ。


 を担いだ母サクヤである。

 突然の乱入にも関わらず、その場にいた3人は誰も驚いた様子が無かった。


「そんな気がした」


 タケルは優しい目をしている。


「ツバサ君のお宅にお呼ばれするのね。だったら手土産を持っていきなさい」


 サクヤが右手に握っていた包丁を振るうとクマが少し揺れて、サクヤの左手に肉の塊が現れた。


「小さなお子さんもいることだしクセの強くない部分がいいわよね」


 笑顔で渡された肉をアエラは黙って受け取った。

 その様子にツバサが震える声で話しかけた。


「サ、サクヤさん・・・・そのクマは・・・?」

「これ?近くでブナの実に夢中になってたのを狩ってきたのだけど。ツバサ君は熊肉苦手?」


「ハナコォォォォォォォォ!!」


 メスだったのか。

 つーか名前つけてたんだ。

 ツバサの絶叫が山に響いた。


「アエラちゃん。このクマ飼ってたの?」

「いえ。野生です」

「そう。相変わらずオカシナものに惚れ込む性格なのね」

「え?」


 アエラの驚きの声をサクヤは聞き流した。


 その後、目で追うのが難しい速度でクマ(ハナコ)は解体され毛皮と肉がサクヤの異次元エプロンに収納された。

 骨は砕かれて肥料として散布される。

 以前、豚骨ならぬ熊骨で出汁を取ってみようと試みたが生臭さ過ぎて不評だった。


「それじゃタケル。あまり遅くならないうちに帰るのよ」


 さっきまでクマを解体していたとは思えない雰囲気でサクヤはその場から去っていった。

 ツバサはまだハナコのショックから立ち直れていないようだ。

 アエラは丁寧にラッピングされた熊肉を収納バッグにしまい、ツバサに肩を貸す。


「では行こうか。少し本気で走るから遅れるなよ」


 と同時にアエラ達の姿が掻き消えた。

 かすかに感じた気配を追うと遥か先に2人の姿が見えた。

 急ぎ追いかけるタケルであったが向上した身体能力をもってしても追いつけず、その姿を見失わないようにするのが精一杯であった。



 走ること10分弱。

 タケルの住むエリアから2つ離れたエリアにある家?の前で2人は待っていた。


「よしよし。遅れずについてこれたようだな。ここが私たちの家だ」


 そう紹介された2人の家は、タケルの家とは比べものにならないほどの大きさであった。

 とはいえ、外観がシンプルなので豪邸という感じはせず、2階建ての体育館という表現が一番しっくりくる。


「ただいま」


 玄関の扉を開けて中に入ると目の前に現れたのは幅広い階段と壁にかけられた武具の数々。

 そして。


「お帰りなさいませ」


 エプロン姿の老人であった。

 ツバサも高身長であるが、その老人はさらに大きく2mはありそうだった。


「ただいまバルトラ。今日は急な呼び出しで悪かったね」


 ツバサが労いの言葉をかけると老人は恭しく首を垂れる。


「いえ。ツバサ様のご用命とあればこのバルトラいつでも喜んで参じます」

「そう言ってもらえると助かるよ」

「奥方様もごぶさたしております」


 どうやらツバサとバルトラは主従関係のようだ。


「久しぶりだなバルトラ。私からも礼を言わせてもらう。あの子たちを相手にするのは大変だっただろう」


 その口振りからアエラとは対等の関係かややアエラが上か、ともかく親交が深い様子が伺える。


「いえいえ。お2人とも手を煩わせることなく大人しくされておりましたよ。以前お相手した時の幼子が大きく成長していて、いやはや時の流れを感じました。ますますお2人に似てきましたな」

