第7話 教えて、アエラ先生!(でも後悔すんなよ?)
キャラ名は響きと勢いでつけてます。
どうしてこうなった元魔王。
面と向かって変態と言えないのがツライ。
「変態と思われるなんて悲しいなぁ。僕は他の人より自然な姿が好きなだけさ」
また思考を読んだであろう元魔王は、変態扱いを気にした様子もなく、嬉々としてタケルの肩を抱く。
「それもスキルですか?それとも・・・」
「まぁ、アエラも分かっているようだから今後の指導で改善されるとは思うけど、スキルを使う必要もない位に君は思考が表情に出る。人としては美徳ではあるが、戦闘においては致命的だね」
『見た目は爽やかな好青年で発言も知的で立派なのに・・・行動が致命的なんですよ・・・』
喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、タケルはポーカーフェイスを試みた。
「ツバサさんの言う通り、その辺りの指導は追々な。剣技に関しても土台となる身体が出来上がってからの予定だ。今日はまだ身体作りの第1段階といった所だ」
「あれで?」
さっきまでの惨劇×9が序の口だと言う。この夫婦マジで狂気揃い。
「実行犯の僕が言うのも何だけど、最後はクマの僕といい勝負になったじゃないか。初日の伸びとしては及第点だと思うが、不満かい?」
「そこなんですよ。急に動きが見えるようになって、身体能力が一気に上がった気がするんですよね。どういうことですか?先生」
ゆっくりとタケルの顔から足元まで観察したのち一瞬だけツバサに視線を移すと、アエラは1つ咳払いをした。
「動きが見えるようになった理由は『慣れ』だろうな。1つはクマのツバサさんが単純な攻撃を繰り返していたこと。もう1つは、文字通り、死に物狂い(×9)で動きを見ていたことだな」
「そんな単純な話なんですかね?」
「意外と単純なものだぞ。安心、安全な場所で剣を素振りしたところで急激な成長など見込めぬ。常に死の臭いが立ち込める戦場に身を置いてこそ急激な成長が見込めるというものだ」
その言葉にタケルは口に出さなかったものの『は?』という表情を浮かべた。
産休に入った教師が夫の転勤が重なったという理由で退職し、代わりとしてイワト学院に赴任してきたのがアエラである。
魔王討伐後に教職を目指したアエラは王国でも最難関と言われるイワト学院付属大学へ入学し、無事に資格を取得した。
その知名度から卒業時に多くの学校から勧誘を受けたアエラは、最終的に母校の教壇を選んだのだが教職2年目にツバサとの結婚。
その後、出産、育児に追われ、しばらく教職から離れることになった。
アエラの教職への情熱を知っていたツバサは魔王軍時代の部下に声をかけ、家事と育児を手伝ってもらうようになって、ようやく復職したのが昨年末である。
学院長に他の職員には勇者の仲間だったことは伏せてほしいと言っていたらしいが初日の挨拶で全員にバレた。
何故かと尋ねたアエラに皆が声をそろえてこう言った。
『だって教科書に載ってる人だもの』
近年で魔王討伐を成し遂げた勇者パーティーの一員。
当然と言えば当然なのだが、知らなかったのは本人だけだったという。
身バレして開き直った彼女に学院は剣術部の指導を依頼した。
毎年いいところまで勝ち進むのだがベスト8の壁をなかなか超えられないらしい。
顧問をしていたベテラン教師も自身の指導に行き詰まりを感じていたところで渡りに船と乗り気だった。
滅多に見られないソードマスターの技量を部員に見せることで壁を打ち破る起爆剤になってくれれば・・・顧問にとってそれくらいの軽い気持ちでしかなかった。
当初は渋っていたアエラも1度くらいは・・・と、剣術部の指導を引き受けたのが、入ったばかりの新入生が部活に馴染み始めた5月初め。
後日、今日のタケルと同じく彼女からの指導に期待を膨らませて部活に向かったクラスメイトの顔をタケルは今でも忘れられない。
指導の翌日。
登校した剣術部の男子部員達はアンデッドにでもなったのか?と思う程に皆やつれていた。
あまりの変貌に心配になったタケルを含む生徒数名が教室にやってきた剣術部のクラスメイトに理由を尋ねると彼は光を失った瞳を天井に向けた。
