第5話 生徒指導室の戦い(甘さも過ぎれば凶器)
ギャップの高低差ってやつですかね。
キライじゃないです。
月曜日の放課後。
タケルは職員室のアエラを訪ねた。
「クサナギ先生、ちょっと聞きたい事があるんですが」
「ほう、感心だな。勇者になったことで勉学に目覚めたか?」
「いえ、ちっとも」
スパーン!
出席名簿は教科書より硬かった。
「で、聞きたいこととは?」
「先生は以前、勇者と共に魔王を討伐したんですよね?」
「まぁ、そうだな」
「できれば、勇者とパーティーを組んでいた先生に話を聞きたくて」
「例えば?」
「勇者として何をすればいいか。とか、どうやって魔王を倒したのか。とか」
タケルの話にアエラは腕を組んで考え込む。
「正直、お前の役に立つ話ができるとは思わんが」
「何故です?」
「魔王と言ってもピンキリだしな。私達が討伐した魔王は過去の魔王に比べたら底辺の部類だと思う」
「そうなんですか?」
「記録に残ってるもので最強と言われるのは165年前に現れた魔王『オロチ』。で、私たちが討伐したのは実際に比べたワケではないが、強さで言えばオロチの100分の1もなかったんじゃないか?」
「そんなに?」
驚きの顔を見せるタケルに、アエラは呆れた顔で椅子の背もたれに体重をかける。
「お前、ちゃんと『魔王歴』の勉強してないだろ。前回のテストも赤点ギリギリだったよな?」
椅子に座っているハズのアエラから見下ろされている様な、そんな圧をタケルは感じる。
「だいたい、魔王なんて倒しても倒しても現れる夏のGみたいなもんだ。そもそも、今の魔王を知らなければ対策のしようがないし、お前の場合、他の勇者が討伐する可能性の方が高い」
「先生が生徒のやる気を無くしてどうすんですか!」
「本当にやる気があるなら、誰に何を言われても無くならんだろうが!」
机に肘を乗せ、頬杖をついたアエラはため息をつく。
「では先生。せめて、先生の時はどうやって魔王を討伐したか教えてください」
「うーん」
さっきから気になっていたのだが、アエラの態度はどうにも煮え切らない。
「先生。何か言いにくい訳でもあるんですか?」
「言いにくいというか、何と言ったらいいか・・・・」
そんなアエラにタケルが苛立ちを感じ始めた時、アエラは両手で頭をガシガシ掻き毟った。
「あー!」
叫んだアエラは急に立ち上がると、タケルの頭をガシッと掴んで引っ張っていく。
「先生!頭もげる!」
「いいから来い!」
タケルを連れて生徒指導室に移動したアエラは部屋に鍵をかけ、鋭い目つきで辺りを警戒する。
密室に女性教師と2人きり。
年頃の男の子なら何となくドキドキしちゃうシチュエーションなのだが、掴まれた頭蓋がミシミシと不吉な音を立てている今のタケルは生命の危機にドキドキしている。
「いいか、ヤマト。これから言うことは極秘中の極秘、絶対に漏らしてはいけない話だ」
アエラに念を押されながら、タケルは向かい合う形で席に着く。
「まず第1に、魔王は殺さなくても討伐が成り立つ」
「はい?」
「要するに、魔王が魔王として機能しなくなれば討伐されたとみなされるんだよ」
「んな無茶苦茶な」
「無茶苦茶だろうが何だろうが、事実なんだから仕方がない」
そこまで話をするとアエラがうつむいて黙り込む。
沈黙の中でアエラが指先でテーブルをトントン叩きはじめる。
その言いよどむアエラの表情には躊躇いが見て取れた。
「・・・・クサナギ先生」
「分かっている!これを話すのには覚悟がいるんだ。少し待ってくれ」
何故かアエラは顔を真っ赤にして息を整えている。
やがて、意を決したアエラはとんでもない言葉を絞り出した。
「私の夫は元魔王だ」
「・・・・・・・」
その言葉をタケルはハッキリと聞いたにも関わらず、理解するのに数秒かかった。
アエラは耳まで赤くなった顔を両手で隠している。
「はあああああああああああ!??」
理解した。そう、理解はしたがタケルは混乱した。
「夫?」
アエラが頷く。
「元魔王?」
アエラが頷く。
「それって、まさか17年前の?」
アエラが頷く。
「先生アンタ何やってんッスかぁぁ!!」
タケルが大声を上げるのも無理はない。
アエラは目線を下に落としたままボソボソと話始めた。
「17年前。当時の魔王が拠点にしていた屋敷に私達のパーティーは乗り込んだ。護衛の強力な魔物を退け、最奥の部屋で対峙した私を見て魔王は言ったのだ。『あなたに一目惚れしました!つき合ってください!』と」
「ナンパかっ!」
「当然、メンバーの誰も、もちろん私も信じられなかった。だが、彼の瞳には嘘偽りのない確かな決意があった。その証拠として、魔王はその場に跪いて私に魔王カードを差し出した」
「魔王カード?」
「そうだ。その身が魔王である証明であり、そのカードを失うことは魔王として得た全てを失うに等しい。そう、彼は自身の全てを差し出してまで私を求めてくれたのだ」
その時のことを思い出してか、アエラは恍惚な表情で天を見上げる。
「ただの惚気じゃねぇか・・・」
真顔で呟いたタケルの声は聞こえなかったようで、アエラは話を続けた。