「そうか。なかなか嬉しいことを言うようになったな」


 微笑んだアエラは収納していた熊肉を取り出してバルトラに渡した。


「これは?」

「サクヤさんから頂いた熊肉だ。下処理は済ませてある」

「ほほう」


 興味深そうにバルトラの目が熊肉へ向けられる。


「そしてコイツがサクヤさんの息子で先日勇者になったタケルだ」


 不意にアエラから背中を押されタケルはバルトラの前へ。


「はじめましてタケルです」

「はじめまして。バルトラと申します」


 バルトラが手を差し出してきのでタケルはその手を取り握手をする。

 タケルの握られた手に僅かだが力が込められ、見下ろしているバルトラの目には少し怒りが顔をみせていた。

 それは一瞬の出来事でタケルは気付いていない。


「では今日はこれをメインに夕食を作りましょう」


 バルトラは握手を解くと熊肉を片手に奥へと消えていった。


 その彼と入れ替わりに奥から2つの弾丸がツバサとアエラに飛び込んできた。


「おかえりなのパパ!」

「おかえりなのママ!」


 ちょっとした衝撃がタケルをすり抜けていった。


「2人ともただいま。いい子にしていたかい?」


 ツバサとアエラが腕上の娘の頭を撫でていた。


「バルトラは強かったの。さすがパパの部下なの!」

「なの!」


 何故バルトラが娘達から強さが評価されているのか聞くのが怖い。

 引きつった笑顔でツバサ達一家を眺めていたタケルにツバサ達が振り向く。


「2人とも。今日はお客さんが来ているんだ。タケル君だよ。ほらご挨拶しなさい」


 そう言いながらゆっくりと娘を降ろした。


「クサナギ・ミツキ。7歳です!」

「クサナギ・コヨミ。6歳です!」


 元気よく挨拶した2人の娘にタケルは2人の妹の姿を重ねた。

 2人ともアエラに似たのか金髪に碧眼。まるで人形の様だった。


「タケルお兄ちゃん。いらっしゃいなの」

「なの」


 最近は思春期を迎えたせいか2人の妹はタケルに対して妙につれない。

 なので笑顔の2人にタケルはすっかり懐柔されていた。


「とりあえず夕食ができるまでまだ時間がかかるだろうから、君はお風呂で汚れを落とすといい。ツキ。ヨミ。タケル君を案内してあげなさい」


「「ハーイ」」

「こっちなの」


 ミツキが小さな手でタケルの手を引っ張り、コヨミが背中を押す。

 それが何だか嬉しくてタケルの顔はニヤニヤと緩んだままだった。


「ここなの」


 着いた風呂場はちょっとした旅館なみの大きさであった。


「ここで服を脱ぐの」

「脱ぐの」


 手前の脱衣所も軽く10人は入れそうな立派な造りをしていた。

 カチャリ。

 不穏な音にタケルが振り向くとミヅキが脱衣所のカギをかけ、年齢にそぐわぬ不敵な笑みを浮かべていた。


「バルトラが言っていたの。お兄ちゃんは勇者なの?」

「バルトラが言っていたの。勇者は魔王の敵なの?」


 さっきまでと変わらない笑顔なのに2人の娘から感じる圧にタケルが1歩後ずさる。

 そしてコクリと首を縦に振ると2人の圧がさらに威力を増した。


「お兄ちゃんはパパの敵なの」

「お兄ちゃんはここで始末するの」


 聞き間違い。であって欲しい。

 タケルはさらに1歩下がった。


「大丈夫なの。痛くはしないの」

「大丈夫なの。ちょっとだけ社会から消えるだけなの」


 そう言ってコヨミがスマホを取り出した。


「ツキが裸で抱きついた写真をアップすれば一瞬なの」


 あー、こいつら魔王の娘や。

 想定以上の恐ろしい手段にタケルは戦慄を覚えた。


「えーっと。ミツキちゃんだったね。人前で女の子が裸になるなんてダメだよ。恥じらいって分かるかなぁ?とにかく脱ぐのはどうかな」

「別に脱ぐのはキライではないの」


 系譜!!

 ちくしょう。魔王の血が濃すぎるわ!


 ミヅキが自らの服に手をかける。


「さぁ勇者、くたばれなの!」


 バキッ!

 脱衣所の扉が引きはがされ、赤黒いオーラを纏ったアエラが中に駆け込んで娘たちの首根っこを掴みあげた。



「ごめんなさいなの」

「なの」


 腫れ上がった尻をさすり、2人の娘は涙目でタケルに謝罪した。


「まったく。行儀が良すぎておかしいと思ったらコレだ」


 アエラは額に手を当ててため息をついた。


「まぁまぁ。2人も僕を思ってやったことだし大目に見てよ」


 その言葉に2人の娘はツバサの足にひしっと抱きつく。


「あまり甘やかさないでくださいな。2人とも、後でお説教ですからね」


 こっちは人生の終わりに片足突っ込みかけたのだ。

 そう思いながらタケルがミツキに視線を向けるとアエラに見えないように舌を出し、敵意むき出しで睨みつけてきた。


 油断できねぇな。


 波乱の夕食会が始まろうとしていた。

年末年始があらわれた。

にげられない!

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更新速度遅めなのが申し訳ないと思う今日この頃。
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