聞けば、アエラの指導による安心、安全な校内の競技場での素振りと型の稽古。
そう、やったことはただそれだけのことだった。
話すことで記憶が呼び起されるのかクラスメイトは小刻みに震え、徐々にトーンが下がっていく。
「多分、地獄ってここより快適だと思うぜ」
その言葉は魂ごと吐き出したかのように重かった。。
この出来事が広まったのかどうかは知らないが、これ以降アエラが他の戦闘系クラブから指導を頼まれることはなかった。
唯一の指導を受けた剣術部はその後どうなったかといえば、先程行われた全国大会で圧倒的な力をもって優勝した。
だからこそタケルは『安心・安全な場所での素振りでも十分に成長しますよ!』そう本人に向かって叫びたかった。
アエラ本人から指導の申し出があった時、一瞬ではあるがこの逸話が頭をよぎった。
しかし、剣術部が強くなったのは紛れもない事実であるからこそタケルの心は躍ったのである。
まさかそれを凌駕するほどの地獄が待っていると分かっていたら『ハイ!』なんて返事などせず逃げ出しておくべきだった。
逃げ切れたかどうかは別として・・・。
「身体能力の件は、王城からここまでの15分ダッシュ×9回が効いたんじゃないか?」
「んなわけないでしょうが」
ダッシュしただけでクマを圧倒できる力がつくなら毎朝走っている父さんは素手でドラゴンも倒せるだろう。
「一般人ならそうだろうが、お前は勇者だしな」
「答えが雑過ぎです」
「だが他に心当たりが無い」
アエラに対してこれ以上の問答は時間の無駄と感じたタケルは質問相手をツバサに変更した。
「で、ツバサさんが俺に興味を持った理由はなんですか?」
「アエラが自ら指導を申し出た。僕が興味を持った理由はコレだ」
「もう惚気とかいいんで」
吐きそう。
「違う違う。そういう意味じゃないよ。君もアエラが剣術部を指導した顛末は知ってるだろ?」
「あー」
さっき思い出したばかりの記憶だからか返事がおざなりになる。
「魔王クラスと対等に戦える者は勇者に限った話じゃない。アエラの様に若くしてその域まで達するのはかなり稀ではあるが、研鑚を積んで人の領域を超える冒険者は少なからず存在する」
ツバサがアエラの頭をなでる。
「そこで君に質問だ。獅子が猫に狩りを教えることは可能だろうか?」
「無理ですね」
「そうだね。触れただけで死ぬかもしれない相手に手取り足取りなんて出来る訳がない。人も同じだ」
ツバサが右手を振ると、そばの大木が斜めに切断された。
「僕は魔王カードを失ったけどこの程度の力は残っている。だから普段は力を封じる魔道具を身に着けて生活しているくらいだ。アエラも同様にね」
2人は鎖に通した指輪を胸元から取り出して見せた。
「結婚指輪だから身に着けてても怪しまれない」
「俺を殴ってた時は外してたんですね」
「着けてたら指導にならないじゃないか」
はじける笑顔を見せるツバサ。
殴りてぇ。
タケルはその衝動を必死で抑えた。
「タケル君。君は勇者とはいえ、なったばかりでは一般人とそう変わらない。おそらく剣術部の新人の方がまだマシなレベルだろう。そんな人間にアエラ自ら剣技を教えると言った。僕は大変興味が沸いたね」
ただの嫉妬じゃなかろうか?そう思ったタケルであったがツバサの真面目な顔がそれを否定した。
「でも君の名前を聞いて合点がいったよ。ヤマト・タケル君」
「どういう意味です?」
「魔王は誰にでもなれる。でも勇者は誰にでもなれない」
「ん?」
「勇者は勇者の血を引いた者にしかなれない。これは昔から変わらないルールなんだよ」
アエラがコクンと頷く。
「ヤマト。勇者は神託によって選ばれるというのは聞いたことがあるな?」
「そうらしいですね」
「神託に選ばれる勇者はランダムじゃない。勇者の血を引く上で条件にあった者が選ばれる」
「条件?」
「分かりやすいのは16歳以上という年齢制限かな」
「16歳に意味があるんですか?」
「それは・・・・・・」
アエラの眼鏡に光が走る。
「義務教育を終えた年齢でなければ労働基準法に抵触するからだ」
「散々刑法に触れておいて何言ってんだゴラアアアアアアアア!!!!」
タケル渾身の拳はアエラではなく、すっかり油断していたツバサの頬に突き刺さった。