「それからパーティーメンバーと彼との間で話し合いが行われて、結果的に魔王がいなくなるならいいや。ってことになって」
「ラストバトル軽っ!」
「彼と付き合い始めて1年後に、私が成人を迎えたら結婚しようってプロポーズされてね。今では2人の子供にも恵まれて毎日が幸せだ」
魔王討伐の衝撃的な真実。
それから15分。
頬に手を当てて『いやんいやん』と首を振り、生徒の前では普段見せない顔をしたアエラから胸焼けするほど惚気話を聞かされたタケルは考えるのをやめていた。
さらに10分が経過したあたりで我に返ったタケルは、いくつか気になった点を尋ねた。
「先生の旦那さんが元魔王なのは分かりました。ところで、旦那さんって魔族なんですか?」
「いや。人間だ」
「元魔王なんですよね?」
「別に魔王になるのは魔族に限られてる訳じゃない。魔王カードを持ってる者が魔王ってだけで、勇者も似たようなもんじゃないか」
そう言われるとぐうの音も出ない。
黙り込んだタケルに対し、すっかり元の落ち着きを取り戻したアエラが話を続ける。
「これが最初の話に繋がるわけだが、『魔王は殺さなくても討伐できる』何故だか分かっただろう?」
タケルはコクリと頷く。
「魔王カードですね」
「正解」
よくできました。と、アエラは口角を上げる。
だが、タケルは少し引っかかった。
「魔王カードが魔王としての存在と同等だというなら、何で誰も発行元を叩かないんです?」
アエラは質問に対して質問を返す。
「勇者カードの発行元はドコだ?」
「王城じゃないんですか?」
アエラは胸元で手を交差させた。
「正解は、誰にも分からない・・・だ」
「え?」
「夫から魔王カードのことを聞いた勇者がお前と同じ疑問に辿り着き、君と同じことを王様に尋ねた。だが、王城の誰も勇者カードの発行元を知らなかった」
タケルは勇者カードを財布から取り出す。
懐かしいものを見たアエラは目を細めた。
「そして、勇者カードの発行元も分からない。勇者なる者が王城へ足を踏み入れると、いつの間にかそこにある。王はそう言っていた」
どれだけ調べても、何代と王が入れ替わっても答えは出なかったという。
「ただ、全くアテが無い訳じゃない。過去の研究から候補地はいくつか挙げられている」
「何処なんです?」
「『エルフの隠れ里』、『竜王の棲む迷宮』、『神々の住まう天空城』」
「全部、空想上の場所じゃないですか」
タケルは天を仰ぐ。
「そうは言うがな。エルフがいる以上『エルフの隠れ里』だけは存在している可能性が非常に高い。私にも少しだけどエルフの血が流れているからな」
そう言ってアエラは自分の耳を指差す。
彼女の耳は人間のそれより少しだけ先が尖った形をしていた。
「ならば他の場所も無いとは言い切れまい」
自身を例にしている分、アエラの話には説得力がある。
ただ、今の話の中に1つだけ、タケルが納得できない要素があった。
「先生。『エルフの隠れ里』と言う割にエルフって隠れて生活してないですよね?」
おそらく、人間以外の種族の中では1番身近な種族と言える。何故なら・・・・。
「ELF100とか普通にテレビに出てるし」
「あれなぁ。老けないアイドルとか・・・。同業者からすれば反則だよなぁ」
ELF100。『100年アイドル!』をキャッチコピーに絶賛活躍中の28人組のアイドルユニットである。
「とりあえず聞きたいことは聞けた気がします」
聞いてはいけないことも聞いてはしまったが。
タケルが席を立つと。
アエラによって壁際に押し付けられた。
俗に言う、『壁ドン』の体勢である。
「分かっているな?今の話は・・・」
「言いませんよ」
あんな惚気話。
「うむ。私も教え子に手をかける真似はしたくないからな。ハハハハハ」
目が怖い。
「まぁ、手にかけられると言っても、すでに2回死んでるんで」
その絞り出されたタケルの言葉にアエラは目を丸くする。
そしてタケルの母親のサクヤの顔が脳裏に浮かぶ。
(なるほど、全て計算尽くということか)
自身の考えが間違っていないことを根拠もなく確信したアエラはニヤリと微笑んだ。
背を向け、その意味深な微笑みに気付かずに部屋を出ようとしたタケルは、思い出したように振り返った。
「そうだ、クサナギ先生。この辺で剣の指導者に心当たりはありませんか?」
この国の学校では、自衛のための簡単な護身術を授業の1つとして教える。
剣技を磨くことを目的とした部活動もあるが、勇者となった今では生温い気がした。
「ん?ヤマト。得物は剣にしたのか?」
「ちょっと成り行きで伝説の剣が手に入ったので」
「意味が分からん。だが、勇者に剣を教えられる程の技量を持つ者はそうは居まい。教え子が勇者というのも何かの縁だ、ここは私が教えよう」
「先生が!?」
「伊達に勇者とパーティーを組んでいたわけでは無い。剣技だけなら勇者を上回ると言われたこともある」
そう言って取り出した冒険者カードにはソードマスターの称号が輝く。
年齢欄はしっかり指で隠されていた。
「週末は家族と過ごすから、放課後の空いた時間でいいか?」
「はい!」
タケルは強く頷いた。
そして、激しく後悔することになる。